④時間
その時、シドリーの足元に水が流れ始める。
「水? 川からか?」
水田のように草原の根元を水が浸かり始める。
「いや、地図に川はなかった!」
ならばとシドリーは咄嗟に後方へと飛ぶと、同時に目の前で大きな水しぶきが上がった。
「流石は77柱きっての実力者。けれど水の上なら負けないわよ!」
三又の槍を持つ女性がシドリーに飛びかかる。色白な彼女は腰まで届く水色の髪をなびかせ、珊瑚や貝殻が散らばる鎧を纏う。彼女の下半身に二本の足はなく、代わりに魚の尾びれが生えていた。
「ウェバル!?」
77柱の1柱。マーメイドのウェバルがシドリーに向かって槍を突き出した。彼女は左手の斧を三又の隙間にあてがうとその動きを止め、残った右手の斧で彼女の肩へと目がけて斜めに振り下ろした。
しかし斧と彼女が触れ合った瞬間、ウェバルの姿は同質量の水塊となって、浸水した地面の上にパシャリと落ちる。
「シドリー殿程の手練れが、そのような幻影にかかるとは………何か焦っておられますかな?」
落ちた水の塊の後ろで、全身黒ずくめの魔物が顔の前で二本の指を立てていた。
「77柱が1柱にして、ウェバル様の僕。フォルネウスが主人と共にお相手いたします」
「………くっ」
二人の77柱がシドリーの前に現れる。正面は幻影使いのフォルネウス。本物のウェバルは右隣で水面の上を尻尾の一点で体を支えて浮いている。実力的に一方だけであれば何も問題なかったが、どちらも水を得意とし、しかも脛まで浸かる水を張られている状況では、その戦力に差は無いに等しい。
シドリーが周囲を見渡す。遠目ではあったが、アモンは魔物の中から飛び出した黒馬に跨る黒い騎士が振るう 槍と向き合っていた。
――――――――――
遠くから空を裂くように発砲音が幾度となく届けられる。
それが王国騎士団に向けられたものか、シドリー達に向けられたものなのかは分からない。
「そろそろ一時間です」
剣で地面に引いておいた線と立てた剣の影の差を見て、エコーがタイサに声をかけた。
「予定通りなら戦闘が始まって三十分。そろそろ敵も態勢を立て直して来る頃だ」
太陽も徐々に高くなり、タイサの足元の影が短くなる。タイサは荷馬車の幌の影に置かれた水筒から水を一口含み、残りをボーマに手渡した。
「それじゃぁ、ぼちぼち戻ってきますかね」
水筒を一気に飲み干し、ボーマは最後の一滴を舌の上に落とす。さらに背後に立つデルとアイナ王女も行動の時が近いと読み取り、騎士達に装備の最終点検を指示する。
だが十分経っても、シドリー達の合図どころか、伝令の姿も現れなかった。
「隊長………」
タイサ達、後方で騎士達が整然と並んで待つ中、エコーがタイサの判断に委ねる。
「だが、ここからでは何が起きているのかは分からない。おい、大魔王。お前なら何か分かるんじゃないのか?」
馬車に背中を預けて腕を組む大魔王に、タイサが振り向き声をかける。
大魔王は馬車から体を離すと、腕を解いて上空を見上げた。




