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第9話 オンリーステージ

「あなた達は......なんですか私に怒られに来てるんですか?」


「こんな美人な人に叱責して貰えるなら、むしろご褒美ではないかとは思わなくも――」


「あぁ?」


「ごめんなさい」


 ソフィアの睨む目に怯むナナシ。

 今日も今日とて受付所で受付嬢に怒られる姿はもはやデイリーミッションだ。

 冒険者になって二日目で、怒られる回数は三回目と冒険者ギルドにとって妙な名物に足を踏みかけていた。


「全く、言ったでしょ? 周りの人に迷惑かけないようにって」


「それはちゃんと考慮しましたよ! それは大いに!

 でも、俺達もパフォーマー、より多くの人達に楽しんでもらえるようにって大通りでやったら、賑わい過ぎちゃっただけなんです!」


「ご、ごめんね~、悪気は無かったんだ」


「それはわかってますが......」


 ミュウリンの言葉を聞いた瞬間、急に強気な態度が弱っていくソフィア。

 その態度の様子にいち早く気づいたナナシは打って出る。

 ナナシはミュウリンの両脇を抱え、持ち上げた。

 すると、ミュウリンはまるで持ち上げられた猫のように両腕を伸ばしながら、胴体をびろ~んとさせる。


「どう? ウチのミュウリンの可愛さは。他の誰にも真似できないよ?

 でもでも、今回は特別! 特別に猫吸いならぬミュウリン吸いを許します!

 ですので、どうか今回の所業を許してもらえないでしょうか!」


「優しくしてね」


「ミュウリンさんも少しは相方を怒ってください。全くもう......」


 ソフィアは大きくため息を吐きながら、受付を離れた。

 すぐ近くのドアから出て来れば、足早にミュウリンの所にやってくる。


「仕方ありませんから今回は許します。ハァ、全くミュウリンさんも大変ですね」


「それほどでも~」


 ソフィアは文句をたらたら言いながら、ミュウリンをお人形を抱きしめるようにギュッと抱いた。

 そんなされるがままのミュウリンを見ながら、ナナシはガッツポーズ。

 よし、勝負に勝った! 後はこのままミュウリンの可愛さで懐柔して――


「何が言いてぇんだテメェ‼」


 突然、ギルド中に響き渡る怒号。

 それは鶴の一声の役割を果たし、ギルド内を騒然とさせる。


 なんだなんだとナナシが声がする方向を見ると、そこには大男と含めた三人組の冒険者パーティとウェイン達の姿があった。

 状況的に見てどうやらウェインが怒らせてしまったようだ。


「何度も言うが、魔族はぶっ殺すだけの存在だ! 優しい奴なんていねぇんだよ!」


「それは違います! 魔族だって人間と同じように争いを望まない人だっているんです!」


 ナナシは話の内容を察して顔を手で覆う。

 というのも、ウェインが言っていることは、まさに昨日言われた「手伝い」に関することだったからだ。


 その手伝いの内容は、ナナシが密かに叶えようとしている人類と魔族の融和作戦。

 きっとウェインはその作戦のために、魔族に対する意識改革をしようとしているのだろう。

 しかし、それはウェイン達のように物わかりのいい人達ばかりではない。

 それがわかってるからナナシはむやみやたらに誰かに“魔族は良い人達だよ”とは言わないのだ。


 そこがウェイン達は浅慮だったようで、今や怒らせるような結果になってしまっている。

 その溝が思ったよりも深いから慎重にならねばならないのに。

 ウェインの言葉に半裸の大男は青筋を走らせるが、同時に笑った。

 それは若い冒険者が致命的に言ってはいけないことを言ったからだ。


「なんだぁ? テメェ、魔族にやたら優しいじゃねぇか。

 つまり、魔族に与する敵ってことでいいんだよな!」


 人類側には魔族捕縛制度がある。

 その制度の中では、魔族に味方する人には重い罰が下るとされている。

 それをより悪意的に捉えれば、魔族に味方する人間を捕縛して専門機関に引き渡しても問題ないことになる。

 なぜなら、敵の味方は敵なのだから。


「ち、違います! そういうことでは......」


「そういうことだろうが! やたら魔族を肩に持つような発言をしやがって!

 そんなに魔族と一緒にぶっ殺されてぇなら、俺が直々に殺してやるよ!」


 ウェインに振り下ろされる大男の大きな拳。

 ウェインは咄嗟にガードの体勢に入る。


―――ジャラン♪


 瞬間、状況にそぐわない軽快な音が鳴った。

 鳴らした張本人(ナナシ)は優雅に歩いていく。


「ダメよ~ダメダメ、ケンカはダ~メ。

 そんな眉間にしわ寄らせちゃうとすぐにお肌の潤いが無くなって、ストレスで髪の毛が禿げ散らかし......あ、あっちゃ~、髪の毛はもうすでにストレスでお亡くなりに申し訳ない」


 大男はスキンヘッドだった。


「あぁ? なんだとテメェ!?」


 大男の怒りの矛先がナナシへ向かう。

 しかし、ナナシは笑い、優雅にクルッと一回転。


「人生ハッピースマイル。笑顔は心を豊かにするんだ。

 はい、せ~のガッハッハ。もういっちょガッハッハーー」


 ガツンの一発。

 ナナシは頬を殴られて数メートル吹き飛ばされる。

 そのまま別の冒険者パーティが座っていた席に激突した。


「ナナシさん!」


 吹き飛ぶナナシを見てウェインが叫ぶ。

 しかし、すぐには動き出せないのか固まっていた。

 一方で、殴った大男は自分に周りから視線が集まってることに気付き、バツが悪そうな表情をする。

 というのも、冒険者ギルド内でケンカはご法度だからだ。


「調子乗ってんじゃねぇぞ! 雑魚が! チッ、行くぞ」


 大男達はイライラした様子で冒険者ギルドを出ていった。

 遠くへ離れたことを確認したウェイン達はすぐさまナナシへ近づく。


「ナナシさん、大丈夫ですか!? すみません、俺のせいで」


「くくく......」


「ナナシさん?」


「アーハッハッハッハ!」


 突然、頭のネジが外れたように笑いだすナナシ。

 その姿にウェイン達のみならず、周りの冒険者達もキョトンとした顔をする。

 すると、ナナシは立ち上がると、中央へ歩いた。

 バレてしまうが仕方ない、と彼は思いながら。


「どうも手を下さずして戦いを収めた勝利の道化師ナナシです。

 この世にはたくさんの不義理、不条理、不道理がある。

 それに対する正義無き感情任せの暴力はいつだって生み出すのは悲しみでしょう」


 ナナシはクルッと無意味に回転し、決めポーズ。


「だがしかし! そんな気持ちも一度咀嚼することで変わることもあるかもしれない!」


 そして、ナナシは手をウェイン達に向ける。


「たった今、彼らによって挙げられた議題は即ち――魔族をどう思うか!

 魔族は二年前、いえそれよりも前から人類に牙を向けた脅威だ。

 我々はその魔族の強さ、恐ろしさをよく知っており、そのため魔族に対する憎悪も深い」


 またもやナナシは無意味にクルッと一回転。


「しかし、ここで一考のための咀嚼タイムに入って欲しい!

 確かに、魔族は恐ろしかった。だが、その恐ろしい魔族とは本当に全てであろうか?

 あなた達家族が戦わずして平和を望み暮らすように、魔族にも同じ考えがいるのではないかと!」


 冒険者達は色んな目でナナシを見る。

 愚かな道化師の戯言か、はたまた人類と魔族の間で人道を説こうとしている阿呆か。

 しかし、意外にもナナシの演説に野次を入れる人はいなかった。

 殴られて注目を浴びてから、もはやそこはナナシのオンリーステージだ。


「咀嚼してそれでも不味いと吐き捨てるならそれでも結構! それがあなたの気持ち(このみ)だ。

 だが、少しでも食べれない味ではないと感じるのなら、好きになれとは言わない。ただ願わくば嫌わないで欲しい」


 言いたいことを言ったナナシはようやく独壇場にピリオドをつける。


「これは一人の愚かな道化師が魔族に救われて今に至る言葉。

 道化師が道化を言ってをなんぼなら、俺は大声で道化を叫ぼう。

 人類と魔族のハッピーフォーエバー。ご清聴どうもありがとう」


 ナナシは胸に手当て、足をクロスさせながらお礼をした。

 瞬間、ウェインが勢いよく拍手し始める。

 ウェインにつられユーリとカエサルが拍手。

 その後、少しずつだが拍手の数が増え、やがて大きな拍手となってナナシを包む。

 そのまばらになる音を聞きながら、ナナシは顔を上げると言った。


「素敵な拍手をどうもありがとう。

 俺の意見に思うこともあるかもしれないが、それはそれとして迷惑をかけたお詫びをしよう。

 これより披露するは我が自慢のパートナーの心地よい歌声だ」


 ミュウリンの方へ顔を向ける。

 いいかい? と言外で語りかけるように目線を送った。

 すると、ミュウリンはソフィアに離してもらうと、コクリと頷いた。


「ソフィアさんもいい?」


「.......今回だけですよ」


「ありがと」


 ミュウリンはナナシのそばによると目配せする。

 いつでも準備オーケーらしい。なら、早速行こう。今日も笑顔を咲かせに。


「それでは楽しんでいってください!」


 いつも雑多な声で賑わう冒険者ギルドは、しばらくの間メロディーと素敵な歌声だけが響いた。

読んでくださりありがとうございます(*'▽')


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