第99話 知りたい感情
「こちらが主に農業専門のリーダー、ハウンサさん」
「ど、どうも......」
ミュウリンに紹介され、三つ編みを肩にかけたふくよかな女性は頭を下げた。
アイトも頭を下げて挨拶する。
―――場所は移ってとある民家の前
「んで、こちらが魔物とかを狩って来てくれる食料専門のリーダー、ソールさん」
「......」
顔に傷跡がある男性は無言で、アイトを見つめた。
アイトは一先ず頭を下げて挨拶した。
―――場所は移って村長宅の前
「そしてそして、こちらがこの村の村長さんのドトールさん」
「......ドトールじゃ」
杖をつく老人は睨むようにアイトを見つめた。
勇者も針を刺したようなチクチクした視線に気づく。
しかし、頭を下げて挨拶した。
それから、しばらくミュウリンの気が済むままに色んな人を紹介されるアイト。
年齢も大人から子供までバラバラであり、紹介された人物から送られる感情の含んだ視線もまたバラバラであった。
しかし、一貫して誰かが攻撃的な態度を見せることは無かった。
それがアイトの胸にチクチクとした痛みを与えていく。
ミュウリンと歩いていると、彼女は肉を焼いている男の人に近づいた。
ブタのようなその魔物は見事な丸焼きになっていて、香ばしい匂いご二人の鼻腔をくすぐる。
「おじさん、お一つちょーだい」
「お、いいぞ。これでも食いな」
男は丸焼きの魔物の一部をナイフで切る。
それを適当な串に刺してミュウリンに渡した。
「ありがとー。それじゃ、早速いただきまーす」
ミュウリンは大きく開いた小さな口で齧り付く。
溢れんばかりの肉汁が口の端から零れそうになる。
「ん〜、美味しい〜♡ やっぱり焼いたお肉はサイコーだね」
美味しそうにムシャムシャ齧り付くミュウリンを横目に、アイトはただじっとその光景を感じていた。
すると突然、肉のついた串が近づいてくる。
「ほらよ、お前も食え」
「あ、ありがとう......」
アイトは戸惑いながら受け取った。
この状況は予想していなかった。
他の人達が何もしてこないのは、触らぬ神に祟りなしといった感じだと思っていたからだ。
故に、例えミュウリンに紹介されようとも、自分の立場は空気のようなものだと思っていたのだ。
しかし、実際に認識されていて、肉を貰うという施しを受けている。
アイトは胸にこみ上がる気持ちを紛らわすように、肉を食い始める。
「......美味い」
「そいつはどうも」
お腹を満たせば、またミュウリンの気の向くままについて行く。
その時、何故かミュウリンは毎度アイトの手を繋ぐ。
まるで夏祭りの人混みで離れ離れにならないように手を繋ぐような感じで。
そう思うのは手を掴むミュウリンに全く恥じらいがないからだ。
歩き出せば、宙ぶらりんの手を掴んでくる。
そして、離さないようにしっかり握ってくるのだ。
アイトはその行動を不可解に思いながらも、別に断る理由も特にないので流した。
少しすると、ん? とアイトは何かを捉えた。
その方向に魔力を飛ばしてみると、腰が曲がったお婆さんが両手で水を汲んだ木のバケツを運んでいる。
アイトはミュウリンの手を振り払う。
ミュウリンから「あっ」と僅かに漏れた声が聞こえたが、アイトはお婆さんの方を優先した。
「持ちますよ」
アイトは右手でサッとバケツの取っ手を掴む。
その行動にお婆さんは目を丸くした様子だ。
しかし、すぐにニッコリと笑った。
「ありがとね」
その言葉にアイトは胸に痛みを感じた。
今度はジュクッとした鈍い痛み。
眉が僅かに寄っていく。
普段なら正面から受け取れる言葉が、今は辛く感じる。
良かったと思う気持ちはあるのに、それ以上に何かが黒く覆っている。
どういたしまして――その言葉が結局出ることは無かった。
お婆さんが指示する所までバケツを運び終わると、ミュウリンの所へ戻った。
すると、ミュウリンは何やら嬉しそうな顔をしている。
ふにゃ~と頬をもちもちしたくなる笑みだ。
「やっぱ優しいねぇ~」
その言葉にアイトはそっぽ向いて答えた。
「そんなことない。当たり前のことだ」
「その当たり前が皆出来たら、きっと優しい世界になるだろうね」
「......」
アイトはコメントに困った。
なぜなら、彼は十二分に優しくない世界に触れているからだ。
今更汚れの無い世界に戻れるとは思っていない。
再び、ミュウリンに手を引かれるままに歩いていく。
アイトの横を妊婦の女性が通り過ぎていった。
瞬間、その女性の正面から木の棒が飛んで来る。
いち早くそれに気づいたアイトは素早く動き出す。
そして、その女性が当たる魔に素早くキャッチする。
女性は唖然とした表情で見つめていた。
アイトが魔力で周囲を精密に探れば、その女性の前に複数の子供がいる。
原因はチャンバラごっこをしていて誤って手から木の棒を滑らせたようだ。
「大丈夫か?」
「は、はい......うっ!」
キョトンとした表情の返事から一変してお腹を抱えて苦しみだす女性。
「大丈夫!?」
ミュウリンが慌てて女性に駆け寄った。
原因がわからずあたふたする一方で、視界の代わり魔力を頼っているアイトだからこそわかった。
女性の内部で強い魔力が脈動していることを。
「生まれる......陣痛だ」
「え?」
アイトはすぐに大声で叫んだ。
「子供が生まれる! どこか医者か助産経験がある人はいないか! 一刻を争う! 早く!」
「わ、私、経験あります......」
一人の女性が恐る恐る手を挙げた。
アイトはその方向を向くと、頭を下げる。
「俺にはわからない経験に縁のない世界だ。だから、知識も何もない。
あなたが指示してくれ。出来ることは何でも協力する。
俺は魔法なら全般使える」
アイトの覚悟を受け取ったのか、女性はコクリと頷いた。
「それじゃ、人肌のお湯をお願いします」
「わかった」
それからは大慌てだった。
助産経験のある女性が指示して、妊婦の女性を近くの民家に運び、近くの人達も協力してすぐさま子供を産みやすい環境を作り上げた。
そして、妊婦の女性の出産が始まったところで、アイトはお役御免となり、彼はその場から離れていく。
久々に汗をかいた。主に焦りの汗だが。
気が付けば、夕刻に刺し込んでいて、辺りに暗さが増していく。
背後を確認すれば、村の皆が心配するかのように妊婦の女性がいる家の周囲に集まっている。
「......」
アイトはその方向に顔を向けた。
もはや目がない以上、顔を向けても仕方ないのだが、なんだか無い目に焼き付けたくなる光景だったのだ。
ズキッと胸の痛みが増していく。
なんとなく自分の手に顔を向けた。
アイトは思った。
そっか、これは罰なんだ、と。
アイトは何気なく足を森へと向かわせた。
黒の視界に白い線で輪郭を象った木々の情報量が脳を焼きにくる。
鈍い頭痛を感じながら歩いていくと、やがて小さな湖に辿り着いた。
開けたその場所は月光を湖が反射していてキラキラしていた。
水面は鏡のようになっていて、二つ目の月がさざ波に揺れる。
そんな美しい光景もアイトの目には映らない。
これも罰なんだ、と脳裏に情景を想像しながらアイトは思った。
「見つけた」
アイトの後ろから優しい声が聞こえてくる。
振り返れば、ミュウリンがそこにはいた。
ミュウリンはそばに来ると妊婦の女性の情報を伝えて来る。
「無事に生まれたみたいだよ。元気な女の子だ。アイトのおかげだよ~」
「そっか。それは良かったな」
「......嬉しそうじゃないね。苦しい?」
「っ!」
そんなことを訪ねてくるミュウリン。
向ける視線はまるで原因がわかっているかのようだ。
「わかるのか? 俺のこの原因が」
「わかるよ~。だって、君は優しいもん。
だから、すーっごく苦しくなっちゃうんだ~」
のほほんと答えるミュウリン。
対して、アイトは焦った様子で言った。
「なら、その答えを教えてくれ! 俺はなんでこんなに苦しいんだ!」
ミュウリンは見透かすような目を向ける。
そして、クルッと踵を返せば、一足先に村へ戻り始めた。
同時に答えた言葉はたった一言。
「内緒」
アイトは拳を握った。
「どうして! なんで答えてくれない!」
ミュウリンはピタッと足を止める。
彼女は振り向くことなく答えた。
「それはボクから教えられる言葉じゃないから。
君の苦しみは君自身が気付くべきことなんだよ。
だから、答えられない。
逃げちゃダメだよ。逃げたらもっと苦しくなる」
「......っ」
「そんじゃ、先に戻ってるよ。遅くならないようにね~」
ミュウリンは歩き始めた。
その姿を無い目で追いながら、背中から光を浴びせる月は、アイトの本音を見透かした。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)




