⑩出撃前夜 ~使徒計画~
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「聖教騎士団。まさか、まだ研究が続けられていたなんてね」
茶色が僅かに混ざった白髪の髪を櫛で揃えながら、フォースィはイリーナの背中から呟く。イリーナは久々に髪を綺麗にしてもらっている事に満足しながら、村長のリビングで椅子に座り、浮いた足を前後に揺らしていた。
「イリーナ、もう少し足を静かに………そう、そうしないと櫛を強く引くわよ?」
「うぅ。お師匠様、もう既に痛いです」
自分の髪が数本抜ける音を聞き、頭の頂点を押さえながら涙目のイリーナが、恨めしそうに後ろを振り向く。
「だから、静かにしてなさいと言ったでしょう? それに、そろそろあなたも自分の髪くらい自分で整えられるようにしなさい」
「でも、誰かにやってもらった方が気持ちが良いです。それに、お師匠様は上手ですから」
イリーナが満面の笑みで答えた。
「………前を向いてなさい」
フォースィは眉を僅かにひそめながらも、丁寧にイリーナの髪を再び整える。
「イリーナ、あなたは聖教騎士団の顔を見たの?」
櫛が髪に引っかかると、フォースィは櫛の角度を変えたり、位置を変えたりして髪の絡まりをほぐす。
「あ、はい。少しだけですが………でも、私の知っている子はいませんでした」
「………それもそうね」
既に彼女の知っている同年代の子どもは生き残っていない。イリーナをフォースィが引き取る事になった事件で、イリーナは同年代の子ども達全員を自分の手で殺し尽くしていた。
「なら、あれから同じ研究と実験を続けていたという事になるわね」
―――使徒計画。
教会が身寄りのない子どもや買い取った子どもを対象に実験を行い、肉体能力の強制的な底上げと敬虔な信徒として半洗脳的に育て上げる事で、教会にとって忠実な戦士を作り上げる計画。最初期であるイリーナの実験では、能力の飛躍的な向上には成功したものの、その凄まじい結果から子どもの髪は白くなり、かつ精神が育たなかった事が原因で、最終的に強力な能力を制御しきれずに、失敗に繋がったはずであった。
「どっちが蛮族なんだか………分からなくなるわね」
デルからは聖教騎士団の三人は共に話し合い、意見を共有していたと聞いている。フォースィは少なくとも以前の実験よりも改善された使徒計画が今もなお動いているのだろうと予測する。
「………イリーナ。あなたはどうしたい?」
使い終わった櫛をテーブルの上に置くと、フォースィはテーブルに置いてあったガラス瓶からやや茶色に濁った透明な液体を掌に取り出し、それを両手で擦り合わせてからイリーナの髪に広げるように塗る。
「話はしてみようと思います、お師匠様。一応、私の妹や弟って事なんですよね?」
「まぁ、そういう表現は出来なくはないわね」
液体を少し取り出しては手の平で擦り、髪に塗る。髪は染まらないが、塗られた部分は弱い照明に当たって艶がかかり、僅かに蜂蜜のような甘い匂いが部屋の中で香り始める。
「でも、話を聞いてくれるかしら」
最も高い可能性を、フォースィが投げかける。
青い鎧を纏った彼女彼等にとって、改善された計画と、教会にとって使いやすい駒である事は同義となる。例え同じ計画から生まれた存在とはいえ、イリーナの声に耳を傾けてくれるだろうか。フォースィは言葉にこそしなかったが、不安の方が強かった。
「大丈夫ですよお師匠様。もしも駄目だったら、私が殺しますから」
イリーナの表情も変えずに出た言葉に、フォースィの手が一瞬止まる。
「………そう。そこまで考えてあるなら、貴方の好きにしなさい」
「はい。お師匠様」
フォースィはそれ以上、何も言わないようにした。言えなかった。
「あ、でも止めはシドリーさんに譲った方が良いですか? だったら最初から譲った方が? んんん?」
物騒な考えを簡単に口出すと思えば、イリーナは時折相手を重んじる言葉も同じように出るようになっていた。
「お師匠様ぁ、どうしましょう」
そして考えがまとまらずに、保護者でもあるフォースィに泣きついてくる。
フォースィは複雑な気持ちを表情に出さずに飲み込み、綺麗に整えられたイリーナの髪を無言で撫で続けた。




