第85話 ロックオン
遠く見見える光のベールを見ながら、佇むナナシとハル。
どんよりとした雪だけが降る景色の中で差し込む光はまるでその場所に別世界の入り口があるかのように思わせる。
「ハァ~~~~」
ハルはお尻が濡れることも構わずペタンと地面に座り込んだ。
脱力するようにリラックスすれば、軽くなった胸の内を言葉にする。
「なんかやっと終わったって感じがするわ。ほんと長かった......」
「お疲れ。なら、今宵はパーティーかな」
ナナシが「さ、皆の所へ戻ろう」と一声かけて踵を返したその時、その行動にハルが待ったをかけた。
「ちょっと待って」
ナナシがハルへと振り返る。
クールな乙女が両手を広げながら、意思の強い目でじっと見ているではないか。
まるで言わなくてもわかるでしょ? とでも言わんばかりに。
ナナシはすぐにその行動の意味を察した。
これは抱っこのおねだりだ。小さい子供が親にねだる時のポーズとそっくり。
つまり、ハルはおぶってもらうことを言外で伝えてきているのだ。
「疲れた。連れてって」
ナナシの反応があまりにも静かだったのでついに願望を伝えるハル。
普段クールな乙女が甘えてくる姿勢は大変癖に刺さるものがある。
意地でもやってもらおうとしている姿勢も加点要素だ。
しかし、問題なのはそれをする必要がないということ。
「たぶん気付いてると思うけど、俺がサポートしてる間についでに回復させてあるよ?」
ハイバードに送る最後の一撃。
ハルが弾丸を錬成中に、ナナシは弾丸を加速させる魔法陣を幾重にも発動させると同時に、回復魔法でハルのコンディションをベストな状態にしてたのだ。
つまり、ハルが弾丸を撃った時、体力も気力も魔力も前回の現状の少女が出せる最大火力で撃った一撃だ。
魔力の過剰消費で疲労を感じる可能性もない。
なぜなら、その魔力はほぼナナシが肩代わりしていたのだから。
言うなれば、ハルのおねだりはマラソンのスタート地点で友人におぶってゴールまで連れてってという意味になるのだ。
いやせめて歩けよ、となるのはもはや当然の心理であろう。
「知ってる。その上でおぶってって言ってる。というか、おぶれ」
「頼む側の圧がやたら強い」
「気が抜けて素が出てるんじゃないの?」
「っ!?」
ハルの指摘にナナシはビクッとする。
いかんいかん自分は道化師。自分の使命を忘れてはいかん、と男はバシッと頬を叩いてやる気スイッチをオンにする。
「俺は誰もがおどけて笑うプロの道化師。
麗らかなレディーからのステキな願いを聞き入れない道化師など、否、男などいやしない。
さぁ、この道化師、今から君の馬車となって皆の所へ連れて行こう」
ナナシが目の前で背を向けてしゃがみ込めば、ハルは「上手く乗せてやった」とニタリと笑った。
少女は目の前に広がる大きな背中に元気よくダイブすれば、話さないようにしがみつく。
乙女の尻尾はしんしんと降る雪を吹き飛ばすように激しく揺れた。
「「......」」
ナナシは足もとの雪を風で切り裂きながら、雪が掃けた平坦の道を歩く。
そんな道化師の背中で、ハルはいつかの昔にクロムにおぶってもらったことを思い出しながら一人しゃべり出す。
「あ~あ、これからどうしよっかな」
「どうって? これからも義賊活動を続けるんじゃないの?」
「それはあくまでハイバードの情報を探るついでの金稼ぎみたいなもんだから。
燃え尽き症候群っていうのかな? なんかイマイチ次は何を見ればいいかわからなくて」
「別に焦ることないんじゃない? 今は見つからなくても、そのうち見つかるかもしれないし。
ほら、例えば、女の子とか素敵な旦那さんを見つけて、家族と幸せに暮らしたいとか」
「アタシがそんな幼稚な年齢に見えてるの?」
「例えばだよ、例えば。だけど、ハルこそ家族には飢えてるんじゃない?」
ナナシの言葉にハルは「家族、か」と呟く。
実際、ハルは生まれつき、家族というものに縁がなかった。
スラム街で育った彼女は頼るべき両親もおらず、どす黒く汚れた大人の跡片付けをするような毎日。
荒んでいた幼少期はいつ狂ってもおかしくなかった。
それどころか、もはやすでに狂っていてそれが当たり前の日常と認識していたのかもそれない。
そんな日常を矯正してくれたのはクロムだった。
クロムもまた裏社会の人間だったが、ハルには裏社会に携わるような仕事はさせなかった。
それどころかどこの家庭でも行うような当たり前を教える日々。
ハルが腐らず穢れず生きて来れたのはクロムのおかげと言っても過言ではない。
しかし、そんな家族はいない......死んでしまったから。
その後、クロムの仇を取る道中で結成した瞬光月下団が新たな家族形態となった。
血縁関係を“家族”と呼ぶ常識がないハルにとって、そうなるのは必然だった。
しかし、そんな少女も時折子供を連れて歩く夫婦を見て思うこともあるのだ。
血が繋がった家族がいるというのはどういう感じなのだろうか、と。
クロムと血が繋がっていたのならどんな未来が待っていたのだろうか、と。
後者においては考えるのも虚しい家庭の未来だ。
しかし、前者は違う。
血の繋がった親はいなくとも、自分が血を分けて親となることは出来る。
つまり、誰かと愛を育んで“血”の繋がった家族を作れるのだ。
「......そういえば、あんたは家族がいないんだっけ」
「そうだな。別れも告げれずに別世界に行ってしまった。いや、来てしまったか。
なんにせよ、俺は親不孝者ってやつさ。それに汚れすぎちまった......なーんてな。
そんなことは微塵も思ってないよ。強いて言うなら、顔が合わせずらいだけさ」
思わず本音っぽい言葉が漏れてしまったナナシは慌てて軌道修正する。
しかし、クールな乙女の洞察力の前では当然のように見透かされていた。
というか、声のトーンの時点で誰でも気づきそうなものだ。
「だったらさ、アタシと家族にならない?」
その言葉にナナシはピタッと足を止めた。
あまりにも不用意に放たれた乙女の言葉に動揺してしまったのだ。
「あの......それ、どういう意味か理解してる?」
「当然。私は家族を作りたいの。血の繋がった“本物”の家族。
もちろん、今の瞬光月下団との関係性を偽物だなんて断定するつもりはないけど、それでもこれがお父さんとの約束だから」
ナナシは止めた足を動かし始める。
ハルの質問に答えずに目的地辿り着こうとしたが、そんなことは勇気を出した乙女が許さない。
「で、どうなの? 返事は?」
「いや~、推しを嫁と呼ぶ羞恥心は皆無だけど、いざその推しに近づかれると気後れするというか......相手に道化師を選ぶなんて、明らかに幸せとは程遠いよ?」
「道化師は皆を笑顔にするのが仕事じゃないんだ。アタシを笑顔をしてくれないんだ」
「うっ」
痛いところを突かれてぐうの音も出ないナナシ。
この舌戦はハルの方に分があるようだ。
「別に、一番にしろだなんて言ってない。あんたにはすでにミュウリンとレイモンドがいるから。そこはわきまえてる」
「そんなところで謙虚になられても。結局、攻勢は強いじゃないか。
というか、俺は別にあの二人とも特にそういう風な関係を築くことは考えてないよ。
それどころか、それは願わない約束なんじゃないかなって思う」
「どういうこと? 随分自分の考えなのに他人事のように言うじゃん」
「さぁ、なんでだろうな。俺も不思議と口がそういう風に滑るんだ。
そうある未来が当然であるかのような、まるで俺の中の別の俺がその考えを否定するような。
だから、その......ごめんな。たぶん、君の願いは叶えられない」
「ふ~ん、そっか。アタシ、フラれたんだ......」
少々ぎこちない空気の中、ナナシ達は城の入り口正面へとやって来る。
そこにはすでに残りのメンバーが集まっているようで、ナナシ達に気付いた皆が駆け寄ってきた。
「ハル!? 大丈夫なの!?」
「クレア、問題ない。これはアタシが望んでしてもらってることだから」
「そうなんだ......え?」
普段のハルから想像もつかない言葉にクレアは一瞬耳を疑う。
するとその直後に、更なる耳を疑う一言がハルの口から飛び出した。
「聞いて、皆。アタシ、ナナシと結婚する。そういうわけでよろしく」
「「「「「......え???」」」」」
「全然引かないじゃんこの子......」
ハルの衝撃発言に一同が困惑する中、ナナシだけがハルの言葉に苦笑い。
クールな乙女は道化師の背中から降りると、クールとは名ばかりの情熱の炎でもって言った。
「フラれて諦めるとは言ってないから。アタシに目をつけられたのが運のツキね」
あっかんべーの表情をするハルは道化師よりも道化をしていた。
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