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自称道化師の喜劇道~異世界出身のお調子者と魔族の相棒の陽気な珍道中~  作者: 夜月紅輝
第4章 ヒナリータクエスト

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第96話 思わぬ出会い

―――聖歴196年 花の月


 暗黒の雲が空で渦巻き、雷鳴がせわしく鳴り響く。

 断崖絶壁に囲まれ、周囲は奈落へが広がる。

 大陸との繋がりは僅か一本の細道のみという場所にある城の名は魔王城。


 その城の王の間では、今まさにこの世界の歴史のターニングポイントである戦いが終わった。


 斬撃の跡や魔法によって崩れ落ちた壁面、風穴が開いた天井。

 周囲が大小様々な瓦礫に覆われている中、寝そべるワインレッドの大男と、剣を支えにしながら座り込んでいる青年がいた。


 青年はずっと夢を見ていた。

 それは自分がやがて世界の悪である魔王を殺すこと。

 それが遥か高度な文明から生まれ変わってもなお、憧れていたことでありその夢がついに叶った。


 しかし、青年の心が晴れることはなかった。

 なぜなら、彼が夢見ていたのは“完全無欠”なる夢物語。

 勇者が五体満足で魔王を倒し、その後最強の存在として自由気ままな世界を生きていく。


 さながらどこかの俺TUEEEラノベのように、勇者として選ばれた自分はその後どうあがいても幸せな人生を送っていくのだろうと――そう思っていた。


 ある程度の夢とのギャップ(げんじつ)は覚悟していた。

 殺したこともない動物を殺し、それどころか人を殺す倫理観を備えること。

 前までいた世界とは文明も生活レベルも低いこと。

 スマホがないこと。


 それでも、スタートこそ最悪だったが、数年前の青年は歓喜していた。

 空虚で夢を見たってどうにもならない現実から、自分が期待され、活躍が望まれる夢が現実になったことに。


 最初こそ甘ったれた精神が身に付いていた。

 しかし、勇者として行動していくうち、役割に性格が矯正されたのか、与えられた使命に誇りを持つようになった。


 人類を脅かす魔族の脅威を排除すること。

 それを至上の命題とし、力を人類の繁栄として使ってきた。

 使って、使って、使って......最後には使い果てた。


 目の前には宿敵が寝転んでいる。

 辛うじて呼吸はしているが、生きているのすらもやっとな状態だろう。


「っ!」


 それは勇者も同じか。急に来た頭痛に頭を抱える。

 戦いの末、両眼と左腕を失いながらも、死に物狂いで牙を突き立てた。


 ストレスで黒色だった髪は白く染まり、辛うじて一本の三つ編みに黒色が残っている。

 体中に残る夥しい傷跡。

 そこからは止血すら諦めたように鮮血が流れ出る。


 そこにはもう“完全無欠”の物語の姿は無かった。


 ここまで頑張って魔王を倒したんだ。

 それで人類のためと思って死ねるのなら、それで本望。

 平和になった世界に勇者という存在も不要だろう。


 そう、あの言葉を聞くまでは。


「なぁ、勇者アイトよ......俺の最後の願い聞き入れてくれたか?――娘達を頼むという願いを」


 そう、この願いだ。この訳の分からない願いが勇者アイトを混乱させている。

 仮にも宿敵である相手に、自分の大切な娘を預けるという神経のイカレ具合。

 この言葉がいつまで経っても、勝利の余韻に浸らせてくれない。


「なんで俺なんだ? 俺は勇者だぞ? それも死にかけの」


「敵だから気にしてんのか?」


「そうだ。俺はお前を殺しにやって来た敵だ。その敵にどの面下げて願い立ててんだ」


「......死に面だな」


 面白くもない、とアイトは思いながら、剣を突き立て立ち上がる。


 魔力で周囲の魔力反応を感知する<魔力探知>という魔法を応用して、それの感知精度を高めることで、周囲に輪郭を浮かび上がらせた。


 この世界の万物に魔法も素である魔素が宿る。

 それを感知する<魔力探知>は目を失ったアイトにとって唯一の“目”だった。

 ただし、それは真っ黒な世界に白い線で瓦礫や建物の輪郭がある程度だが。 


 この場を去ろうとするアイトに、魔王は言葉を続けた。


「俺達、魔族は負けた。そして、人類を脅かす最悪な魔王もここで終わった。これで計画は失敗だ。いい気味だ。

 まぁ、この戦いで少しばかり魔族に対する印象は最悪だろうが、それでも時間をかければ解決するはずだ」


 コツッコツッと剣先を床に突き立てるアイト。

 足は一歩、また一歩と魔王から離れていく。

 答える気は特に無かったが、ついつい宿敵の最期の言葉に反応してしまった。


「まるで自分のおかげでこれからの世界が良くなっていくみたいな言い方だな」


「あぁ、良くなっていくだろうな。

 少なからず、一時的な平穏は訪れるはずだ。

 俺がお前達と戦う際に使っていた部下は全員過激派だ。

 だが、当然魔族の全員が全員、俺の意志に従ってるわけじゃない。

 過激派はほとんど消えた。これでもう娘達が俺の後を継ぐことはない」


「どうだか。お前の娘だぞ」


「ふっ、どうだかな。アイツは我が至高の良妻にして最高の理解者――」


「はいはい、死に間際に惚気んな」


 トドメをさしておけば良かったか? と思ったアイト。

 しかし、そんな体力などとっくにない。

 今死にかけの体を精一杯引きずって歩くだけで、それ以上に力を回せる余裕はない。


 ―――ベキッ


 どこかが割れる音がした。

 探知すれば、丁度魔王の上にある天井だ。


 アイトは両開きのドアに肩をぶつける。

 体を押し込み、ドアを開ければ、背後から魔王の最期の捨て台詞が吐かれた。


「大丈夫だ。お前がいる限り、必ず世界は良くなる。

 一筋縄ではいかないと思うがな。それじゃ、土産話を待ってるぜ」


 ドアが閉じられた。

 直後、ズシャアアアアンと巨大な瓦礫が落ちた音が響く。

 目がない代わりに聴覚が発達したアイトにはうるさすぎる音だ。


「......考えておくよ」


 もはや聞こえるはずもない返答をする。

 さて、これからどうしようか、とアイトは悩んだ。


 死にかけの体で一体どこへ逃げ込めばいいというのか。

 魔王城の周りは奈落であり、そのさらに外側には凶悪な魔物が蠢いている。

 あの魔王は些か勇者という存在に期待しすぎではないだろうか。


 ......それはきっと自分も同じか。

 チート級の能力で五体満足で魔王を倒し、そこからはチート能力を使って悠々自適。

 それを夢見ていた自分にとって、戦いとはかくゆうべきかと知らしめられた。


 最強とされていた魔王を倒した勇者。

 この世界で最強になったことには変わりないだろう。

 しかし、これほどまでに喜べない状況もまたないだろう。


 アイトはとりあえず懐に持っていた緊急脱出用の転移スクロールを取り出した。

 それに魔力を流し、どかもわからない場所に転移。

 目の見えない彼には恐怖しかなかった。


 どこかへ飛んできた。

 視界もままならない状況の着地で、盛大に地面を転ぶ。

 探知で周囲を探れば、どこかの森の中だった。

 とりあえず、地面を這って、近くの木によりかかる。


 勇者の証と渡された聖剣。

 着地に失敗した衝撃で吹き飛んでしまった。

 数メートル離れた場所に落ちているが、とても拾う気にはなれない。

 いや、拾う必要も無いというのが正解か。


「っ!」


 瞬間、アイトはゾッとした空気に襲われた。

 森の中であまりにも強い重圧を帯びた魔力。

 それこそ魔王と戦った時と同じ気配。

 それが森の奥から近づいて来る。


 同時に、魔王との戦闘のアドレナリンが切れたのか、急激に疲労感が襲ってきた。

 全身が鉛になったかのように、体は徐々に横に傾いていく。


 やがてドサッと地面に寝転んだ。

 これが最期か、なんかあっけないな、と思うアイトに強い気配がすぐそばまでやって来る。

 獣臭はしない。つまり人型――十中八九魔族だろう。

 アイトは覚悟を決めた。


「大丈夫~? 痛々しい傷だね」


 フワッとした口調の優しい声。

 それがアイトと魔王の娘――ミュウリンとの出会いだった。

読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)

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