最悪は絶望へ
まだ卒業してから数時間しか経っていないというのに、つい昨日まで使っていたはずの教室がとても懐かしく感じる。
オレの席は、窓側端の一番後ろ。つまり、一般的には人気席とされる場所であった。
自慢じゃないが、この場所を二年ほど誰にも譲ったことはない。
というのも、この学校は少々特殊であり三年間通してずっと同じ教室が使われる。そのため、クラス替えなども特になくクラスメイトは転校・転入などが無い限り変わらない。
それにより『自分の定位置』的なものができてしまい。なかなか席替えをしたいという人間が、過半数を超えなかったのだ。
過半数を超えたとしても、席替えの方法は自分のなりたい席の場所を指定するというもの。これほどワクワクしない席替えは無いだろう。
そして、オレの席は”一般的には”人気席と言ったのにもキチンとした理由がある。なぜなら、オレの席は人気など全く無いためだ。
理由は単純。夏は暑く、冬は寒い席だからだ!まず、この席はエアコンが当たらない。それも絶望的に。そのくせして、夏は日当たりが良すぎるわ、冬は窓の少しの隙間から冷風が吹いてくるわ。の人気要素なんてかけらもない席なのだ。
最初に言ったように、本当にこれは自慢できるようなことではない。
ではなぜ、こんな拷問を二年間も耐えたのか。
こんな席に好んで座るやつなんていないだろう。となれば、座らされるのは必然的に発言力の小さい人間となってくる。そんな時に白羽の矢が立ったのが青碧さんだったのだ。
「今となっては、良い思い出だな。我ながら、なかなかにかっこいいことしたんじゃないか?」
机一つでここまで思い出に耽ることができることに少し感動する。
それに、この席もなんだかんだ言って悪いことばかりでは無い。
何を隠そう、隣の席のが青碧さんなのだ。
これだけで二年間の拷問に耐えるだけの価値はあると言うものだ。
「あ、もうこんな時間か」
窓の向こうの空を覗くと、青い空は去り、赤い空が訪れようとしていた。
だがせっかくここまで来たのだ。それにまだムカムカは収まり切っていない。
一度、青碧さんが頭をよぎってしまったらもう、止まらない。別に止める必要もないので気が済むまで暴走させる。
(青碧さんはね中肉中背とゆう言葉からね、中背をとってね、ちょい低背を付けたね、中肉ちょい低背中な体系なんだよね、ほんっとかわいい、正確にはね、最近の身体測定の結果でね、身長・144.2㎝。体重33・2㎏なんだよね。頑張って覗いたのであっているんだよね、青碧さんは料理が下手なんだけどそんなところも可愛いよね、髪色なんてすごく綺麗な碧色をしててね、最初見た時なんか天使かと思っちゃったよね、イタズラが好きなのも可愛いよね、青碧さんは自分の性別など気にしないからね、『青碧のお話』なんてものがあってもね、男なのか女なのかわかりずらいだろうね、自分の性別なんて気にしないような人なんだよね、そこもかわいいんだよね、すごくかわいい女の子なんだよね、別にオレが面食いだとかそうゆうのじゃなくてね、青碧さんは存在が可愛んだよ、それに青碧さんの魅力を知っているのはオレだけじゃないのかと最近は思うんだよね、本当にね、愚かだよね、とゆうか『青碧のお話』なんてあったら何を犠牲にしてでも見てみたいものだね。青碧さんは髪の手入れがめんどくさいらしくてね、寝癖とかよくついてるんだよね、可愛い、髪型とかにもあんまり拘らないタイプかな。青碧さんに服を着させるとしたらかぁ〜、何の服でも合うだろうね、でもやっぱり制服が一番だと思うんだよね、オレのスマホのアルバムには二千枚ほどの制服の姿の青碧さんの写真があってね、まだまだ全然足りないんだけどね、全て盗撮したものなんだけどね、大変だったな~。もちろん、制服の姿だけじゃなくてね、私服姿なんかもバッチリ収めてあるからね。マジでね私服撮るためのね住所特定ね大変だったな~かわいい、かわいい、かわいい、かわいい、かわいい、かわいい、かわいい、かわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいいかわいい可愛い可愛い可愛い)
「!”#$%&’<>?*+P `~=0)('&%$#"!"#$%&'()」
(かわいいかわい……ん?)
何か聞こえたような気がするが、全く意識していなかったためそれを言葉として認識できていない。
これから、青碧さんのことを表現する語彙力がオレには『かわいい』とゆう言葉しか出てこないという悔しさを混ぜた何とも言えない感傷に浸るというお決まりのフェーズに入ろうとゆうところに邪魔者が入った事だけは分かった。
意識を妄想から現実に戻した。
「だれだ?オレを引き戻させたやつは?」
そこまで言ったところで、ある可能性を考慮していなかったと浅はかであったと悟る。
もしも目の前に居るのが先生だったら先生にタメ口で答えたことになる。ピリオド先生ならまだしも、他の先生ならイメージダウンは免れない。
最悪の場合、目の前に居るのか青碧さんご本人である可能性もある。となると敬語優等生のレッテルに傷がつきかねない。
しかし現実は、そんな杞憂を軽く超えてきた。
「ん?拳? ゴッハッ゛!!」
どこからか飛んできた拳は鳩尾にクリーンヒットする。拳の先を辿ると
「よぉ、やっと起きたかァ」
一番見たくかったゲス顔と対面する
「何のようだよクズ」
腹パンされて痛むのをグッと堪えて要件を聞く
「その様子じゃァまだ知らねェようだな?知ってたらあんなキメェ妄想になんて浸れねえわな」
当代はただでさえ醜い笑顔をさらに醜くして心からの軽蔑の目を向けてくる
「何なんだよ、オレが何を知らないって?」
「面白ェ、じゃあ俺が教えてやるよ。ついてこいよ」
「口頭じゃダメなのかよ」
「あァ?別に言ってもいいがそれじゃあ、面白くねぇだろ俺が。それにどうせ言ったって信じやしねェよ」
とりあえず、当代について行くしかやることもないので、ついていく。正直、腹パンしてくるようなやつの話など間に受けるだけ時間の無駄だとは思うが、勘が嫌な予感を感じ取って止まない。
「もう少しだぜ」
当代についていくにつれてだんだんと周りの人口密度が目にみえるほど高くなっていく。
この野次馬のような人の集まりの先に何があるのか、
オレはものすごく嫌な予感を感じた。
その予感を脳内で否定しようとするたびに、歩くスピードが早くなって行く。
ついには先頭で案内していた当代さえも抜かすようなスピードにまで達する。
走馬灯のように数分前のピリオド先生を思い出す。あのいつも冷静な先生が慌てふためく様子を。
「そんなわけない、、そんなわけない、、そんなはず、、、、ない、、ないよな?」
校舎から外で出た時には、今までかなりのスピードを出していたのにも関わらずいきなり減速している。一歩に体感で50秒ほどかけるるようになった頃、後ろから抜いたはずの当代がすぐ後ろまで追いついてきている事に気がついた。
「おいおい、まだここからじゃ青碧かなんてわかんねェだろぉ?」
「ヴッ!!」
青 碧 その名前を出されるだけでストレスが限界値に到達するようになってしまった体は、
食べ物を消化するのにすら拒否反応を見せるようになった。
「グヴェ」
「まだ、駐車場入ったばっかだろ?そんな調子で大丈夫かよぉ?」
進みたくない 進んだら地獄が、悪夢が、最悪が
「仕方ねえなぁ!じゃあおぶってやるよ」
そう言い放つと当代は無理やりオレを背負うと
一歩一歩ゆっくりだが、確実に野次馬の中心へ向かって行く。
長い長い時間をかけて進む当代の上は無駄に見晴らしが良く、野次馬の中心に青いブルーシートの幕が建てられているのが見えてしまった。
これ以上は心に毒だと判断し何も考えないようにする。
(何も、何も、何も考えない考えない、、、、鉄くさい…何だよそれ…血の匂い?)
「やめろロロ!!っそれいじょおおかんがえんなあああ!!」
「暴れんな、暴れんなそんな暴れなくてもちゃんと、お望み通り見せてやるよ」
一歩一歩着実に近づいている当代はもう、ブルーシートの目の前に立っている。
「ヴェえ」
体が全力で警告を出そうと頑張って嘔吐を試みるが、もはや胃液すら出そうにもない
(そうだ、、、こんな、、時には、、楽しいことを、、、万能薬、、、)
思考がそこに行き付くと自己防衛のため脳の全ての細胞が協力して楽しいことを妄想させようとする。
「にひい」
唐突に当代から嗤みが溢れる。何がそんなにおかしいのか、反論する余力すら残ってはいない。
(楽しいこと、、青碧さんと、、青碧さんと、、、、デート、、どこがいんだろうな行くとしたら水族館とか?魚を見てはしゃいでる青碧さんは可愛んだろうな。「あの魚美味しそう」とか言いながら…青碧さんと、青碧さんと、青碧さんと、青碧さんと、青碧さんと、青碧さんと)
「邪魔するぜぇ、あとゴミライ重かったから疲れたしここ置いとくわ〜」
理解できなかった。
言いたいことが多すぎる。
まず当代、なんでブルーシート貼ってあんのに堂々と入ってくんだよ。背中にオレだっているんだぞ冤罪かけられるかも知れねえじゃねえか、そして置いてくなよ自分で出したゴミは自分で片付けろ
次、ピリオド先生、何でもっと早く教えてくれなかったんだよ、何であんなチャラチャラ話しかけてきてんだよ
次、空、何、綺麗な満月ぶら下げてんだよ、暗くしてくれたおかげでほぼ見えねえじゃねえか。こういう時ぐらい雨降らせてくれよ
そして、オレ、何してんだよ涙のおかげでろくに見れねえじゃねえか、鼻水のおかげで匂いなんてしねえだろ、嘔吐のおかげで喋れねえじゃねえか。何でよりにもよって楽しいこと考えるとか言って出でくるのが青碧とのデート何だよ、万能薬なはずだろなに、地獄を、悪夢を、最悪を増長させてんだよ。そんなもん、考えない方がまだマシだったわ。
最後、青碧、何だよこれ。