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▽第2話 あなたと私は誰?

 セーラー服の犬娘に連れていかれて、足の裏にゴツゴツの地面を感じながら歩いていく。

 そんな歩く最中に目に入る彼女の後ろ姿。小さい背丈。亜麻色の髪色で儚げな印象のある容姿。


「可愛いなぁ……」

「ん?」


 振り向いた顔も可愛い。お顔をもにゅもにゅしたい。


「なんでもない、なんでもないよ」

「そう」


 彼女を見ていたら、つい今思っていることがポロリと口から漏れ出てしまった。

 状況は分からないことだらけだけど大変眼福である。

 そんな彼女の名前はなんだろう?


「ねぇ、君の名前は?」

「名前……あなたは?」

「私? 私はね……あれ?」


 純子だったか? 清華だったか?

 自分の名前が全く思い出せない。それだけじゃない。職場の人の名前、家族の名前すらもすっぽり記憶から抜け落ちたように思い出せない。苗字の欠片も記憶に残っていない。


「噓、全く思い出せないんですけど!」

「やっぱり……」

「やっぱりって、じゃあ君も?」

「そう、なにも思い出せない。でも代わりの名前はある」


 名前を思い出せないのは私だけじゃない。彼女もまた名前を思い出せなかった。

 そして思い出せない名前の代わりとなる名前はなにか?

 私は「どんな?」と聞いた。


「SIERRA・1-805・金組二級」

「それが代わりの名前?」

「うん、アタシのことはシエラ805って呼んで」


 製造番号みたいな名前。

 彼女をシエラ805と、そのまま呼ぶのはなんか物扱いするみたいで気が引けた。


「いや、違う呼び方にする」

「違う呼び方?」

「そうそう、金組だから金子ちゃんとかどう?」

「金子ちゃん……」


 だから彼女の新しく名前を考えることにしたが、流石に安直なネーミングセンスだったかもしれない。

 彼女は不満そうな顔をした。


「んー、じゃあちょっとだけ変えて、シエルはどう?」

「……いいかも。これからは、アタシのことはシエルと呼んで」

「やったぁ! よろしくね、シエル!」

「うん、よろしく」


 一瞬の内に熟考に熟考を重ねて外国人名みたいになってしまったが、彼女――シエルは私が付けた名前を気に入ってくれた様子。


「私の名前はどうしようかなぁ……アリスとか雛とか、どうせなら可愛い名前にしたいよね!」

「うーん、まずは代わりの名前を貰ってからにした方がいいかも?」

「なんで?」

「代わりの名前がないと、どこかへ連れて行かれるようだから」

「じゃあ大人しく番号みたいな名前を受け取っておけってこと?」

「そういうこと」


 どうやら製造番号みたいな名前がないと連行されるようだ。

 もちろん乱暴されるのも拘束されるのも嫌だ。ここは大人しく代わりの名前を受け取ることにする。自分の名前はその後で決めるのでいいだろう。


「じゃあ代わりの名前をパパッと受け取ろっかな」

「それじゃあ、このまま付いてきて」

「はーい!」


 私は彼女に付いていく。

 それから数分後。

 歩いていくと、森の向こう側に人工物が見えた。


「おっ、そろそろ?」

「そろそろ」

「やっと森から抜けられる。もう足の裏痛かったんだよねぇ、裸足だから」


 森の向こう側に見える標識。有刺鉄線と鉄柵。基地と呼べる大規模な施設。

 シエルや私と同じく、犬や猫の耳と尻尾を生やした女の子が銃火器を持って警備している。

 物々しい雰囲気だが、今はここに来れて嬉しかった。これで森の中をサバイバルせずに済む。


「こっち」

「あ、うん」


 先を行くシエルに付いていく。すると基地の検問所で足が止まり、シエルはなにやら検問所の女の子と話した。

 検問所のゲートが開く。私はシエルを追って基地の中へ入った。


「なんかこの基地、女の子ばかりだね」

「男は少ないの」

「へぇー……ちゃんと男はいるんだ」


 こういうところには人間の意識を入れた機械兵士や人間のままの男性兵士が多いはず。

 でもここは女の子が多い。しかも獣の耳と尻尾を生やしている。まるで萌えアニメの世界を見ている気分、悪くない。むしろ良い。


「こちらサーチャー1、帰還した。これより荷物を送り届ける」


 また無線で連絡している。

 荷物というのは私だろう。どこに送り届けられるかは分からないが、とりあえず名前を貰って休みたい。ここまで歩いてきて体が疲れた。


「こっち」

「うーい」


 シエルの案内に従って付いていくと、基地内の大きい建物に入った。中は空調が効いていて快適。しっかり清掃されていて清潔感もある。


「このまま付いてきて」

「びーむ」


 案内は続き、廊下を進んでいく。

 その途中で犬や猫の耳と尻尾を生やした女の子、女性がシエルに敬礼。その中をどんどん進んでいくと案内の足が止まる。


「ここ、ここで名前を受け取るの」

「ふーん、管理部ねぇ」


 案内された場所は管理部と書かれた一室。製造番号みたいな名前を付けてくるところにはピッタリな名前だ。


「失礼します」

「来たわね、シエラ805」


 管理部に入るシエルと私。

 それに応じるのは獣の耳も尻尾もない白衣を着たピンク髪の少女。

 ちゃんとした人間がそこにいた。


「荷物を届けに来ました、001管理者」

「お勤めご苦労さん、ありがとね! 後はこっちでやっておくから休んでいいよ」

「いえ、外で待っています。アタシが案内しますので」


 自分さえも番号みたいな名前の管理者との会話を終えたシエルは、管理部の外へと出ていった。


「ふーん」


 001管理者と名の付いたピンク髪の少女から送られてくる視線。


「な、なにかな?」

「あなた、あの子に気に入られている。特別なことね」

「そうなの?」

「そうだよ。あの子、基本は塩対応だもの。なにをしたの?」

「いやぁ、別に特別なことはなくて話しただけかなぁって」

「なるほどねぇ」


 少女の意味深な視線。ジト目で口角を上げている。

 一言で言うと妖しい。大人向けの同人誌に出てきそうな雰囲気だ。

 こういう子には一回言わせたいことがある。


「あのー」

「なに? 今から口説かれちゃう?」

「いやいや、そんなナンパなことじゃなくて……一回だけざーこざーこ♡って言ってくれる?」

「あー……なるほど」

「うんうん!」

「じゃあ、やるわよ?」


 声、容姿、この少女にはそういう資質がある。

 だから興味がすごく湧く。本物がここで聞けてしまうかもしれない。


「ざーこ♡ざーこ♡」

「すごい、本物のメスガキだッ!」


 まさしくメスガキの声と表情!

 見たかったそのもので完璧。本物がそこにいた。


「初対面の人間にメスガキは、ちょっっとビックリかなぁ」

「あ、ごめーん! 悪口じゃなくて二次元から飛び出したみたいな見た目と声だったからついつい!」

「分かってる、分かってるよ」

「ホントにごめんなさい! 土下座しますー!」


 土下座にフォームチェンジ。

 あまりにも完璧で興奮していたから気付かなかったが、これは失礼過ぎた。

 猛省して頭を床に付ける。


「いいからいいから。それより管理名登録しちゃうよ。シエラ805が外で待ってるんだから」

「あ、お願いします」


 シエルが外で待っている。

 私はすっと頭を上げて、管理名というものを付けてもらうことにした。


「じゃあ今日からあなたはALPHA・1-671・歩組三級。略してアルファ671ね」


 これで私にも番号みたいな名前――管理名が付いた。

 どういう法則で付いた名前なのか、気になる。


「これってどういう法則の名前なの?」

「あ、それはね。発見地点、1から3まで割り振られた軍種と発見地点別登録番号、階級で管理名を決めてるんだ」


 抱いた疑問に少女が答えると更に疑問が増える。

 発見地点と登録番号は理解出来るとして、軍種と階級なんてまるで軍隊だ。

 私はいつから軍人になったのか。


「あのー、私って軍人なの? 軍に入ったつもりはないのだけど」

「でも今日から軍人。あなたは陸軍所属の可愛い兵士さんになったのよ」

「そんな兵士だなんてぇ、ご冗談を……」

「衝撃の事実、これ全部本当のことなんだよねぇ」


 冗談ではない。

 ピンク髪の少女の口振りからして、本当に私は軍人になってしまった。


「さぁ、管理名は与えたわ。シエラ805と一緒に行きなさい」


 ピンク髪の少女は告げる。

 色々と言いたいこと、抗議したいところはあるが、シエルを待たせておくのは悪い。

 気に障って知らない場所に連行もされたくない。


「じゃあね、アルファ671。また会いましょう?」

「え、あ。はい……」


 だから私は言われた通りに管理部から出ていく。今まさに自分の人生が変えられていることを実感しながら。

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