培った常識が通用しない異世界
目覚めたミライの口元からは、糸のようなものが垂れている。今のミライはまだ思考が働いていないためそれに気づいた様子もない。
「よだれ、たれてるよ」
「ほんとだ!見苦しいものを見せてしまい、すみません。」
「PPWにきてから疲れ溜まってたんだよね。もうちょい寝ててもいいよ」
疲れがたまるのも無理ない。ミライのことだからなどと勝手にうまくこの世界に順応したのだと過信していたがミライだって僕と同じ人間なのだ。寝落ちしてしまっても誰も文句は言えまい。
(初見で火の玉跳ね返してくるやつを人間といっていいのか…)
「それにしてもよくあの球はね返せたな。ミライがすごいっ奴ってのは理解してるつもりではいたけど、
あれに関しては流石に人間じゃねぇよ」
「やはりこのPPWがすごいんでしょうね。なんて言ったって成長率37倍ですからね!!」
「え?」
「はい、成長率37倍です。もしかしてあの看板を見なかったんですか?このPPWは37倍のスピードで…みたいなやつですよ?」
「いや、それは読んだんだけど……あれ?37だっけ?」
僕の記憶が正しければこの世界は成長スピード20倍のはずだ。
頭の中に20と37という数字を思い浮かべるとある一つの仮説が浮上してきた。
それがあり得てしまうと、すごいを通り越してもはや恐怖まで感じてしまう。
恐怖で頭が真っ白になり始めようとしている
だが、それはまだ仮説の域を出ていない。と、フライングする恐怖を深呼吸をして和らげる
それに今はミライがこの世界にはいるのだ。この程度の恐怖に支配されるほどメンタルはボロボロではないはずだ。
(あと20分もすれば仮説が正しいのかどうか証明できる)
「ミライはここにいてまだ休んでて、僕ちょっとその看板見てくるから!」
「え、じゃあオレも行きますよ。ついていきます!」
看板までの道のりは脳内マップにしっかり記憶されているため、数分もしないうちに迷うことなく看板にたどり着く。
「あと、、16分」
「何が16分なんですか?もしかして一日の終了、24時までですか?」
【剣術の修行場】から出た時には近くにいるはずのミライの顔が見えなくなるほど暗くなっていた。
ありがたいことに、このPPWにはしっかりと朝・昼・晩がある。そのおかげで今が何日目なのかが分かりやすい
今はこの世界に来てから17回目の夜だ。そして18回目の0時を迎えようとしている
看板を読んでみるとミライが言っていた通り37倍と書かれていた
「3」
「2」
「1」
「ゼ…」
「ゼロ」とカウントしようとしたところで、案の定な最悪の結果に衝撃を受け、言葉が出なくなる。
カウントしていたのは0時を回るまでの残りの時間だ
「どうしたんですか?青碧さん。何かおかしなことでもありました?」
ミライも、固まってしまった僕を不思議に思い看板を読もうと暗闇の中で目を細める。
(あとで暗視魔法の存在のこと教えてあげよっかな)
現実から目を背けようと、恐怖を和らげようと、他愛もない考えが次から次へと浮かんでくる
暗闇の中で頑張って読んでいるミライは、僕の挙動不審さに関与しているであろう一節を看板から見つけ出したようで、口元を手で覆うようなものすごくベタな反応を見せる。
「さんじゅう…はち…ばい……?」