②残された道は一つのみ
「イベロス先生!」
シドリーが前のめりに倒れるイベロスを抱きかかえる。
「先生、ですか………随分と久々に聞きました。あぁ………最後に聞いたのは、貴方が士官学校に入学し、私が家庭教師の任を解かれた時以来でしょうか。随分と………そう、随分と懐かしい事です」
イベロスの目が遠く、そして徐々に閉じられる。
「参謀として………最後の報告を………致します。我ら魔王軍は五千の敵に果敢に挑み………半数を撃破するも力及ばず………全滅致しました」
「ご苦労だったイベロス。不利な状況下でありながらも、自軍の倍以上の損害を与えたその指揮、77柱の名に恥じない見事な采配であった。後は………ゆっくり休んでくれ」
シドリーがイベロスを抱きしめる。
「私も………あなたと共に大魔王様が目指した世界を―――」
イベロスの手が力無く、重力に従って項垂れた。
「よく………頑張ってくれた」
シドリーはイベロスの体をブエルの横に置くと、新生派の魔王軍の軍勢を見渡す。距離はまだあるものの完全に包囲されており、退路は既にない。
「結局生き残ったのは………俺達だけか」
アモンが満身創痍で、しかし頬を緩めながらシドリーに合流する。彼の自慢の黒爪は左右のうち右側を失い、左の黒爪もまた爪を1本のみ残しているだけであった。
アモンはイベロスの亡骸の前で膝をつくと、胸の前で手のひらと拳を合わせて目を瞑った。
「最高の軍師だったぜ。貧民街出身の俺に『ついでだから』と字を教えてくれたが………覚えの悪い俺はよく叩かれたぜ。だが、お陰で俺はここまで来られたんだ。また会うことがあったら、色々教えてくれよ、先生」
やや遅れてバルバトスも合流を果たす。
「………フォルカルノ、サイゴヲ、ミトッテキタ」
「そうか、済まないな」
シドリーは唇を噛みしめ、息を飲みこむように目を細める。
バルバトスはフォルカルが最後まで敵に制空権を渡すまいと戦い続けていた事を報告する。だが多勢に無勢、最後は数十本のタネガシマに狙われて撃ち落とされたのだという。
「サテ、ドウスル。ヒトコトイエバ、トオシテクレルダロウカ」
「そいつぁ面白ぇ。いっその事、飯を奢るからと言って頼んでみるか」
二千以上の魔物に包囲された中で、アモンがバルバトスの冗談に乗って笑い返した。
そこにシドリーは鼻で笑い、肩をすくめる。
「駄目だな。私なら頼みはしない」
「なら、どうする? 司令官殿は」
アモンが両手を広げ、わざとらしく彼女に聞き返した。
「私なら命令する。『そこをどけ』とな」
「アイテガ、アケナカッタラ?」
「開けなかったら、か? 『ならば死ね』だ」
シドリーの右手の空間が歪み、新たに白銀の斧が握られる。
アモンが口部を鳴らす。
「流石はうちの司令官だ。それじゃぁ、一人当たり七百人のノルマって事でいいか?」
両脇を締め、アモンが残された力を体に溜め込み始める。
「デハ、イチバン、カズガスクナカッタ、ヤツハ、オゴリトイウコトデ」
「驕りって、お前飯食わねぇだろう!?」
アモンの素っ頓狂な声に、シドリーの顔が思わず柔らかくなる。
「お前達は相変わらずだな」
魔物達が武器を構え始める。
「準備は良いか? お前達」
「おうよ」「モチロンダ」
勝ち目のない戦いにシドリーが一歩を踏み出した。
「………申し訳ありません。どうやら貴方との約束は、果たせそうにありません」
それは誰に向かって呟いた言葉か。シドリーは目を瞑り、覚悟を決める。




