⑫出発前夜 ~カエデの悩み~
「成程、この戦いが終わったらの話か………」
ボーマとジャック、そしてカエデの三人は、青白い壁に横並びになって体を預けながら、遠く見えない天井を眺めた。
彼女は、戦いが終わった後の居場所について、二人に悩みを打ち明けたのである。
「兄貴はあの時言ったように、どこかの街でエコーさんと静かに暮らすんだと思います」
「なら、カエデさんも一緒に暮らせばいいじゃない。隊長も副長も駄目とは言わないはずです」
その先の言葉を薄々感じ取りながらも、ジャックは敢えて言葉にして投げかける。
案の定、カエデは首を左右に振った。
「もちろん兄貴もエコーさんも、喜んで私を迎えてくれると思います………ですが、私は二人の新婚生活を邪魔したくはありません」
「気にしすぎだと思いますがね」
ボーマの言葉にジャックも何度も頷く。
「元々兄貴は、今のように目立って動く事は好きではないんです。力も才能もあるはずなのに、それを見せる事もせず、逆に気の合った仲間で、気兼ねなく馬鹿騒ぎが出来る集団の中で、毎日を過ごせればいいって本気で思っている人です」
カエデの言葉に、二人は何も言い返さなかった。タイサという人物、そして王国騎士団『盾』という集団が、まさに心地良い環境だった事は、同じ騎士団に属していた者からすれば、全員が共有していた事だったからである。
「確かに隊長は、騎士団長という柄でも………いや、そもそも騎士という柄でもありませんでしたね」
「だが、あの柄だったからこそ、俺達はここまで一緒に居られたんですぜ」
ジャックの肯定、ボーマの事実、どちらも的を得ていた。
ボーマが大きく背を伸ばし、短い両手を頭の後ろに添える。
「そういう意味では、俺達は隊長に随分と甘えていたんですかねぇ」
「見方を変えれば、そうかもしれないけど、隊長もそこまで気にしていないと思いますよ?」
ジャックが足元の小さな石を軽く蹴る。
「今じゃぁ、魔王軍と王国、二つの未来を抱えているんだから………おかしな話になったもんですよ」
ボーマが視線を下げ、座り込むカエデに向けた。
「どちらにせよ、今すぐに結論を出す必要はないっすよ。きつい言い方になりますがね………割り切らずに明日も悩んだままだと、カエデちゃん………死んじまうよ?」
「おい、ボーマ」
さすがに、とジャックが壁から離れてボーマに体を向ける。
「いえ、いいんです………それは勿論、分かっています」
カエデは自分の胸に二度、そして額を二度拳で軽く小突くと、大きく息を天井に向けて吐いた。
「私が、だらしのない兄貴の面倒を見ていたと思っていたのですが、一緒に冒険していくに従って、私が兄貴に頼りっきりだったと気付けました」
適当で、だらしがなさそうに見えて、見ている所はきちんと見ており、何気ない冗談も周囲の雰囲気を感じての素振りだった。カエデは、自分の兄の懐の深さを初めて気付かされた。
「いや、カエデちゃん。隊長を褒めるのはいいんだけれど、あれは本能だよ。病気と言ってもいい」
「僕もそう思うね」
兄の素晴らしさに感動している最中、ボーマが横槍を入れ、ジャックもそれに追随する。
「だからカエデちゃんは、必要以上に気にする必要はないと、俺は思うね」
ボーマが、それ以上考えても仕方がないと肩をすくめ、冗談で話を終えた。
「さぁ、将来の事も何もかもは、この戦いが終わってから。俺達は俺達で出来る事をやっていきましょうや」
「何だったら王国騎士団に入る道もあるよ? よかったら僕と同じ騎士団に」
ジャックの突然の声掛けに、ボーマがカエデの肩を後ろから両手で掴む。
「おぉっと、残念ながらカエデちゃんは次期騎士団『盾』の候補として挙がっているのだ。だははははは!」
二人の何気ないやり取りにカエデは苦笑いで返すと、そのまま見えない天井を見上げた。




