第98話 困惑する気持ち
「おぉ~、凄いね。目元を布で覆ってるのに見えるなんて」
「俺は戦いで目を失った代わりに、魔力でそれを補ってる。
だから、ある程度の物の把握は出来るが、距離感はサッパリだ」
「では、手を繋いでしんぜよう」
建物から出るミュウリンに手を引かれ、アイトは外に出た。
なんとなく日差しの心地よさは感じるが、光によって網膜が透けて赤く見えることなかった。
その時に実感した。
あぁ、ほんとに両眼を失ったんだな、と。
目の代わりに他の感覚が鋭くなった影響か、握られる手の柔らかさを感じる。
手はより形を脳内に送り込むように、ミュウリンの手の形を想像させる。
「ここら辺に段差は無いよ。だから、怯えて歩かなくても大丈夫」
「それはなんとなく把握してるから......」
あ~、とアイトは頬をかき、言葉を変えた。
「いや、ありがとう。助かる」
「どういたしまして~」
相変わらずのほほんとしたミュウリンの声が聞こえる。
周囲の状況を確かめるように魔力を飛ばしてみれば、色んな人達が周囲を往来していた。
現状では、ミュウリン程のすぐそばの近さでなければ顔がわからない。
しかし、向かって来る視線でなんとなく嫌悪や憎悪らしきものが伝わってくる。
「当たり前だが歓迎されてない様子だな」
「まぁ、魔王様が倒された後だしね」
魔王様か、とアイトは思った。
先ほどまでミュウリンは父親のことを「お父様」と呼んでいた。
しかし、今では「魔王様」と呼んでいる。
意図的に使い分けてる言葉。
人前だから言葉を変えたのか。
だとすれば、ミュウリンが魔王の娘であることは他の者達は知らない?
そんなことがありえるのだろうか。
「ボクはね、きっと薄情者なんだ。
なんたって家族よりこの村の人達を選んだんだから」
突如としてミュウリンの口から飛び出た言葉。
アイトは思わず顔を向け、耳を傾けた。
「ボクは皆が楽しそうにしている姿を見るのが好きでね。
笑うとお花が咲いたように明るくなって、どんなことでも笑えてしまう。
すると、明日もがんばろーってやる気がぐぐ~んと増えていくんだ~」
「だから、ミュウリンはまお――お父さんの所には居なかったのか? それほどまでに強いのに」
ミュウリンの魔力から感じる強さは魔王並み。
かつてアイトが戦かってきた四天王と呼ばれる幹部レベルが、訓練を受けた兵士五百人で倒せるレベルなら、軽く三倍はある。
今でこそ魔王を倒した勇者の方が強いが、もし途中で出会ったのなら間違いなく死んでいただろう。
少なくとも、魔王戦を終えた今の勇者なら相打ちが関の山。
しかし、現状何もされずに生きている。
それが不思議でならなかった。
「ボクは強くないよ。強くなりたいとも思わないかな。
だって、暴力でしか解決できない世界はきっととても寂しいだろうから」
魔王の娘とは思えない発言だ。
いや、そうとも言い切れないのか。
死ぬ間際の魔王との話を聞いた後では。
アイトとミュウリンのそばに三歳児ぐらいの子が走ってきた。
その子は「ミュウねぇ」と叫ぶと、ミュウリンに抱きついた。
「お~、どした? ん、今日も元気いっぱいだね~」
ミュウリンは目線を合わせるようにしゃがみ、子供の頭を撫でる。
その後、子供の両脇を持ち上げれば、抱っこした。
アイトはその様子を魔力で感じ取りながら、話しかけた。
「俺はどうして殺されてないんだ?」
「殺せないからじゃないかな」
「バカ言え。俺は生身が金属でできてるわけじゃないんだぞ。
魔力を通せば弾くことも可能だろうが、生身なら子供のナイフで死ねる」
「なら、殺す気はないんだと思うよ。怒りや恨みはあるだろうけど、お互い様だしね」
「ミュウリンが何かしたわけじゃないのか?」
「ううん、何もしてないよ」
ミュウリンは首を横に振る。
アイトはその動作を白黒の世界で捉えた。
「......」
アイトは民家から少し離れた木の下で座っていた。
気を背もたれに、正面に見える魔族の人々の行動を魔力で捉えていく。
味気ない脳裏の情景をぼんやりと。
すると、一人の少女がトコトコやってきた。
肩甲骨辺りまで伸びた長い髪をしたその子は両手に果物が入っているだろうバスケットを抱えている。
少女はアイトの目の前に立ち止まると、十数センチ開けて横に座った。
バスケットを傍らに置き、そこから果実を一つもってアイトに渡す。
「あげる」
「......ありがとう」
アイトはお礼を言って受け取った。
少女は特に笑うこともなく果物を受け取ったことを確かめると、自分用を取り出し、果物に齧りつく。
「うまっ」
アイトも同じように齧りついた。
みずみずしく自然な甘さが自然と口の中に溢れ、喉に流れていく。
味的にはこれまで何度と食べてきたリンゴのような味なのに、とても美味しく感じる。
「うまっ」
思わず言葉が漏れ出てしまった。
懐かしの果実の味にあっという間に食べつくしてしまう。
「もっといる?」
少女が果実を片手に聞いてくる。
片手間にムシャムシャ食べながら。
アイトは首を振った。
お腹と同時に胸も膨れたからだ。
しばらく時間が経過した後、未だに横にいる少女にアイトは聞いた。
「......君は俺が怖く――」
「クラチ。私の名前」
「クラチは俺が怖くないのか?」
アイトは人族だ。それも遥か彼方から魔王を殺すためにやってきた。
例え、アイトの正体を知らないとしても、散々殺し合ってきた人間が横にいるのだ。怖くないはずがない。
「怖くないよ」
クラチはサッと答えた。
その回答にさらに尋ねてみる。
「どうして?」
「おにーさんは怪我をしてる。
歩けてるようだけど、両目がないから歩き方が変だし、左腕はないし。
それにたぶんおにーさんが殺そうとしてるなら、全員殺せてるはず」
クラチからと飛び出た物騒な言葉。
アイトはその根拠を聞いた。
「なんでそう思うんだ?」
「だって、ここは魔王城近くの“死の森”の一角だから。
普通の人間じゃまず助からない。おっきな魔物がうじゃうじゃいる。
だから、生きてるおにーさんは運もいいだろうけど、それに見合った強さも持ってるんだろうなって思った」
鋭い観察眼だ。
アイトは実際に勇者なのだから、現状でも十分に森を抜けられる力はある。
しかし、森を抜けようとは思わない。
半ば生きるのを諦めているのかもしれない。
「この村は何なんだ?」
「ここは魔王様が張った結界に守られた特別な村。
自分の子供が戦いに巻き込まれないように作った村ってお父さんからは聞いてる」
「そうなのか」
アイトは魔王の最期の言葉を思い出した。
魔王から娘をよろしくと頼まれたが、未だにアレが本気かどうかわからない。
しかし、死に際に嘘をつく理由もなかろう。
だから、本気だったんじゃないかとは疑ってる。
「おやおや、もう村の子と仲良くなったのかい~?」
ふんわりとした声が近づいて来る。ミュウリンだ。
「あぁ、こんな俺にも優しくしてくれる少女だ。敵対種族だってのに優しすぎるぐらいだ」
「ふふっ、アイトが優しい人だってわかったんだよ。
それじゃ、せっかくだし村をあんないしてあげよー。
これを機にアイトも村の仲間になればいいさ」
ミュウリンが手を差し伸べる。
村の仲間か、とアイトは思った。
悪くない響きだが、それはさすがに周りが居心地悪いだろう。
「考えておく」
考える気もない言葉をサラッと言葉に出すと、ミュウリンの手を取って立ち上がる。
意外と力の強いミュウリン。
そういえば、気を失った時にこの子が村まで連れてきてくれたのだろうか。
だとすれば、人族の成人男性よりも力があるのではなかろうか。
「それじゃ、村案内にレッツゴー!」
アイトはミュウリンに手を引かれるまま、村の中を歩いていく。
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