第81話 宿敵との一騎討ち
ナナシとハイバードの戦闘中にファーのついた厚手のコートを着て、ポケットに手を突っ込んだハルが堂々とメンチを切る。
ハイバードとハルが睨み合う仲、部外者となったナナシはハルから離れた。
歩き出した先はハイバードの背後にある大きなパイプオルガン。
「さて、主役が来たことだし俺はBGM担当でもなろうかな。
こう見えても、俺っては母さんにピアノ習わされてたから弾けるんだよね。
よーし、どんなカッコいいBGMを弾いてやろうかな」
ナナシがパイプオルガンの前に置いてある椅子に座る姿を眺めるハイバード。
散々自分をコケにした相手がこのまま引き下がるはずがない、と問いかけた。
「何を考えてる? このままではこのガキは死ぬぞ?」
「さーて、それはどうかな。始めに言ったけど、俺はハルの戦いには一切干渉しない。
それが例えハルが殺されるような結末になろうともね。それが約束だから。
けどさ、ぶっちゃけ思うんだよね。ハルが人間に負けるかなって」
ピロロン♪ と軽く弾き鳴らし、ナナシは指の動きを確認する。
猫ふんじゃったのリズムの音が教会に鳴り響きながら、言葉を続けた。
「だから、ハルが死ぬなんて心配は微塵もしてないんだよね。
それじゃあ、始めようか。ボス戦を」
ナナシはジャン! と一つ大きな音を鳴らす。
それはまるでこれまでのたるんだ空気を一気に引き締めるように。
一拍の後、次第に小さく音が鳴り始めた。
「やっとここまで辿り着いた」
ハルの声に反応したハイバードが振り返る。
「思ったより時間がかかったけど、ようやくこれであんたを殺せる。
どうやら邪魔もいないみたいだしね。殺さなかったこと後悔させてやる!」
「随分と威勢がいいが、本気でこの私に勝てると思ってるのかね?」
フゥーと息を吐いたハイバードは表情に薄ら笑いを浮かべた。
まるで先のナナシ戦よりかは余裕を取り戻したかのように。
ハルを舐めている証だ。
「私も君に会って言いたいことがあったんだよ」
「あ?」
「君のせいで私はこんな辺鄙な場所の領主にさせられてしまったんだ。
君が一人で乗り込んだせいで、クロム君が助けに来ることになり、その騒ぎで私は貴族としての立場を失う代わりにこんな場所にやってきてしまった。
だから、私も君にはそれなりに恨みがあるんだよ。あの時殺しておけばよかったと」
「自業自得でしょ」
ハイバードの上がっていた口角がストンと落ちる。
真っ黒な目をし、真顔の表情は全ての感情が消えていた。
ゆっくりと右手に持っていた剣をハルに向ける。
「今度はしっかりと殺してあげよう。二度と顔を合わせないためにね」
「奇遇ね。私も丁度見納めしたかった所よ。ぶっ殺してやる!」
――バンッバンッ
二発の銃声が鳴り、一時的にBGMをかき消す。
ハイバードが走り出した直後に、ハルが太ももに取り付けたホルスターから早打ちしたのだ。
ハイバードは一つの弾丸を剣で弾き、もう一つを首筋に掠めながらも構わず前進した。
自慢のデザートイーグルの攻撃が初見で見切られたハルだったが、思ったより冷静な様子で表情は揺るがなかった。
なぜなら、既に見切る格上は何人もいたから。
ハルは銃口を二つ向けながら、時計回りに動き始める。
半自動を活かし、引き金を弾いたまま数発の弾丸を放つ。
「|生者の影双子<ドッペルヒューマン>」
「っ!」
ハルの耳がピクッと誰もいない背後から何かが這い出る音を聞いた。
直後、空気を切り裂くような音の方向を判断し、背後を確認せずその場にしゃがむ。
ハルの頭上には影ハイバードによる剣の横薙ぎ攻撃が通り過ぎた。
「火炎連弾」
ハルがしゃがんだ状態から背後の影ハイバードの頭を打ち抜く。
同時に、正面からは空中にいくつもの火球を出現させたハイバードの攻撃が飛んできた。
ハルがサイドに避けていくと火球は長椅子や床に着弾し、爆発。
木製で出来た長椅子が燃え始めた。
「避けてるだけでは私は倒せないよ――突突風刺」
「っ!?」
左手を掲げ、狙いを定めたように右手の剣を弾くハイバード。
その剣を突いた瞬間、剣に纏われていた風が指向性を持ってハルに襲い掛かる。
その飛ぶ斬撃をハルはサイドに飛び込んで躱した。
可視化された突風は周囲を巻き込み、壁に穴を開けるほどの威力だ。
ハイバードの攻撃は一発で終わらない。
針のような風の斬撃がいくつも飛んでいく。
「アタシだって策無しで来たわけじゃない!
練金変換――威力向上!
弾丸準備、完了!」
クロム直伝の高速錬金術の合言葉だ。もっとも、それは銃の弾丸に限るが。
しかし、その切り替えがハルの最大の攻撃力を秘めている。
なぜなら、その銃から放たれるのがただの弾丸では無くなるからだ。
「火炎弾」
放たれた弾丸はそのままだ。ただし、その弾丸には炎が纏われている。
というのも、これは錬金術の派生である<付与>という技によるものだ。
錬金術は物質を加工するというのが主な能力だ。
しかし、それでは似たようなことができ、かつ魔力消費も半分以下で済む土魔法に劣る。
そんな土魔法に勝るのが錬金術派生でしか出来ない<付与>という技術だ。
<付与>は文字通り、他の物質に性質を付け与えること。
つまり、本来その性質を持たない物質に性質を加えることが可能なのだ。
その結果がハルの花った弾丸だ。
それには<火炎>の性質が付与されているのだ。
「策? これがか? 実にくだらないな」
ハイバードは慣れた手つきで剣で弾丸を弾いた。
まるでもう目が慣れたとでもいうような見事な捌きだ。
だからこそ、油断する。
「だれが、たった一つだって言ったよ!」
「っ!?」
直後、ハイバードに弾かれた弾丸は小爆発を起こした。
その威力は半径五十センチほどで爆発威力は中々だが、弾かれた弾丸の爆発はハイバードに当たらない。
しかし、爆発というイレギュラーが隙を与えた。
素早くハイバードの懐へと走り込んだハルは、間合いに詰めた宿敵を蹴り上げる。
人族の力を凌駕する獣人の蹴りが腹部にジャストミート。
その威力はさながらハンマーを持った大男に腹部をぶん殴られるが如く。
「がはっ!」
ハイバードが血を吐いて吹き飛ぶ。
その隙をすかさず狙うハルだったが、背後に現れた影ハイバードに気付き、そちらの方を優先的に排除した。
「よくもやったな!」
ハイバードが長椅子の背もたれに着地すると同時に、影ハイバードを対処したハルの背後から斬りかかる。
ハルは咄嗟に振り返り、デザートイーグルをクロスさせて防いだ。
「直撃したってのにすぐに動けるかよ」
「少々侮っていたようだ。私も少しは本気を見せよう」
「がっ!」
剣で銃を弾かれたハルはハイバードに腹部を蹴られて床を転がる。
ハルが体勢を立て直すと、すぐ正面からギギギッと床を擦ってオレンジ色の火花を散らした剣が迫ってきた。
しゃがんだ状態のハルが精一杯体を逸らし、顔を上げる。
ハイバードの剣先がハルの服を切り裂き、そのまま胸の間を通り、数ミリ首の前を移動していきながら、顎先の薄皮を斬った。
「チッ」
ハイバードの舌打ちが鳴る。
ハルは体を逸らしたことで着ていた厚手のコートが半分脱げていることを利用し、片方の銃を床に置くと同時にコートを脱ぎ、ハイバードに投げつける。
ハイバードはすぐさまコートを斬り払うが、足元にハルの姿はない。
「風撫払い」
背後に現れたハルと、それに気づいたハイバード。
ややハイバードの行動が早く、ハルが引き金を引く前に風を纏った剣が首を捉える。
しかし、ハルはその攻撃をデザートイーグルで防いだ。
「火炎弾」
ハイバードの攻撃によって少しだけ体勢が崩れたハル。
その状態で放たれた炎を纏う弾丸は後ろを振り返って半身になったハイバードの背中の数センチ横を通り抜け、残っていた左手の甲を穿った。
直後、ハイバードの左手はハルが仕込んだ小爆発によって吹き飛ぶ。
「があああああああぁぁぁぁ!」
ハイバードの絶叫を聞きながら、ハルは崩した体勢を立て直すことが出来ずに数メートル床を転がった。
宿敵の剣が額を掠めたようで眉尻から眉間の上にかけて数センチの切り傷ができ、溢れ出した血がハルの視界の一部を赤く染める。
そんな彼女の表情はしてやったりと笑みを浮かべていた。
「ハハッ、どう? 舐め腐っていた相手にやり返される気持ち。
アタシ? アタシはそりゃもう――最っ高!!」
不敵な笑みで見上げるハルに、ハイバードは左腕を抑えながら苦悶の表情で睨んだ。
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