⑭一時の平和
「………そんな寂しい事にはさせません」
種族を越え、苦しみを越えて再び交わし合った手を放し、互いに剣を持つ手に変えたくはない。王女の声に思わず力が籠った。
大魔王は静かに、そして優しさが僅かに籠るようにゆっくりと首を左右に振る。
「残念だが王女よ。これは人も魔物も例外なく、知恵を得た者が背負う不変の事象。例え余のように強大な力を持ってしても、仮に貴様のように高い志をもつ者が不老不死であったとしても、流れを止める事は適わぬ。諦めよ」
王女が悪い訳ではない。大魔王は再度首を振った。
「つまり貴方は、我々の歴史はこれからも血文字で記され続けると、人種を越えた平和は永遠に訪れないと言うのですか? それでは余りにも救われない話ではありませんか」
自分の胸の前に置いた手にも力が籠るが、反してアイナ王女の表情は次第に弱々しくなっていく。
「王女よ。貴様は一つ大きな勘違いをしている」
大魔王は組んでいた手を解き、人差し指で自分の頬を何度もなぞるように擦る。そして数秒程口を閉じると、時が動き出したように声を放つ。
「この言葉は余の友からの借りものだが………王女よ、貴様の使命は永遠の平和を作り出す事ではない」
大魔王の指が止まり、再び腕が組まれる。
「弱き者が平和だと思える日を一日でも長く維持する事。それが貴様の使命だ。永遠の平和など、土台無理な話、身の程をわきまえよ」
大魔王の刺すような視線に王女は大きく目を開き、その視線も言葉も全てを細い体で受け止めてしまった。思わず右足が半歩下がり、気が付けば下唇を軽く噛んでいた。
「………まさか大魔王から、そんな言葉を貰うとは思いませんでした」
素直に王女が驚く。
「意外………か。余の友ならば、もっと気の利いた言葉が吐けたのだろうが、残念ながら余では友の放った言葉を使い回す程度が限界のようだ」
どこか懐かしむような視線が王女に向かって放たれる。
「私は慰められたと捉えても良いのでしょうか?」
王女が息を吐き、肩が持ち上がった。
「好きに捉えるがよい………だが、貴様が必要以上に心配する必要はない。何故なら我々は―――」
村長の家から王女の名を呼ぶ女性の声が聞こえてくる。
シエンだった。
彼女は王女が広場にいると気付くや、大魔王を刺激しないよう自制しつつ、歩いて近付いてくる。
「呼ばれているぞ? 早く行くがよい」
大魔王が鼻で笑うと、何かに飽きたかのような表情で王女に向かって手を払う。
「あなたは何を言おうと………」
王女が話の続きを求めようと一歩を前にするが、すぐに後ろへと引かれた。
「王女殿下。一人で歩かれては困ります!」
シエンはあからさまに大魔王に向かって厳しい視線を送ると、王女には困りつつも優しい声をかけ続ける。
「………さて、余も明日に備えるとしよう」
大魔王は自分から先に席を立ち、洞窟へと続く倉庫へと足を運んでいった。そして途中で体半分を振り返らせ、従者に連れて行かれる王女の姿を見送った。




