⑥神官と大魔王
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角を生やした銀髪の男は、青白く光る岩壁に囲まれた部屋、その岩を背中にして腕を組み、一人の女神官を見つめていた。
「また随分と懐かしい場所に呼ばれたものだ」
男は高い天井を、そして狭い部屋を見渡していた。
そして、部屋の奥で静かに佇む本棚に目が行きつく。
「………成程、今はここに保管されているのか」
男は部屋の中央に立つ紅の神官服を纏った女性、フォースィに再び視線を戻した。
「あなたが復活した魔王? 確かに………本物のようね」
フォースィの額から一筋、二筋の汗が止まらない。冷えた空間にも関わらず、彼女は自分でも驚く程に何度も手の甲で汗を拭い、無意識に硬くなっていく頬に戸惑っていた。
「何をもって余を、その名で呼んでいるのかは分からぬが………恐らくお前の考えている者ではない」
「嘘よ。だって王国の本には、あなたの事について全て書かれているのよ」
フォースィは自分の革鞄から古びた本を取り出し、さらにその手で本棚の一角を指さした。
だが、銀髪の男は肩を震わせ、静かに笑っていた。
「随分と長い時間をかけて、真実を追い求めてきたようだが………お前は肝心な事を忘れている」
男は顎を引き、頬を緩ませる。
「書かれている事が全てではない。それが例え王族共がひた隠しにしている本であってもだ」
「まさか………王族の本にも嘘が書かれているというの?」
今まで本に書かれている事を全て事実として考えてきた彼女の行動が、根幹から揺らぎかねない。無意識に、彼女が持つ書物の手が震えていた。
だが男は『違う』と二度繰り返す。
「書かれている事は概ね事実だ。だが、書かれていない事もあるという意味だ」
男は自分の胸に手を当てる。
部屋の空気が穏やかに変わり始める。気が付けば、フォースィの汗もいつの間にか乾いていた。
「………余は、お前が求める魔王から生まれた“作られた魔王”だ。余に近しい者達は、魔王と区別する為に大魔王と呼んでいるがな」
名前の意味とは異なり、魔王の上位存在ではないと男が補足する。
フォースィは男の言葉を一度飲み込み、頭と心の中で一つずつ整理する。そしてゆっくりと息を吐き出して呼吸を落ち着かせ、彼女は持っていた本を鞄に戻した。
「私は、母の事を知りたいの」
「知っている。お前から発せられている魔力の波は、とても懐かしいからな」
男は組んでいた腕を解き、右手で空気を仰ぐように外へと動かす。それに呼応するようにフォースィの黒髪が風に運ばれるように浮き上がり、そして肩に沈んでいく。
「そうまで言うのだから、期待してもいいのかしら?」
母は魔王と勇者、そのどちらと、どのような関係だったのか。そして母が死んだという情報と生き返ったという情報の真意について。フォースィは魔導杖を強く握りしめ、強大な力を持つ男に軽口で問う。
大魔王と呼ばれた男は、腕を組み直すと目を瞑る。それは時間にして一秒にも満たなかったが、答えを待っている彼女にとっては、随分と待たされている感覚に近かった。




