第89話 雪の精霊
冬の昼間、少女達が雪をかき集めて各々好きな造形を強力して作っている姿を見ながら、ベンチに座るナナシとヒナリータは無言の時を過ごしていた。
ヒナリータが気まずそうな顔をする中、ナナシは変わらず声をかける。
「いや~、良い景色だね。こういう時は思いっきり雪に飛び込んでみたいと思わない?」
「......」
ヒナリータは目線を何度か左右に動かすととりあえず首を横に振って否定した。
少女の視線がナナシに向くことは無かった。
ナナシは「そっか」と呟くと、少女に目線を向ける。
「そのマフラー、気に入ってくれてるみたいだね」
「っ!」
ヒナリータの首に巻いてあるのはナナシが身に付けていた赤いマフラーだ。
少女には長すぎるのか、首に二度ほど巻かれたそれの残りは体の前で垂れ下がっている。
少女はそれをギュッと握り外そうとしたが、その手は途中で止めマフラーを口元で覆った。
その一連の仕草を見ていたナナシは少女の目線が合わないことを利用して、少女の視界の端でちょちょいとある物を作る。
「ヒナちゃん、ヒナちゃん。なんだか面白いものが近づいてきたよ」
ナナシの馴れ馴れしい愛称プラスちゃん付けにビクッとしたヒナリータは一先ず言われた通りに正面を見た。
するとそこには二頭身の雪だるまがいた。
『やぁ、初めまして。僕はスノーマン。雪の精霊さ。よろしくね』
「っ!?」
「ほぉ、雪の精霊ね。初めて見た。俺はナナシだ。こっちはヒナリータちゃん」
『ヒナリータちゃんか。可愛い名前だね。
ところで、ヒナリータちゃんは皆と遊ばないのかい?』
「.......」
ヒナリータは答えない。少女は基本的に無口なようだ。
それが仏頂面の印象に拍車をかけてとっつきにくさを醸し出しているようだ。
しかし、目線はチラチラと一緒に自由になった少女達の方を見ている。
行きたくても行けないような雰囲気。
何か負い目を感じているのかもしれない。
『それならさ、僕と遊んでよ。僕は遊ぶのが大好きだからさ。ほら、こっちこっち』
雪だるまはピョンピョンと跳ねながら移動していく。
その姿を見ながら隣にいるナナシをチラッと見て、目を伏せがちにすると雪だるまの後をついていった。
***
ヒナリータは雪だるまと遊び始めた。
エンジェルリングの作り方を教えたり、ヒナリータに新たな胴体を作ってもらったり。
かまくらを作ろうとせっせと雪をかき集めていると、近くから気になった様子で少女達が集まってきた。その中には恩人であるメリスの姿もある。
「ヒナ、何してるの? その子は?」
「......スノーマン。今、かまくらっていうのを作ってる」
「へぇ、かまくら! 初めて聞く名前ね!」
興味を持ったメリスは目を輝かせる。
そんな姿を見た雪だるまは少女に話しかけた。
『やぁ、僕はスノーマン。雪の精霊さ。君達はヒナリータちゃんの友達かな?』
その問いにビクッと反応したのはヒナリータだった。
少女は手を体の前でモジモジさせながら、背中を丸くする。
メリスからの返答に身構えたのだ。
彼女からはどんな酷いことを言われようと仕方ないと。
そんな恩人からの回答は実にシンプルだった。
「友達じゃないよ。大切な妹だから!」
「っ!?」
『そっか。それは素敵な回答だ』
雪だるまはヒナリータの後ろに回り込むと、丸くなった背中を押した。
それによって一歩前に踏み出した少女は恩人との間合いがグッと近づく。
『さぁ、ヒナリータちゃん。これからどうしたい?
ちなみに、僕は手足がこんな木の棒だから人手が欲しいな~なんて』
ヒナリータは雪だるまを見た後、チラッとベンチの方を見た。
目線を足元に戻すと、胸の前でギュッと拳を握る。
覚悟を決めたようにキリッとした目つきになってメリスに答えた。
「手伝って、お姉ちゃん」
「ふふっ、任された!」
それから、ヒナリータとメリス率いる少女達は雪だるまの指示のもとに雪だるまを作っていく。
そんな姿が奇妙に映ったのかギャラリーが増えてきて、瞬光月下団のメンバーも集まり、作業人数はより一層増え、作業ペースも上がった。
やがて出来上がった大きな雪の山。
今度はそこに人が数人は入れるようなスペースを作るために内部を掘り進める。
雪をかき出して出来た空間に、雪だるまが持ってきた火のついた七輪を置けば完成。
『かまくら、完成~~~~!』
「「「「「おおおおぉぉぉぉ!!!」」」」」
雪だるまの一声で作業していた全員が喜びを分かち合う。
あの仏頂面だったヒナリータもメリスと一緒に笑顔になっていた。
『さぁ、功労者である君達が一番最初のお客さんだ。入って入って』
雪だるまに促されるように最初の少女達がかまくらの中に入る。
すると、雪の中なのに暖かいし、雪が解けないという不思議な状況に少女達は驚く。
加えて、七輪の前は焚火の前のようなリラックスした効果を与えてくれた。
当然ながら、七輪はとある人物による安全性に配慮された設計である。
少女達の口は軽くなり、年相応の話題を思い思い話始めた。
その姿を見ながら、雪だるまは番人のようにかまくらの入り口横で立ち続ける。
****
「ナナシさん、隣いいかな?」
「お、そのモコモコファッション、可愛いね!
どうぞどうぞ、素敵なレディーが隣に来るのは大歓迎だ」
ミュウリンがナナシの隣に座り、かまくらに入った少女達を眺める。
その横ではかまくら第二号を作ろうと瞬光月下団のメンバーがせっせと頑張って雪をかき集めていた。
「無事に仲直り出来たみたいだね」
「仲直りって言うほど仲が悪かったわけじゃないさ。
ただ、相手の気持ちを様子見しすぎて動けなくなってただけ。
あの雪の精霊も粋なことするよね。全く、俺の役目を奪わない欲しいね」
ミュウリンはナナシをチラッと見て、「そうだね~」と微笑んだ。
「今度はナナシさんも仲良くならないとね」
「そうだな。等身大のまま少女を口説き落とそうじゃないか。
この道化師、狙った獲物は逃さないぜ」
「ヒュ~、ナナシさんのプレイボーイ」
「ハッハッハ、ナナシさんは強欲だからね。ハッピーに笑顔はつきものさ。
だけどその前に、あの子にも旅立ちのことを話さないとね」
出発の日は明日だ。しかし、かまくらで談笑している少女達はまだ知らない。
それを伝えることはせっかく出来た楽し気な空気に水を差すことになる。
「そういうことなら、俺が行こうか? 大将」
話が聞こえていたのかゴエモンが近づいてくる。
そんな彼にナナシは引いたように身をよじらせた。
「レディーの会話に割り込むなんて無粋よ、間男」
「大将はレディーじゃないだろ。それにせっかく仲良くなろうってのに嫌われ役まで務める必要はねぇだろ。それぐらいは俺がやるし」
「大丈夫だ、問題ない。それにゴエモンはガタイもいいし、顔も濃いから大人の男を苦手としているっぽいあの子には酷だろ。
ただでさえ、仲良くなること自体難しそうな君がマイナス評価を背負ってまでやるとじゃないよ」
「自分は借金を背負っても大丈夫だと?」
「返済能力には自信があるから」
ナナシはベンチから立ち上がると、ヒナリータのもとへ歩き出した。
そんな男の後ろ姿を見ながら、ゴエモンは男の相棒に話しかける。
「普通に行かせちまったけど良かったのか?」
「ナナシさんが一人で問題解決に突っ走ってしまうのは悪い癖だと思うけど、全部相手のことを想っての行動だからね。僕は見守ることした」
「.......なるほど。落とされたクチか」
「えへへ、バレちゃうよね」
ミュウリンはゴエモンの言葉に照れ笑いを浮かべる。
男の方に向けていた視線をナナシに向ければ、やんちゃする子供を優しく見守る母親のような目で相棒を見続けた。
読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)




