第88話 これからの予定
バレッツェンに滞在してから数日が経過した。
この街でやることもなくなり、後は元の場所へ戻るだけだが、今日も今日とてミュウリンと一緒に演奏を終えたナナシは休憩がてらに近くの椅子に座る。
「相変わらず元気よね」
水分補給しているナナシに声をかけたのはクレアだ。
近くにはハルの姿もあり、彼女の首にある赤い首輪は良く目立つ。
「やぁ、お二人さん。俺達の演奏を楽しんでくれたかな」
「えぇ、良かったと思うわ。正直、スラム街に住んでたら常識、ましてや音楽を学ぶ機会なんてないから。
こんなにどんちゃん騒ぎをするのは慣れたはずなのに、今はなんだか少し寂しい感じ」
クレアが目線を向ける先にはミュウリンを囲んで瞬光月下団の少女達が楽しくおしゃべりしている。
小さい子には長い髪を編まれているようでもあった。
「あぁ見ると別に魔族も悪い連中ばかりじゃないのかもね。
もっとも、アタシは魔族との戦争にあまり関わってないからしらないけど」
「ドンパッチオは魔王国がある場所とは反対の位置だからね。被害はあまりなかったと聞いてるよ」
「そう。だから、今更だけどアタシ達は特に魔族に偏見は無いよ。
考える余裕も無かったってのが正しいかもだけど。
それにミュウリンは保護対象ってことも聞いたし」
壁に寄りかかってミュウリンを見つめるハル。
同じように相棒の楽し気な様子を眺めていたナナシは話題を変えた。
「そういえば、君達はこれからどうするんだい? これからも義賊を続けるのか?」
その質問に腕を組んで考える素振りをしたクレアが答えた。
「ま、たぶんそうなるでしょ。なんというか、数年やってきて引っ込みもつかなくなってきてる感じもあるし」
「おやまぁ、クレアちゃんのような素敵な少女が青春を知らないとは勿体ない」
「いいよ、私は。そういうのはあまり性に合わないし。
それにどっかの道化師に惚れてしまった親友を放っておけないし」
「ですって、親友さん。あなたの親友、ちょっと枯れてない? ちゃんと水分与えてあげないと」
「うん、わかった。恋はいいぞ。生きる目標が出来た感じで」
「ちょっと私の前でイチャイチャしないでもらえます?」
冷ややかな視線でナナシを見るクレアに対し、ナナシは一歩も引かずに「恋バナしようよ! 恋バナ」と言い、そのまま会話の主導権を握って「俺の気になる男子はね......」と周囲を物色し始めた。
その会話の流れにクレアが「そっちかい」とツッコめば、隣では両手にデザートイーグルを握って嫉妬を剥き出しにしている親友の存在に気付き、素早く怒りを鎮めるよう声をかけていく。
「相変わらず、苦労が絶えないようだな」
そう声をかけてきたのはナナシに演奏を付き合わされたレイモンドだ。
彼女の存在に気付いたハルは思っていたことがポロッと口から漏れだす。
「あ、第二婦人」
「だ、誰が誰の第二婦人だ! オレの役目は一生ナナシの盾になることだ!」
「それって実質的なプロポーズでは?」と思うクレア。
この場である意味精神が一番大人である彼女が道化師を見れば、胸を張ってサムズアップしていた。凄く殴りたくなった。
「......ごほん、さっき聞こえたけど、義賊の活動を続けるのはあまりオススメしないぞ。
今だってオレが見逃してやってるだけだが、本来はそれも立派な窃盗罪だ。
だから、これを機に皆それぞれやりたいことやってもいいだろ。それぐらいの支援はしてやる」
「やりたいことか......う~ん。私はぶっちゃけ家に戻ればあるんだけど.....無茶言って今の生活させてもらってるわけだし、成人もしたからたぶんお見合いとかされるしな」
「この際、ハルもナナシに嫁げば? アタシは問題ない」
「私が問題大アリだよ......」
「――それいいかもね」
瞬間、威圧的な眼差し、凍える眼差し、好機な眼差しと三種三様の視線がナナシへ飛ぶ。
しかし、それを一身に受ける本人は全く気にすることなく、椅子から立ち上がって訳を話し始めた。
「期待してるとこ悪いけど、ハーレムを作る話じゃない。作ってみたいけど」
「期待してないので問題ないです」
「ただ、俺も手助けを出来たらって思ってね。で、ハルの言葉とその首輪で思いついた。
君達、俺の部下になる気はない? もちろん、瞬光月下団全員でね」
その言葉にクレアは腕を組み、レイモンドは呆れのため息を吐きながらも口角を上げた。
「どういう意味?」
「そのままの意味さ。これから俺の言伝で君達を合法の義賊にする。
ただし、拠点は俺の借りてる家があるハイエス聖王国になるけどね」
「それでナナシさんに何のメリットが?」
クレアの質問にナナシは首を傾げた。
そんな男の様子に少女も首を傾げる。
「まさか何もなしに?」
「これも何かの縁だ。それに丁度もうしばらく家に帰る予定は無かったしね。
けどまぁ、それで不服っていうのなら、君達は諜報員になって欲しい。
そうすれば、色んな場所に潜入して情報を集めるって体で色んな教養を身につけられるし」
「どう? 不服?」と言うナナシは笑みを浮かべていた。
まるでクレアの返答が分かっているみたいに。
その言葉にクレアは諦めたようにため息を吐いて答える。
「えぇ、その提案を飲むわ。ただ一言言わせてもらうと、やっぱ似合ってないと思うよ。その道化師」
「契約成立だね」
ナナシが差し出す握手にクレアは応じる。
その瞬間、男の口元はニヤッと歪んだ。
「よーし、これで俺は君達のボスだ! ってことで、君達のこれからの正装は男子は燕尾服、女子はメイド服! しくよろ!」
「たぶん、これ私が言ったから無理やり帳尻合わせてきたよね」
「言ってやるな」
「それがボスの言うことなら仕方ない。ハァ、本当に仕方ない人だね」
「ハル、やれやれって感じだしてるけど、喜んでるの丸わかりだから。
めっちゃ尻尾バシバシ当たってるから」
ハルの激しく揺れる尻尾を鬱陶しそうにしているクレアを見ていると、ナナシはふと外に小さな魔力が移動していくのに気が付いた。
窓の外から様子を見れば、ハイバードの手下に攫われてきた子供達が楽しそうに遊んでいる。
「これからあの子達はどうするつもり?」
「当然、元のご家族に返すつもりよ。聞けば、ほとんどがバレッツェン出身だし、一部ハイエス聖王国方面の子もいたけど」
「問題は獣人のヒナリータって子。獣人の国はバレッツェンがある方向と逆だから困ってる」
ハルの言葉にナナシとレイモンドは同時に顔を合わせ、示し合わせたように頷く。
そして、その答えをレイモンドが答えた。
「だったら、オレ達が責任もって送り届けてやるよ。どうせ当てもない旅の途中だしな」
「それは最高の護衛ね。そういうことなら任せるわ」
無事に話がつくとナナシは扉に向かって歩き始める。
その行動に「どうした?」とレイモンドが声を掛ければ、道化師は一言だけ。
「道化師の仕事は笑顔を作ることだから」
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ナナシ達が話していた宿屋の外。
入口近くに置いてあるベンチに座っていたヒナリータはぼんやりと正面で遊ぶ仲間達を見ていた。
相変わらずどこかムスっとした仏頂面が目立つ彼女だが、地面につかない足はそれぞれ前後に動いているので、機嫌が悪いわけでは無さそうだ。
それも当然、少女にとって今の日々はまるで夢のようだからだ。
暖かい服に身を包み、温かい食事がいつでも食べられ、自由な外にいる。
弱冠八歳の少女が過ごすような環境ではないところからの解放に喜ばないはずがない。
「こんにちは、お嬢さん」
「っ!?」
油断してたヒナリータはビクッと肩を上げた。
パッと声がする方を見れば、そこにはデカくて大きい男がいる。
それもこれまで見てきた大人の誰よりもおかしな格好をした男が。
「改めて初めまして、俺の名前はナナシ。隣、失礼してもいいかな?」
ヒナリータは警戒するような目をしながら、少しだけ座る位置を移動した。
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