①一触即発
例えるなら、互いに向き合い、朝食をとっている家族団欒の横に立つ全身鎧の衛兵。それ程に違和感のある光景だった。
腰まで届く銀色の長髪を広場のベンチの背もたれに挟んだまま座る若い男。男は足を組み、その膝の上で両手の指を交互に組んで遠くを見つめている。
それだけならば美男として絵になるのだが、男の耳の上には黒々とした角が天を突き、額には黒い宝石が埋め込まれている。
人ではない存在。
それが小さな集落にある広場のベンチで、左右に家臣を立たせていた。
「大魔王様、取り敢えず集落は落ち着いてきたようです」
男の側で周囲を見渡していた黒と白のメイド服を纏った猫型の女性が、頭を小さく下げて報告する。彼女の体を覆う黄金色の体毛が広場の魔動ランプに当てられて光沢を波打つ。
「流石に人間も魔物も諦めたか」
「はい」
遠くに立つ集落の人間や魔物から時折視線を感じながら、男が微笑する。
つい先程まで、この集落に避難していた王国騎士達と、街から撤退してきた魔王軍の魔物達とが出会い、殺気をみなぎらせていた。
これまで互いに仲間を殺し、殺されただけに当然の反応ではあったが、互いに引かず感情が先立つかという時、男は文字通り、その間に立った。
男は自らを名乗る事なく、無言で立ち続けた。人間、魔物のいずれかが不穏な動きを見せると寸分たがわずに原因を作った者を睨みつけ、その動きを止めさせる。睨まれたが最後、その者はまるで父親に怒鳴られた子どもの如く背筋が無意識に伸び、息が出来なくなる程に動く事が出来なくなった。
騎士達も、間に入ってきた男の姿から魔物の側の存在であると気付きながらも、言葉も手も出せなかった。それは魔物側も同じで、仲間であるはずの男が睨み付けてくる事に疑問をもちつつも、それを誰も咎める事ができなかった。
数分後、魔物達は自身の司令官であるシドリーと合流し、また騎士達の中から老騎士が現れ、二人の話し合いが始まる。その後、魔物達の殆どは洞窟内で過ごす事となり、騎士達はこの場からの解散を命じられた。
それからというものの、銀髪の男は誰かを待つように座り続けている。