③混乱の源
「今夜ですか………」
王女の表情が険しくなる。王女としてはすぐにでも出発し、関所を突破してでも東へと向かいたかったからである。その事をバイオレットが王女から聞くと、やはりデルと同様に反対の立場をとらざるを得なかった。
「………反対するだけでは意味がないわよ?」
馬車の中へと、さらに人が入ってくる。紅の神官服に身を包み、黒味が強く肩に当たる長さの髪が肩の前で揺れている。竜の彫刻がついた魔導杖を持つ女性は馬車の中に入るや、バイオレットやデル、そして王女の位置関係を気にする事なく馬車の隅に座り込み、王女とバイオレットに視線を向けた。
「フォースィか。そっちは商人達からの情報集めだったな」
デルが彼女を労いながら、報告を求める。
「ええ。ついでにギルドから夜に運ぶはずだった荷物をイリーナに運ばせてきたわ、全部とはいかないけれど………まぁ、半分ってとこかしらね」
デルが馬車の幌をずらして外を見ると、馬車用の荷台に、大きな木箱がいくつも積まれているのが見えた。そして馬に繋ぐはずの取っ手に体を縛られている白髪の少女が、犬のように舌を出して呼吸を荒くしていた。
「………イリーナもお疲れだったな」
「お師匠様ぁ………喉が渇きましたぁ」
身元がバレないように村娘の姿をして街に入ったはずだったが、あれだけの大荷物を引いて歩く少女を見て、誰も何も感じなかったのだろうか。デルは眉をひそめて苦笑すると、フォースィが投げてきた水袋を受け取り、イリーナに声をかけて手渡した。
「………良い飲みっぷりだ」
再び馬車の中に戻り、デルが周囲に笑って見せた。
「フォースィさん。先程の話の続きですが………何か新しい情報はありましたか?」
バイオレットが話を戻す。
「先程の話は外から少し聞いていたけれど、私が手に入れた情報も似たり寄ったりね。ただ、情報の正誤性を確かめられず、単純に混乱しているのは確かよ」
商品の高騰、終わりの見えない満席の宿に関する情報。一方で、魔王軍や王国騎士団の敗退に関する情報の幅だけはばらつきが多く、また過剰に流布されている部分も少なくなかった。
「原因の分からない伝染病で混乱する状況によく似ているわ」
「国民自身が、自分達で誇大に解釈した情報で自滅していると?」
王女の解釈に、フォースィは眉を上げて『恐らく』と肯定の表情で返す。
「こういう時、意思を持った人間が情報に方向性をもたせて流布させる事が多い。混乱が収められていないという事は、誰かが情報を発信し続けていると考えるべきかもしれない」
デルが間に割って入る。
「魔王軍か、それとも貴族派か」
バイオレットが顎に親指をかける。