遠いカコの感触
「ロープ…」
「えっと、どちら様でしょうか?」
ちょっとしたホラー映画でも見ているような気分のまま勇気を振り絞り、語り掛ける。
布団の中に完全に潜ってしまったため外の様子は確認できないが、女性の声だったのでいざとなれば力でねじ伏せることもできなくはないだろう。
恐る恐る少しだけ布団に隙間を開けてどんな人物なのか確認を試みる。
(あ、ふとももしかみえねぇ)
それを確認したとたん、安心と信頼を寄せていた布団が勢いよくはがされる。
むりやり布団をはがす図々しい不法侵入者はオレの姿を見るなり、
「よかったですわ~」
と一方的な安堵を浮かべる。
ひとまず敵意がないことだけはわかったとたん。短時間でいろいろありすぎたため、(お茶でもよういするかぁ)などと、のんきでおめでたく不用心極まりない感想しか出てこなくなる。
一度、手頃な場所にすわってもらい、部屋を少し片づけて下に降りて玉露とどら焼きを用意する。その後、不法侵入者と対面するように座る。
その一連の流れをものの数秒で淡々とこなす
「どうぞ」
「ありがとうございますわ」
天井を見上げると、作るのに意外と時間がかかった輪っかのついたロープがスパッと綺麗に真っ二つになってしまっており、もう使えそうになくなっている。
「あんな物騒なもの見過ごせませんもの」
切った張本人は誇らしげに腰に手を当て胸を張っている。
オレ自身もう使いたくも見たくもない。片付けてくれたと考えれば大助かりなのでささやかにパチパチと拍手をおくる。
すると不法侵入者はいっそう誇らしげになる。
「改めてもう一度聞きます。えっと、どちら様でしょうか?」
「わたくしをおぼえてらっしゃらない!?わたくしを知っていてお茶を用意してくれていたんじゃありませんの?」
全く記憶にない。そもそもオレの脳内HDDの大半は青碧さんが占めている。そのためちょっとやそっとの人物はすぐに忘れてしまうし、正直なところそれをあまり不便だと思ったこともない。
首を少し傾け、なにも知らないということをアピールする。
「わたくし一応、あなたのクラスメイトでしてよ!生徒会長でしてよ!あなたのまえのせきでしてよぉ~~」
「はぁ…それで、お名前は?」
「ここまで言ってそれすらも思い出せませんの?わたくしの名はカコと申しますわ。ぜひお見知りおきを」
お見知っておける気はしないが一応頭を縦に振っておく。
「それよりも、自分でやっておいておかしいですが、勝手にカギをあけて入ってきたことについては、なにもありませんの?」
「これでも、三年間あの当代と………う゛っ」
こんなの当代と三年間過ごしてきた人間からしたらまだましなイベントだ、といいかけたところで言葉が詰まる。「当代」というワードを口にしたとたん、頭の中で例の青碧さんの悲惨といってもまだ足りないほどのあの惨状を脳が勝手に思い出させてくる。
「だいじょうぶですの?お茶!お茶を!」
彼女にもわかるほどに顔色が悪くなったのだろう、心配した様子でお茶を差し出してくる。
だが、あいにく今は飲めそうにない。過呼吸というものなのか、だんだん息が上がってきておりまともに空気が吸えない。
そんな苦しそうな様子を見た彼女の心配はやがて慌てに変わる。
なにをしたらいいのか、なにをしてあげれるのか分からない。それでもなにかしてあげようと慌てふためく。
慌てた末に彼女の出した答えは、小さな腕で思い切りオレを抱きかかえることだった




