②最後の補給
「戻りました」
馬車の外からフードを被った女性が周囲を念入りに確認する。そして女性は一緒についてきた真新しい布の服と緑色のチョッキを身に付けた青年に手を振って合図を送ると、彼女だけが馬車の中に足をかけて登り、青年は一つ後ろの馬車へと駆けて行った。
女性は灰色に汚れたフードを両手でめくり上げると、紫色の短い髪が大きく息を吸うように広がる。
「ご苦労、バイオレット。早速だが報告を」
デルが彼女を労った。
バイオレットは外套付きのマントを羽織りながらアイナに向かって膝を曲げて臣下の礼を取ると、シモノフの街で見て来た事を報告する。
「シモノフの街は、門を挟んだどちらの区画もこれ以上ない程に混雑、混乱しています。宿場町ですが既に全ての宿は満席、倍の値段でも部屋を取ろうと商人達が声を張り上げていました」
東西の名産品を多く扱っている街だが、食料の殆どが買い占められ、どんな値段でも店頭に並べた途端に売れていく。もはやその光景は商売と言えず、現地に住む人々ですら、当てがある者は別の街へ避難し、物資の不足に誰もが嘆いていると彼女が説明した。
アイナ王女は小さく相槌をうち、事態の深刻さを改めて理解する。
「思ったよりも国民達への影響が進んでいるようですね………ギルドの様子はどうでしたか?」
臣下であった宰相クライルの謀略によって王都を追放されて以来、冒険者ギルドはデルを中心とした王女派と結託、秘密裏に繋がっている。王都を抜けてからの街々で、ギルドから情報提供と物資補給の協力を受けてきた。シモノフの街でもつい先程情報と共に食料や水をギルドから受け取ってきている。
物資はバイオレットに随伴していた小柄な騎士、かつての騎士団『盾』で副長を務めていたジャックが他の騎士達と共に後方の馬車へ積み込んでいる。
バイオレットはギルドで手に入れた物資や情報についても続けて報告する。
「ギルドから水と食料を分けてもらっていますが、量が多いと人目を引く為、残りは今夜持ってくるとの事です」
ギルドはこの状況を予測していたのか、かなりの量の物資を事前に確保、備蓄していた。
デル達の騎士は四十人程度と戦力としては心もとないが、それでも物資の消費量は馬鹿にならない。馬車が動かなくとも食料や水は減っていく。特にこの街より東は同じような補給は当てにできない。その意味では、この街での補給が最も重要であり、今夜大量の物資が届く事はかなりの朗報でもあった。