④南へ
「どちらが、というのは今は重要な話ではないはずよ」
バイオレットが時間が惜しいと、話を切る。
「王女様の言葉を受けるなら、早くここから移動しなければ、タイサ達に合流できないどころか、背後から迫る貴族派の軍勢とも合流する羽目になるわ」
傲慢ではあるが、貴族は馬鹿ではない。準備ができ次第、ある程度の軍勢で出陣しているはずだとフォースィが話す。
「だが、この数では関所を突破という訳にもいかないだろう」
シモノフに駐留している騎士だけでも百人を超える。仮に突破できても損害は大きく、また何よりも一般市民を巻き込むこ可能性が高い。
「と、すれば、残るは街から離れて城壁を登る事くらいしか………その代わり馬車を失ってしまいますが」
バイオレットが思いつくのはこの方法しかないと溜息をつく。それでも前向きに考えれば、馬車だけなら次の街でも手に入る可能性はあると補足した。
だがフォースィは意地の悪そうに頬を緩ませると、バイオレットを指さす。
「方法なら、もう一つあるんじゃないの?」
「………私ですか?」
思わずバイオレットが慌てて自分を指さした。
「違うわよ。貴方の着ている鎧の方よ………ねぇ? エクセル」
その名を呼んだ瞬間、バイオレットの白銀の鎧が鈍く光り、馬車の中に銀色の女性が姿を現した。
宰相クライルの一族に伝わる人工金属精霊エクセル。彼女は二百年前の戦争時、勇者側の存在としてウィンフォス王国が作り出した魔王と対峙してきた。
「何か御用でしょうか?」
無機質な声が発せられる。
「確か、二百年前の戦いでは王都まで勇者一行が攻めてきたと聞いているわ。その時、勇者達はこのシモノフの砦をどうやって突破してきたのかしら?」
「「「あっ」」」
フォースィの問いに、デルやアイナ王女達が短く声を上げた。
その問いにエクセルは首を左右に振り、フォースィの問いかけを否定から入る。
「突破はしていません。勇者達は城壁のない南の大森林を抜け、そこから王都を目指しました」
南の大森林はかつてオークの集落があった場所、ウィンフォス王国を敵視していた彼らをカデリア王国が懐柔し、城壁の切れ間から通過させたと、彼女が過去を振り返る。
「南部の大森林なら、戦争終結以降、我が国は補修作業を行っていません」と、王女。
「ですが………蛮族が生息する中を突っ切る事になります」
王国騎士団の定期的な巡回でも、手前で引き返しており、森の中ではどれほどの危険があるのか見当もつかないと、バイオレットが意見する。
「いや、そうとは限らない」
デルが親指で唇を擦りながら続きを話す。
「確か、シドリー達の魔王軍は周辺の蛮族を徴兵していたはずだ。もしかすると、俺達が考えている以上に南部は手薄かもしれない」
「ですが、推察の域を出ません」
バイオレットの表情は変わらない。
大森林までの道のりは、城壁に沿って進むだけの単調なもので、距離としては一日あれば森の入口に辿り着く。だが無理だと判断して引き返せば、二日の損失となる。
「………行きましょう。少なくとも、ここで待つよりかは価値はあるでしょう」
王女の顔が真剣な表情に変わる。
それを見たデルは王女に対して頷き、すぐに実行の命令を下した。
「では、これより南の大森林を目指す。バイオレット、悪いがシエンに今の話を伝え、出発の準備をするよう打診してくれ」
「了解です」
バイオレットが立ち上がる。
「荷物の詰め込み作業が終わり次第、出発する」
デルの指示で、二台の馬車とその周辺は慌ただしくなった。