第91話 道化師のクイズ大会
瞬光月下団と離れてから数日、未だ運転手ゴエモンの運転により馬車で移動中。
荷台でヒナリータと向かいあうナナシは積極的に少女に話しかけていた。
「ヒナちゃんは、何か好きなものある? 食べ物とか、好きなこととか何でもいいよ!」
「......」
「ちなみに、ナナシさんはやはり音楽かな。音楽は気分を高揚とさせてくれるし。
それと何と言おうと可愛い子だ! 知ってるかい?
人間、推しがしゃべってるだけで元気になれるんだぜ?
ってことで、今の推しはヒナちゃんだからしゃべってくれるとテンション爆上がりだ!」
「おい、元気よく口説いてんじゃねぇよ」
舌がペラペラとよく回るナナシに隣に座るレイモンドがツッコんだ。
しかし、ナナシの行動原理が単純にヒナリータと仲良くなりたいってことも理解しているので、注意するのはあくまでナナシの言葉だけだ。
もっとも、それを言われた本人はミュウリンの腕を掴んでナナシをずっと警戒態勢だが。
数日経過した今でもナナシとヒナリータとの溝が埋まる気配は見えない。
「よしよ~し、相変わらずナナシさんはアグレッシブだよね~。
大丈夫、こんな時は“黙れ、このロリコン”って言ってやればいいんだよ」
「おい、誰だ。うちの相棒にこんな粗野な言葉を授けたのは」
「オレだ。ほら、普段言うイメージがない奴が言うと面白いってあるだろ?」
「貴様ァ、やってはならないことを!」
「黙れ、このロリコン」
ナナシがレイモンドに反抗した瞬間、ここぞとばかりにヒナリータから罵倒が浴びせられる。
その言葉に四面楚歌の男は「ぐはっ!」とダメージを負った。
どうやら今のヒナリータにとって同性が守るべき対象となっているらしい。
「くっ、なんてことだ......ヒナちゃんにそんなことを言われるなんて。
でも、正直使い慣れない言葉を必死に使ってる辺りが可愛い」
「おい、こいつ無敵か?」
「違うな。可愛いが強すぎるだけだ」
「決め顔でなに言ってんだよ。ただのスケコマシじゃねぇか」
その言葉を皮切りにナナシとレイモンドによるどうしようもなくしょうもうない不毛な舌戦が始まった。
傍から見ればイチャイチャすんなと言われる部類のどうでもいい会話だ。
そんな会話を目の前で見ながら、ミュウリンはそばにいるヒナリータに声をかける。
「どう? ナナシさんはヒナちゃんが出会ってきたどんな大人よりも大人らしくないけど、ヒナちゃんに危害を加えるような大人じゃないことは確かだよ」
その言葉を聞いたヒナリータは首に巻いている赤いマフラーを掴んだ。
そのマフラーはナナシが凍えそうになっていた少女にあげたものだ。
しかし、特殊な気候であるバレッツェンから離れた今、まだ少し肌寒いがマフラーをつけるほどではない。
それでも少女はそのマフラーをつけている。
「......」
ヒナリータは感覚的にはミュウリンの言葉の意味を理解している。
自分を見る視線がハイバードから向けられた路傍の石を見つめるような感情のないものではないのだ。
しっかりと自分の気持ちを尊重してくれている。
しかし、それでも体は恐怖に縛られたまま無意識に拒絶してしまっている。
悪い人ではないと思うのに、悪い人であるかのように体が認識している。
「......ふふっ、大丈夫だよ。焦らなくても」
目線を落とすヒナリータから何かを察したミュウリンは、そっと少女の頭を撫でる。
その小さく柔らかい手に少女は目を細め、そっと腕に頬ずりした。
「わかるか、レイモンド。アレが特別な関係にしか許されない尊き絶対不可侵領域だ。尊さの過剰摂取で中毒を起こすなよ」
「くっ、悔しいがわかっちまうっ! 確かにオレ達はあの空間を守るために存在しているとさえ思わされるっ!」
くっころ騎士のような発言をするレイモンドに、ナナシはそっと手を差し伸べた。
尊さに目覚めた女が目の前を見れば、その男は千手観音の如き優しい笑みを浮かべていた。
「ようこそ、てえてえ親衛隊へ。これから一緒に頑張ろう」
「......ケッ、ったく仕方ねぇ奴だないテメェは」
ミュウリンとヒナリータの仲が深まると、なぜか別方向でも友情が深まった。
これを理解できる学者は今頃宇宙の神秘を解き明かす博士にでもなっているだろう。
一方で、全く会話に入ってなかったゴエモンは、この会話の一部始終を聞くことしかが出来なかった「なんでそうなった」と原因を知りたくてソワソワしていた。
―――ロートリオ平原
てえてえ親衛隊が心の中で発足したさらに数日後、ナナシ達はロートリオ平原にやってきていた。
バレッツェンからだいぶ離れたそこは春の陽気のように心地よく気持ちいい気候が続く。
そんな平原でこれから行われるのはナナシ主催のレクリエーションだ。
「さぁ、始まりました! 第六十四回、ナナシさん知識自慢自己満足会~~~!」
「思いっきりテメェしか需要がねぇ」
「地味に六十四回も苦行が続いてる」
「微笑ましく聞いてあげようね」
盛大にイベント開催を宣言したナナシは、彼の目の前に座る四人の仲間達に対し、早速自身の自己満足を満たし始める。
最初に話し始めたのはこの平原についてだ。
「ここロートリオ平原はアンガル山脈とコロッポ山に囲まれた大きな盆地で、基本的に年中心地よい気候が続くんだ。
ナナシさんはこの春のような気候が大好きでね。ついつい昼寝がしたくなってしまう気分に誘われる。 さぁ、そこで問題だ!」
「まさかの巻き込み型かよ」
「はい、そこの文句たらたらなレイに問題です!
ここロートリオ平原でよく見られる魔物と言えば」
腕を組んで聞いていたレイモンドは周囲を見渡していく。
この平原の目につく場所に色々な種類の魔物がいるが、穏やかな性格なのか襲ってくる気配はない。
そんな魔物の中でとりあえず一番数の多い魔物の名前を挙げた。
「アンガルカウか?」
「アンガルカウですが、ナナシさん的にその魔物の一番美味しい場所と思うのはミノなので正解は“ミノ”でした!」
「とんでもねぇ卑怯な後出ししてきやがった」
「おい、この調子でいくつもりか」
「正解者は出なさそうだね」
「......」
ヒナリータからゴミのような視線を送られながら、卑怯な大人代表であるナナシは気にせず話し続ける。
卑怯な大人は近くにいたアンガルカウを指をちょいちょいと動かして呼ぶと、その魔物は無警戒に近づいてくる。
「このようにアンガルカウは基本的に警戒心が皆無なのでよく人にも魔物にも襲われるんだよね。
だけど、繁殖能力が高いから絶滅することはまずありえないとされている。
さて、ここでゴエモンに問題です! アンガルカウは一年で何回繁殖するでしょうか?」
「なんかさっきの流れ的に答えても意味無さそうだが、一応答えて――」
「ハァ~、残念! 正解は十二回でした! 一か月に一回は繁殖してるタフネスモンスターなんだよね」
「おい、大将が二手目にして回答権そのものを奪ってきたんだが」
「それならゴエモンに聞く意味あったか?」
「たぶんナナシさんの内心ではこの反応を得てほくそ笑んでるよ」
「......卑怯」
唯我独尊形態で話が進んでいくナナシのクイズ大会。
もはや答えられる者はいるのか。それも全ては道化師の匙加減である。
「一か月に一回は出産しているアンガルカウは一回の出産で二匹から三匹ほど子供を産む。
しかし、周りを見ての通り、それほどまでの繁殖回数を重ねているにもかかわらず数があまり多くないのは当然食料として仕留められていることもそうだが、それ以外も理由があるんだな。
そこでミュウリンに問題! その理由とは一体なんでしょう」
「気をつけろ、ミュウリン。今はアイツのオンステージだ」
「もはや答える義理はないと思うけどな」
レイモンドとゴエモンのアドバイスにミュウリンは「大丈夫、完璧に答えればいいだけだから」とサムズアップし、ナナシクイズに回答した。
「それはアンガルカウが一匹しか子供を愛さないため、子供達は生まれて間もなくして寵愛を受ける一匹となるよう争うから。
ついでに、言うと今のナナシさんの内心ではボクの回答があっていようといなくとも正解にするつもりだったし、もっと言えばこの後のヒナちゃんの回答は無条件で正解にもってくつもりだった」
「...........正解です」
「スゲェ、完膚なきまでに当てられて凹んでるぞアイツ」
「伊達に長年一緒にいないな。さすミュウ」
「......姑息」
「そんなことして楽しいかァ!」
「「どの口が言う」」
それから、レイモンドとゴエモンは自分達の扱いに対しナナシに物申していく。
言われた本人はというとカツアゲされている男子中学生のように縮こまっていた。
そんな情けないリーダーと仲間達を見ていたミュウリンは終始子供達のわちゃわちゃを眺めるように微笑んでいた。
「どう? 怖い大人じゃないでしょ?」
ミュウリンから問いかけられた言葉に、同じく目の前の光景を見ていたヒナリータは一言。
「......残念な大人」
「グレードダウンして何よりだよ」
“怖い”から”残念”が果たしてグレードダウンかどうか甚だ疑問であるが、少なくともミュウリンからすればナナシとヒナリータの関係性に一歩前進したと思ったようで微笑んだ。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)




