⑬度し難くも、不変の摂理
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「………何の真似だ」
目を開けた大魔王は、今にも鼻頭が付きそうな距離にあった王女の顔を見ても微動だにせず、彼女に声をかける。男の言葉からは冷たい息が、王女からは温かく花の匂いが自然と交わされた。
「大魔王でも寝るのかと思っただけです」
膝に手を当てて腰を屈めていたアイナ王女の体が勢いよく起こされる。彼女は右手に湿ったタオルを持ち、外に出るにはやや薄着であったが、僅かに露出している肌からは湯気が立っていた。
「他の者に聞きましたが、あなたはこの集落に来てからずっとそこに座っているのですか?」
広場のベンチを半永久的に支配していた大魔王は、ここが真の玉座と言わんばかりに腰を深くして座っていた。ベンチの中央で座る位置は不動で、せいぜい両手を横に広げて背もたれに腕を干しているか、指を組んで膝の上に置いているか程度の動きしか見せていないらしいと王女が半ば呆れながら尋ねた。
「余が、この集落で好き勝手歩き回っても良いなら、そうしてみせるが?」
大魔王が右手を小さく動かして王女に向けると、片方だけの頬を少し吊り上げる。
一般家庭の家々に入ってくる大魔王、台所に立つ大魔王、一緒に食事をする大魔王。どこを想像しても王女の脳裏では絵にはならなかった。
「………そのままの方が良いかもしれませんね」
「分かってもらえて何よりだ」
大魔王は再び目を閉じる。
「………何か言いたいことでもあるのか?」
王女がその場から離れない事に疑問を抱き、大魔王は両目を再び開いた。魔物の頂点に立つ存在と、人間の頂点に立つ者同士が向き合っても良い事にはならない。大魔王の言葉には様々な意味を含んでいた。
「一つだけ」
王女は目を短く瞑り、そして目を開けると単刀直入に大魔王に尋ねた。
「人と魔物は分かり合えると思いますか?」
戦争が終わり、王国と魔物達が和解に至った先の世界。王女の言葉には、それだけの意味が含められていた。
「………無理だな」
しかし、大魔王の言葉は短く、冷たかった。
「人間同士ですら、この有様なのだ。強者は弱者を服従させる。弱者は強者を妬む。これはいつの世も変わらぬ。真理と呼ぶには俗物的だが、本能に近い理だ」
既に歴史が幾度となく、あきれる程に証明してきたと大魔王が未来を予言する。
「断言してもいい。貴様が指導者としての座を退き、この世から存在しなくなった二百年後には、またどちらかが原因で争っているだろう。いや、もしかしたらもっと早いかもしれぬ」
大魔王は自分の考えを流暢に、しかし自虐的に述べながら足を組み、両手の指を交互にして膝の上に置く。




