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自称道化師の喜劇道~異世界出身のお調子者と魔族の相棒の陽気な珍道中~  作者: 夜月紅輝
第3章 狼少女の復讐録

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第87話 チョーカーであり、チョーカーでない

 ナナシを抱えて撤退した一同は城のエントランスにある中央階段に戻って来ていた。

 階段でぐったりとした様子で座るナナシを見て、レイモンドは心配そうに眉尻を下げる。


「ナナシ、気分はどうだ?」


「......あぁ、問題ないよ。たぶん、ここに来る前に揺さぶられたのが原因かも」


「んなわけねぇだろ。隠すな。あの屍を見てテメェだけ反応が違かったんだ。

 アレが原因であるなんて考えなくてもわかる」


「ナナシさん、何を感じたの?」


 隣に座るミュウリンが尋ねる。

 聞きたいことは当然、ナナシだけに聞こえた言葉だ。

 あの時、この男の口から出た言葉は「思い出せ」だった。


「正直、俺にもよくわからない。ただ、俺があの死体を見た時、どうにも全身が逆立つような忌避感を感じたんだ。ここまで凄まじいのは初めてで」


「ナナシさんはあの死体を見たことないの?」


 クレアの質問にナナシが首を横に振り、手すりに寄っかかってるレイモンドが代わりに答えた。


「オレはナナシと一番付き合いが長いが、昔一緒に行動していた時にもコイツがこんな状態になるのは初めて見る。これまでもいくつもの骨は見て来たってのにな」


「ぶっちゃけ言うなら、骨ぐらいならまだ見るにはマシな方だよ。

 肉体が残っている状態の方がよっぽどグロいからね。

 でも、そんな肉の残った死体にすら見慣れてしまった体だと思ったのに......今更、こんな感じになるなんてな」


「んじゃ、大将が聞いた言葉ってのは? 確か『思い出せ』とか呟いてたが」


「それもよくわかってない。ただハッキリ聞こえた言葉がそれだっただけだ。

 思い当たる節もない......はずなんだけど、なぜかその言葉がずっと頭の中で引っかかってるんだ。

 まるで知ってるはずなのに思い出せないような。

 初めて見る死体なのに思い出すも何もないはずなのにな」


 ナナシの内情の吐露を聞いたミュウリン達だったが、当然当人が分からないことを彼女達がわかることなんてない。

 ただ一つハッキリしているのは、あの地下にあった死体がナナシと何らかの関係があることだけ。


「そういや、ナナシに話しかける前にテメェは何を見たんだ?」


 腕を組んだレイモンドが声をかける先にいるのは、彼女と対照的な位置にいる同じく手すりに寄りかかって厚手のコートのポケットに手を突っ込んでいるハルだ。

 少女は脳裏に死体の首にかけてあったペンダントを思い出しながら、それを口にする。


「狼の絵がかかれた金属製のペンダント。触ってみた感じ特に魔力の反応はなかった。

 だから、アレは単にあの死体の持ち主であるってことだと思う」


「その割には何か引っかかってる顔してるじゃない」


 クールな少女であるハルの表情は基本的に差分が小さい。

 しかし、親友であるクレアには容易にわかるようだ。

 ハルはペンダントを触った右手を胸の前で掲げながら答えた。


「おかしな話なんだけど、アタシはあのペンダントを懐かしく感じたの。

 初めて見る物なのに、まるでアタシがあの死体の持ち主に渡したかのように」


「ハルもナナシさんと同じように何か聞こえたってこと?」


 ハルは首を横に振った。そして、「いや、アタシには何も聞こえなかった」と答える。

 少女は一人、階段を降りて入り口の扉の前まで移動する。

 途中で止まれば、顔だけ振り返った。


「とりあえず、わからないことをずっと考えてても仕方ない。

 きっとそれはその答えに結び付くだけの情報が足りないってことなんだから。

 アタシもハイバードという男に辿り着くまでにかなりの時間を要した。

 だけど、あんた達と出会ったことであっという間に解決に向かった。

 だから、時には時間が解決してくれることもあると思う」


「......ハハ、それは俺が君に言ったことか?」


「そんなとこ」


 気分が落ち着いたナナシは立ち上がり、入り口に向かって歩き始めた。

 その後ろを残りのメンバーがついていく。

 その時、「あ、そうだ」と扉を少し開けたハルが止まった。


「ミュウリン、レイモンド、ゴエモン。少しナナシを借りるね」


―――バレッツェン中心街


 街まで戻ってきたナナシ達は途中で分かれ、今はナナシとハルの二人きり。

 数歩前を先行するハルは相変わらずポケットに手を突っ込みながら、目だけで周囲の街景色を見る。


「ハイバードがいなくなった今、この街はどうなるんだろうね」


「それに関してはレイモンドがどうにかしてくれるから問題ないよ」


「あんた、あの人に頼り過ぎじゃない?」


「道化師は人付き合いが得意(タラシ)なのさ。

 でもまぁ、お礼ぐらいは今度しようかな。

 それで俺だけを呼び出した理由ってのは何かな?」


 城で突然声を掛けられたナナシは当然ハルの目的を知らない。

 その質問に対し、少女は「ちょっとした小物を買うだけ」と曖昧な回答をするのみ。

 少し歩いたところで、少女が立ち寄ったのはアクセサリーショップだった。


「何か買いたいものがあるのか? ふふっ、ならばここは大人であるナナシさんが奢ってあげよう。

 何か気に入ったものはあるかな。何でも買って――」


「婚約指輪」


「あげられるお金はないから、俺が選ばせてもらうね」


 迂闊なことを言うとすぐさま狙ってくるハルにヒヤヒヤが止まらないナナシ。

 恋にアグレッシブすぎる少女に苦笑いしながら主導権を握りろうとする。

 しかし、そんな情けない大人を逃がすまいと少女も変わらず攻勢に出る。


「大丈夫。教会内に()()()()()金貨はしっかり拾ってあるから」


「そ、それ俺の(白王)金貨!? ちょ、返しなさい!」


「やだ。ナナシの場合、結婚資金を散財しそうだから」


「その金貨を散財する気なら国を買ってるよ」


 ナナシがハルが手に持っている銭袋を奪い返そうとするも、意地でも渡さないと強い瞳の少女から取り戻すことは出来なかった。

 そんな輪かい男女のやり取りを見ながら、目の前の老夫婦は「若いね~」と微笑ましく見ていた。


「ハァハァ、なんて強情な娘なんだ」


「スラム街で生きてきた人間にとってお金の偉大さは身に染みるほど理解してる。

 お金を失うことは自分の積み上げてきた地位を捨てることと同義。

 そんなことはナナシにもさせるわけにはいかない」


「......ハァ、わかった。それなら、せめて指輪以外ね。

 それは俺が渡そうと思った時に渡すから」


「っ! 言質取った」


「その時が来ればね」


「来るから問題ない」


 ハルの前ではナナシの道化など形無しである。

 これはナナシが情けない童貞だからなのか、はたまたハルが恋愛暴走列車なのか。

 恐らくは両方であるだろう。


「で、それ以外だと何が良いの? あ、この腕輪とか良さそうじゃない?」


「ナナシが選んでくれたなら買いたいところだけど、それだと普段ジャケット来てるからあまり周りから見えない」


「なら、ネックレスとか、ブレスレット?」


「それもいい。だけど、アタシ的にはこれ」


 ハルが店頭に並べられている商品から取り出したのは首輪だった。

 もちろん、それは犬につけるようなものだ。

 ナナシも思わず唖然となる。なぜそのチョイス? と。


「ハル、それは――」


「チョーカーだよ」


「いや、首輪だよね」


「チョーカーだから」


「いやいや、首輪――」


「チョーカー。理解しろ」


「あ、はい。そうですね」


 四歳も下の少女の圧に屈したナナシは、ハルの要望通り首輪もといチョーカーを買った。

 情けない大人が少女にチョーカーを渡せば、少女は早速その場で身に付ける。


 誇りを胸に抱くような堂々とする姿の少女に、情けない大人は言葉を失った。

 同時に、この先に必ず来るであろう少女のパトロンからの激しい追及にどう対処しようかと頭を悩ませた。


「さ、用件は終わったし帰るよ。皆に自慢しなきゃ」


「公開処刑やめて」

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