第92話 釣り大会
引き続き、ロートリオ平原。
ナナシの自己満足クイズ大会が終わると、今度は近くも森の方へ指をさす。
「さて、楽しいクイズ大会が終わったところで、お次の会場はあちらの森にあります。それじゃあ、早速レッツゴー!」
ナナシが指笛を音を鳴らしながら、某国民的日常アニメの主婦のエンディングのように皆を先導して森へ移動していく。
森の中を多少の雑談をしながら歩くこと数分、見えてきたのは大きな湖だ。
「ここはロートリオ平原の近くにあるトロット湖だ。
そして、ここで始めるのは――デケテン!
男性陣V.S.女性陣による釣り対決~~~~! どんどんどんぱふぱふぱふ」
一人全力で盛り上げるナナシと、拳を突き上げて優しくノリの乗って上げるミュウリン。
その他テンションについていけない三人による釣り大会が強制的に始まった。
ちなみに、レイモンドが「なぜ急に?」と尋ねれば、「昼飯調達がてら」とナナシが答えたので意外と実利が伴っているようだ。
早速釣り大会の説明を始めたナナシのルールをまとめるとこうだ。
・この釣り勝負は男性陣と女性陣によるチームバトル。
・競うのは魚の数ではなく、魚の大きさによるもの。
・魚の大きさにはポイントが割り振られ、三十から五十センチ未満が一ポイント。五十から七十センチ未満が二ポイント。七十メートル越えが三ポイント。
・五十センチ以下はポイントとならず、湖へリリース。
・制限時間は三十分で、ポイントが多いチームが勝利。
ただし、当然勝負には裏ルートもつきもので、その裏ルートというのが――
「この湖にはトロット湖のヌシと呼ばれる存在がいる。
その存在を釣ったならば、無条件で釣ったチームが優勝だ」
「へぇ、ヌシねぇ。そいつは釣り甲斐がありそうだ」
いざ勝負事が本格的に始まるとなると負けず嫌いは発動してやる気になるレイモンド。
そんな彼女を見てナナシが「魚より先に釣れた!」とほくそ笑んでいると、同じくやる気を見せるゴエモンが尋ねた。
「大将、勝負ってこたぁやっぱ何かを賭けるんだよな」
「さすがゴエモン! 見た目通りエッチだね!」
「なんでだよ」
「俺の口から『負けた相手は何でも一つ言うことを聞かせる』って言わせたかったんでしょ?」
「冤罪が過ぎる」
ナナシのとんでもない言いがかりにツッコむゴエモンがふと女性陣を見れば、冤罪男に対して身をよじらせて冷ややかな視線を送っていた。
なんだかんだで彼女達もノリが良い。
どこかの道化師の空気が伝播したのだろう。
「ナナシさん、ボク釣り竿持ってないよ? というか、ナナシさん以外全員ないんじゃない?」
「いや、レイはマイ釣竿を持ってる。昔に食料調達で一緒に釣ってたしな。
そして、こんなこともあろうかと実は全員分用意してあります!」
ナナシは早速魔法袋から釣竿を取り出し、ミュウリンとゴエモンに渡していく。
ヒナリータには他二人よりも凄く立派な釣竿をが渡された。
「ヒナちゃんにはハンデとしてこのスゴクツレール竿を渡そう」
「......ん」
「そして、ナナシさんはというとこのマイ釣竿“レッドドラゴンテール”を使わせてもらう!」
ドヤ顔のナナシが自慢する釣竿は全身が赤く、リールの部分には竜のデザインがされている如何にも中二心をくすぐる釣竿だ。
堂々と見せつける男の姿にゴエモンが「凄いのか?」とレイモンドに問えば、「いや、どこでも売ってる普通の釣竿」という返答が返ってくる。
「ふっふっふ、この勝負宿敵となるのはレイモンドの“フレンドリーピクシー”だけだろうな」
「そんな名前つけた覚えねぇよ」
「だが、俺のレッドドラゴンテールの方が性能は上!」
「同じ店で買った中古な」
「ククク、ガーハッハッハ! さて、買ったらどんな可愛い格好で貴様らの顔を恥辱で染めてやろうか! なぁ、ゴエモン!」
「急にこっちに振って共犯意識を見出させようとすんな。後、罰ゲームが優しいな」
絶好調のナナシに振り回されながらもようやく戦いの舞台は整った。
ナナシ達はそれぞれ男性陣チームと女性陣チームに分かれ、程よく距離を離した位置で各々湖に向かい合う。
「では、これより三十分後の運命を決める戦いを始めよう!
絶対三人にスリットが長めに入ったシスター服を着せてやる!」
最後まで欲望たっぷりな開始合図とともに、全員が一斉に釣竿を振って疑似餌を投入する。
数分後、最初に反応したのはナナシの竿だ。
「おぉ! きたきたきた!」
「やるなぁ、大将。っと、こっちにも来たぜ!」
ナナシに引き続き、ゴエモンの竿にもヒット。
先にヒットしたナナシが魚を釣り上げれば、釣った魚をウザさマックスの顔で女性陣チームに見せつける。
その顔はカチンときたレイモンドとヒナリータに「あの腹立つ顔をぎゃふんと言わせる」と思わせるほどだ。
その後、女性陣チームの方でもミュウリンの竿がヒットし、その次にヒナリータの竿がヒットした。
「おりゃ~......とっとっと、このサイズ的に一ポイントかな。ヒナちゃんはどう?」
「......ダメ。小さい」
ヒナリータの釣った魚は三十センチには満たなかった。
耳をペタンとさせて凹むも少女がチラッと敵チームを見れば、ナナシが口元に手を抑えて小馬鹿にするように笑っていた。
瞬間、ヒナリータの眉はヒクついた。
額に怒りマークをくっつけながら、近くに落ちていた石を拾って撃墜体勢に入る。
その番外戦術にはさすがのレイモンドも止めに入った。
「落ち着け、ヒナ! 何する気だ!?」
「この石を投げて竿を折る。ただ手もとが狂って頭に当たるかもしれない」
「それもう頭を狙うって言ってるようなものだぞ。
確かに、アイツの顔は殴りたいほどムカつくが流石にそれは――」
「ここでナナシさんのスキル発動! お魚パラダイス!」
「「っ!?」」
レイモンドが小さな少女の破壊衝動を抑えていると、ふと意味深な言葉が敵チームから聞こえてきた。
原因の人物である男を見てみれば、その男は何かを湖に向かってばら撒いていた。
瞬間、湖の表面にはエサを求める鯉のように魚が集まり始めるではないか。
「......よし、狙え」
「うん、任せて」
ヒナリータは誰に教わらずとも表現する完璧な投球フォームでもって、持っていた石を全力でナナシに投げつける。
「アッハッハッハ、入れ食いだ!――ぬぅわ!?」
「チッ」
完璧なデッドボールラインだったが、一早く気づいたナナシに躱されてしまった。
第二投目を構えるヒナリータだったが、それを止めたのはミュウリンだ。
「ヒナちゃん、二投目はダメ」
「......なんで?」
「ナナシさんがチラチラこっちを見るようになって警戒モードになっちゃったから当てるのが難しい。
それに、こんなやり方で勝ったとしたら姑息で卑怯で残念な大人と一緒になっちゃうよ?」
「......」
ヒナリータは握りしめた石を見つめながら、攻撃を止めるという苦渋の決断をした。
少女が自分の釣竿に向き合うことにすれば、すぐに竿が強く引いた。
今度はポイントの入るサイズの魚が釣れ、その後も順調にポイントを稼いでいく。
瞬間、スゴクツレールの竿が今までにないしなりを見せる。
その竿のしなりはこれまでの魚の引きと明らかに違う。
それこそ、踏ん張っているヒナリータの体が引きずられるほどだ。
「......あっ」
「ヒナ!」
「ヒナちゃん!」
釣竿を掴んだまま湖に引きずられそうになったヒナリータをミュウリンとレイモンドが胴体を掴み、三人の力で対抗していく。
竿が今にも折れそうなしなりを見せる中、三人が寝そべるような勢いで引っ張り上げた瞬間、湖から五メートルはありそうな巨大なナマズが飛び出した。
「こ、これは湖のヌシ!?」
「で、デケェ......」
太陽を隠すほどの巨体が宙を舞う。
ナナシとゴエモンすら言葉を漏らすほどの威圧感だ。
釣り上げられた勢いで空中を泳ぐ巨大ナマズは女性陣に向かって水ブレスを放つ。
突然の攻撃に大きく目を開くヒナリータだったが、その前に二人の大人が立ち塞がった。
「よく頑張ったぞ、ヒナ」
「後は任せて」
レイモンドが盾を取り出し水ブレスをガードし、その隙にミュウリンが騎士の肩を足場にしてジャンプする。
そして、ミュウリンがガントレットを装着した拳で殴り吹き飛ばした。
バッシャーンと湖に叩きつけられて水しぶきをあげた巨大ナマズは、その巨体を水面でぷかぷか浮かせた。
湖のヌシを仕留めた女性陣チームは勝ち確であることを理解すると、それはそれは最高のドヤ顔でもってナナシ達の前に立つ。
ガイア立ちをするヒナリータを中心に、片手を腰に当てるレイモンド、両手で腰を当てて胸を張るミュウリン。
その堂々たる立ち姿は何者も寄せ付けないオーラがあった。
「「ま、参りました......」」
そのオーラに当てられたナナシとゴエモンは自然と体が土下座の姿勢へとシフトする。
散々辛酸を舐めさせられた相手を屈服させた姿に満足げのヒナリータ。
先ほどまでの仏頂面はどこへやら。とても楽しそうな顔つきで、尻尾をピンと立っている。
その後、ヒナリータがレイモンド一人にいびられる情けない大人の二人男を眺めていると、そばにいたミュウリンが話しかけた。
「ふふっ、随分と楽しそうだったね」
「......え?」
キョトンとしなが振り返るヒナリータはミュウリンの言葉が理解できてないようだった。
しかし、ずっとそばで見ていたミュウリンからすれば微笑ましく笑ってしまうほどには、ヒナリータは夢中だったようで――
「ナナシさんに負けまいと頑張ってる姿。とっても輝いてたよ。久々に夢中で楽しめたんだね」
「っ!?」
ヒナリータはチラッとナナシを見る。
そしてすぐに、あの土下座している大人なのせいなはずない、と思った。
「違う!」
「ふふっ、そっかそっか~」
「だから、違う!」
「はいはい、わかってるよ~。違うもんね~」
「うぅ......」
絶対にわかってない顔してる、と思ったが怒りの矛先はミュウリンに向くことは無い。
こんな風に勘違いさせたのはあのメチャクチャな道化師に違いない。
しかし、実際何も警戒せず夢中で釣りで競い合っていたのも事実だ。
そんな複雑な心中でヒナリータはナナシを睨んだ。
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