第93話 厄介な大人
「ハァ~、食った食った。ごちそうさん」
「お粗末様だよ~」
ナナシ主催の釣り大会も終わり、時刻は昼頃。
釣った魚の一部を昼食に当て、ミュウリンお手製の料理が振る舞われた。
それらを満足するまで食べた全員が食後のまったりモードが現在だ。
「ハァ~、こんな気持ちいい天候なんだし、今日はもう何もしたくねぇ」
皆で囲っている鍋のそばから立ち上がったナナシはすぐにそばにある木まで移動する。
木陰の近くでゴロンと横になれば、すぐさま寝息を立て始めた。
さっきまでのうるささはあっという間に消え去り、静かで穏やかな時間が始まる。
「おいおい、大将の奴寝ちまったぞ」
「いいんじゃねぇか? 急ぐ旅でもねぇし。だったら、オレだって遠慮なく休ませてもらう」
その場から立ち上がったレイモンドはナナシのいる木まで移動し、寝ている仲間を邪魔しないように木に寄りかかって座った。
すぐさま彼女は魔法袋から本を取り出し、挟んだしおりのページを開いて読書を始める。
ちなみに、男勝りな乙女が読んでいるのはよくあるラブロマンスだ。
ただし、ジャンルは身分差の恋ではなく、同年代同士のじれったい関係の話である。
「随分とまぁのんびりしてやがるなぁ、あの二人は。
嬢ちゃんを家族に会わせるってんだから急ぎの旅だろうに」
マイペースな二人を見ながら、苦言を呈するゴエモン。
実際、彼の言ってることは最もであり、今の旅の目的はヒナリータを家族がいるもとへ届けるためのものである。
「それは二人ともわかってるよ。
でも、どうせ帰るなら色々な景色を見せて楽しんで欲しいじゃん?
二人はそれがしたいだけだよ。わざわざ言うのは野暮ってものさ」
同じくのんびりする二人を見ながらフォローを入れたのはミュウリンだ。
その言葉に「なるほど」とゴエモンも納得する。
このままヒナリータをすぐに返すことも出来る。
しかし、もしそうしてしまえば一人旅させるにはまだまだ若すぎる少女が次に色々な景色を見れるのは数年はかかるだろう。
この際、届き遅れた言い訳はいくらでも出来る。
だったら、色々な景色や体験をついでにさせていくのは悪くないだろう。
「独りよがりな考えはナナシさんも理解してる。だけど、道化師の理念は笑顔を作ること。
そのためだったら、例え後で自分が怒られるような目に遭っても楽しい経験をしてもらうってのがナナシさんなんだよ。
ま、だけどあのナナシさんが何もしていないってのは思わないんだけどね」
「さすが、相棒はよくわかってるな。ただ、俺が野暮なこと聞いちまったことで嬢ちゃんに今の状況を説明させちまってることになるな」
「......あ、しまった」
そう言いつつもあまり焦っている表情じゃないミュウリンがヒナリータをチラッと見ると、少女は寝ているナナシを睨んでむくれていた。
なんだかずっと手玉に取られているような感じがして気に入らないのだ。
そんな気難しい少女の頭をミュウリンは「ふふっ、素直じゃないな~」と笑いながら撫でる。
その後、ミュウリンが風景画を描き、ゴエモンが木の枝に足を引っかけて宙吊り状態の筋トレをし始めるなど各々が好きな行動をする中、ヒナリータはただ一人湖の縁で三角州割りしながら、水面に反射する太陽を眺めていた。
その時、獣人だから聞き取れる小さな音がし、ヒナリータの耳がピンと立つ。
聞こえた方向に視線を向ければ、少し遠くに見える茂みのある方だとわかった。
少女は周りを見て四人の様子を確認すると、邪魔しないように静かに立ち上がり確かめに行った。
茂みをかき分け少し歩いた先で見つけたのは足を怪我した子熊だった。
その子熊は地面に寝度べりぐったりした様子で動かない。
子熊と言っても少女よりはるかに大きいサイズだったが、少女は臆することなく近づく。
レイモンドから渡された冒険者必需品ポーチから取り出したのは一つの包帯だ。
その包帯には回復魔法が付与されていて、負傷箇所に巻けば継続回復で体を治療する優れもの。
さらに痛み止め効果もあるので、多少の怪我の痛みなら気にせず動くことができる。
ただし、その包帯に即効性の回復効果はない。
即効性効果のある回復魔法があればそれでいいと言う冒険者もいるが、回復魔法もとい魔法は誰でも使えるわけではなく大なり小なり個人差が出る。
加えて、回復魔法は習得技術が難しく、魔力消費も大きいというデメリットもあり、それの代用品となる回復ポーションもあるがそれも生産量に対し、需要が高いため値段が高い。
それらの理由からベテランの冒険者ほど回復量は微量だが安価で手に入る包帯を重宝するのだ。
そんなようなことをレイモンドから説明されたヒナリータだが、正直あまりよくわかっておらずとりあえず優先的に使うべき治療道具として覚えていたため使ったのだ。
少女が子熊の傷に包帯を巻けば、たちまち子熊の表情が穏やかになっていく。
それから少しすれば、子熊は自力で立ち上がれるほどまで回復した。
動けることに喜んだ子熊は少女にすり寄ると、どこかへ導くように先行して歩き始める。
少女がその後ろをついていくと、少し開けた場所に出て、そこには母親らしき大きな熊がいるのに気づいた。
子熊は母熊のもとへと走り出し帰ってきたことを知らせる。
母熊は子供が帰ってきたことに嬉しそうな様子であった。
そんな様子に少女は嬉しそうな顔をすると同時に、脳裏に過るのは遠くにいる母の顔。
少女はハイバードに捕まっている間、ずっと母親に会いたいと思っていた。
願って、祈って、耐えて、たくさんの犠牲があった上での手に入れた自由。
自由になって望むの母親との再会――だと思っていた。
実際、少女は少し前までその気持ちでいた。
しかし、道化師が現れてからは少しだけ考えが変わった。
過ごした時間はまだ数日だが、それでも毎日違う景色が見れるのは新鮮だった。
毎日変わらない内の世界の景色から一転しての外の世界の景色。
少女の外に対する好奇心はうるさい人のせいもあって余計に加速した。
仏頂面で誤解される少女だが、実は午前中にあったクイズ大会は少しだけ面白がっていたし、釣り大会はミュウリンの指摘についつい反論してしまったが楽しんでいたのだ。
こんなことをうるさい人に言えば増長するから決して言わないが。
だからこそ、先ほどのミュウリンの言葉から聞かされたナナシの思惑には腹が立ったのだ。
怖かった男の大人が一番バカな行動をしているくせに、一番自分のことを理解している。
ずっと心をかき乱してくる厄介な大人。
素直になれないのは当然だと言っても過言ではない。
「......お母さん、少しだけ寄り道して帰る」
ヒナリータは母熊を自分の母に見立て、今の率直な気持ちを伝えた。
瞬間、少女に気付いた母熊が突然威嚇モードとなって声を呻らせ始めた。
その事に、母が怒っている、と思った少女だったが、母熊の視線が自分に向いてないことに気付く。
―――ザザッ
「っ!?」
何かが地面を這って進む音がした。
かなりの巨体なのか地面と擦れる音がよく聞こえる。
次第に、ヒナリータには影が差した。
ただし、影が出来たのは少女のいる場所だけだ。
「シャアアア」
突然、頭上から聞こえた音にヒナリータはビクッとする。
少女が地面に伸びる影を見れば、角に丸みを帯びた三角形の頂点からチョロチョロと先が二つに分かれた細い棒のようなものが出し入れされていた。
少女はゆっくりと振り返り、すぐ近くに見える巨体に顔を上げた。
そこにいたのは全長十五メートルはある巨大なヘビ――オオマダラスネークだった。
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