第86話 一つ目の終幕
翌日、ハイバードが統治していた街に戻ってきたとある宿屋の一室。
そこでは奇妙な光景が広がっていた。
その部屋にいるのは四人のまだ愛に不慣れな四人の乙女達。
そのメンバーであるミュウリン、レイモンド、クレア、ハルの四人の目の前にはミノムシのように簀巻きにされて天井からぶら下がっているナナシの姿があった。
その構図はさながら四股をかけていたのがバレて、これから制裁が始まるような感じだ。
そして、このメンバーを集めたクレアはナナシに単刀直入に聞いた。
「で、ハルと結婚するというのは本当なの?」
「うん、そう」
「俺の回答権を奪わないで......」
クレアの質問に対する回答を横取りするハル。
そこには照れも何もなく、まるでその回答がナナシから出るのが当然かのように堂々としている。
答えるはずのナナシより、元気よく答えたハルにクレアは頭痛を抱えながら、キャッチボールをするようにミノムシのナナシを軽くレイモンドに向かって押した。
「レイモンドさん的にナナシさんの評価は?」
「まぁ、見た目や普段の行動からすれば可も無く不可も無くって感じだな」
長年連れ添ってきた友人からの“ザ・普通”と言わんばかりの雑な回答に、ナナシも「もうちょい何かあるでしょ」とツッコむ。
「強いて言うなら、時折何考えてるか分からないから、しっかり首輪しておかないとダメだなってことだな」
「強いてが割と酷い言い様」
「ミュウリンはどうだ?」
レイモンドがナナシを押せば、男の足先がミュウリンに向く。
ミュウリンがそれをポスッと掴めば、質問に答えた。
「そうだね~。ナナシさんは頑張り屋だけどその頑張りを誰かに見られたくない節があるから.....。
気づいてもそっと遠くから見守っているのがいいかな。後、甘え下手だから、こっちから構うのが良し」
「なんか俺、思ったより子供に見られてる?」
「参考になる」
「こらそこ、こんなしょうもないことにメモ取らない! こんな問題テストに絶対出ないから!」
ナナシに恋したことでクールのメッキが剥がれてきたハル。
恋する乙女がメモを取り終えることを確認すると、ミュウリンはハルにナナシをパスした。
「にしても、どうして相手がナナシさんだったの?」
「まぁ、今にして思えば、たぶんクロムにどこか似てたからかな」
「あ~、わかる。人のことを見てるけど、自分に対しては少し雑だよね。
全部一人でしょいこんで解決しようとするあたりとか」
「迷惑かけたくねぇことはわかるがな。だからといって、心配させたってんならそっちの方がむしろ迷惑ってもんだろ」
「男ってそういうものなのかね~。ボクも思い当たりがあるからわかるよ」
ハル、クレア、レイモンド、ミュウリンと会話が続き、それに合わせてミノムシナナシがブランブランと揺さぶられる。
仕舞には、ナナシの存在を忘れて、ビーチでビーチボールをトスし合うが如く、渡したい相手にナナシというボールを渡しながらの会話が続いた。
いい加減やめて欲しいが、女性陣の楽し気な会話に割って入る勇気もないナナシ。
そんなクラスに数人はいる陰キャ童貞のような思考で為すがままにされていると、そこに外に買い物にいってたゴエモンが戻ってきた。
「よう、言われた通り買い物を終えて......って何してんだ?」
「わぁ、これは修羅場ですね......トゥララは見ちゃダメだよ」
「アハハ、やっぱナナシさんは面白いっスね!」
ゴエモンの言葉に続き、トゥララの両眼を覆うクルミ、ナナシを見て笑うメスミルと瞬光月下団のメンバーも戻ってきたようだ。
それによって、乙女達の会話が中断され、同時にナナシが息を吹き返したように声を張り上げる。
「ゴエモン! 皆! どうか助けてくれ!」
ミノムシ男の必死な言葉にゴエモン達は揃って顔を見合わせる。
一人の吊るされた男に、ナナシと親交の深い二人、結婚宣言をしたエース、エースの唯一無二の親友......うん、これは触らぬが吉だ。
「じゃ、隣の部屋でトランプでもするか」
「いいですね!」
「やりましょう!」
扉を閉じて今にも離れようとするゴエモン達。
瞬間、ナナシはゴエモンに狙いを絞って反応しそうな言葉を送る。
「ゴエモンの薄情者! 若い子侍らせてイチャイチャしてたってお前の奥さんに言うぞ!」
「ってめぇ! このやろ! それは無しだろ! つーか、大将は俺の嫁の顔を知らないだろ!」
「知らなくても故郷の鬼ヶ島で国内放送すれば嫌でも伝わるだろ」
「とんでもねぇ鬼畜な方法で脅しやがって。
しかも、それが実際出来そうってのが余計に腹が立つ。
ハァ、仕方ねぇな。それなら一つ。
クレア、昨日何か見つけたって言ってなかったっけ」
ナナシの脅しに屈したゴエモンはクレアに一つの話題を提示する。
それは丁度ナナシとハルが外で戦っている間に、城の中を探索中のミュウリン&クレアチームが見つけた秘密の地下空間に関することだ。
クレアは「ハッ」とすると、すぐに表情を切り替えてナナシ達を向いた。
「実は皆さんに見せたいものがあって。今から移動するのでついて来てくれませんか?」
―――十数分後
ナナシ、レイモンド、ミュウリン、ゴエモン、ハルを従えたクレアがやってきたのはハイバードの城だ。
クレアが案内する形で向かった場所は地下牢空間で、さらにその地下の行き止まりまで進むと、壁の一部を押した。
瞬間、壁がゴゴゴゴと石同士が擦る音を鳴らしながら、サイドにズレていった。
隠し扉の奥へと続くのはどこまで続いてるか分からない階段。
「まさかこんな所に隠し通路があるなんてな」
「だが、これって単なる避難路って奴なんじゃねぇか?」
レイモンドの質問にクレアは首を横に振る。
「いいえ、違います。昨日のうちに確かめたのですが、そこには通路は繋がってませんでした。
それどころか、あったのは一つの小さな空間と白骨化した死体です」
「死体?」
レイモンドは首を傾げる。
勇者パーティの一人であり、冒険者であるレイモンドにとって骨とは見慣れたものだ。
危険な場所であったり、強大な魔物が住む場所には食料となった骨がよく転がっている。
その中にあるのは人の骨であることだって例外じゃない。
同じくこの先の光景を知っているミュウリン以外の人達はクレアの言葉に疑問を感じつつ、先導する彼女の後ろをついていく。
少し歩いて階段を降りた先には扉の無い小さな部屋があった。
向かい合う壁の一部に火のついたロウソクがあり、部屋の奥には何やらペンダントをかけた白骨化した死体が寄りかかっていた。
骨だけとなっているにもかかわらず、まるで人がそこにいるかのように人の形を保っている。
スケルトンという関節を魔力で繋ぎ骨だけで駆動する魔物がいるが、この屍は特に動き出す様子もない。
それどころか――
「なんつーか、凄く空気が奇麗だな。おかしな話だが、目の前で屍を見てるってのに、心が落ち着いていく感じがする」
「同感だ。まるで森林浴に来たような......大きく深呼吸したいぐらいだ」
レイモンドとゴエモンの言葉にクレアは同意を示すように頷いた。
「そうなんです。それにこの感じ、小さい頃にお父様に連れてってもらった教会の空気に似てるんです。しかも、ミュウリンさんに調べて貰ったら発生源はあの死体らしくて」
「そうなんだよ~。だけど、人族の教会となれば魔族に理解がないから。
だから、日を改めて皆に見せてもらおうって」
ミュウリンの言葉を聞きながら、ハルは死体に近づく。
死体の前でしゃがむと、首にかけていたペンダントを手にした。
それにはオオカミがデザインされていた。
「これは......ナナシ、あんたはこれについてどう思う――ナナシ?」
ハルがナナシへと振り返ったその時、その男の挙動がおかしかった。
それこそ皆が不思議な居心地の良さを感じる中、ナナシだけが大量の脂汗をかきはじめ、指先を小刻みに震わせ、死体を見て激しく動揺している。
「なんでこれがここに......いや、ここがそう?
待て、俺は何を言って......『思い出せ』?
一体何を言って......だけど、これは現実?」
ナナシが「うっ」と頭を抱え、その場にしゃがみ込む。
これまで誰よりも気丈だった男のあまりに様子のおかしい状態に、全員はここにいるのは不味いと判断して撤収した。




