②抑えられぬ感情
「………デル。あなた、あんな奴に負けたの?」
フォースィが細目でデルの背中に視線を送り、頬を緩ませる。
「酷い誤解だ。引き分けだ、引き分け!」
デルが振り返って声を上げた。彼は、絶対に茶化しているだろうと、口を尖らせる。
「デル。彼女が魔王軍の77柱と呼ばれている者ですか?」
フォースィの隣にいたアイナ王女が、真面目な顔でデルの顔を覗いた。
「………その通りです王女殿下」
王女の問いに、デルは慌てて取り繕い、言葉を返す。
「ならば私に話をさせて下さい」
アイナ王女が彼の横を静かに通り過ぎる。
そして誰よりも前に出るや、オセと正面から向き合った。
「何だ………お前は?」
オセの目が不機嫌に細まり、目の前に現れた高貴な人間に不快感を示す。
王女はオセの気迫に負ける事なく左右両方の髪留めを外すと、銀の髪を降ろして服の胸元を強く握りしめた。
「私はウィンフォス王国第18代国王の娘、アイナ・ウィンフォスです」
「アイナ………ウィンフォスだとぉ?」
オセの顔から歯がはっきりと見えた。
「てめぇ、この国の王族か!?」
赤い鎖が巻かれた白銀の斧が高い音を立て、その切っ先が王女に向けられた。
アイナ王女が静かに頷く。
「魔王軍の幹部たる77柱のあなたに話があります」
「はっ! てめぇの爺さん婆さんのせいで、俺達がどれ程苦しめられたか教えてやろうか!?」
気が付けば、オセの周囲のオークやゴブリン達も、彼女と同じ感情を表情に出し始めていた。
「デル騎士総長、この状況は………」
馬から降りて近付いてきたシリアが、やや後方で待機させている騎馬を横列へと並べ変えさせながら、デルに小声で呼びかける。
「分かっている」
デルも魔物達から生まれ始めた殺気を受け、シリアにいつでも動けるよう指示を出す。
そして、王女の横についた。
「殿下、これ以上は危険です」
相手も決して多くはないが、デル達の側も決して十分とは言えなかった。仮に一度この場に火が点けば、王女を守りながら戦う事は不利以外の何物でもない。彼は最悪の展開を意識しつつも、その状況だけは避けたい一心で、王女に声をかける。
だが、当の王女の足はその場から一歩も動かなかった。
「………分かっています。ですが私は自らの責任を果たさねばなりません」
王女がさらに一歩、足を前に動かす。
「殿下!?」
デルが思わず叫んでいた。
「我が先祖が、そして我ら人間が自らの保身の為に魔物達を疎い、追放した事は事実。その為に、長い年月の間、あなた方を苦しめて来た事もまた事実。その苦しみを癒す為に、どのような言葉で、どのような姿で、あなた方に伝え、報いるべきか………残念ながら、まだ未熟な私には見えていません」
王女が自分に言い聞かせるように語り、深い悲しみと共に目を静かに閉じる。
「何を好き勝手に………別に今更、頭を下げて謝って欲しいなんて、これっぽちも思っていないさ!」
持っていた斧をオセが地面に叩きつけた。斧を中心に地面が砕け、割れた地面の間から絡みつくように炎が舞い踊る。
「こちとら人間達への復讐から全てが始まったんだ! ましてや俺を含めてここにいる奴らは、この前の戦いで多くの仲間や家族を殺されている! そう簡単に振り上げた拳は下げられないぜ!」
「無礼者め! 我々もシーダイン騎士総長を始め、多くの仲間や家族を貴様達に殺されている!」
我慢出来ず、とうとうシリアが声を荒げた。




