第8話 密かな夢
「うぅ......シクシク、せっかくカッコつけたのに......シクシク」
「大丈夫、カッコ良かったよ~。ちょっとお茶目が漏れちゃっただけだよ」
目の前でべそをかいてる大きな男性が小柄な女性に頭を撫でられ、慰められている。
この状況のなんという気まずさだろうか。
少なくともウェイン、ユーリ、カエサルの三人は顔を見合わせながら困惑した。
これは慰めるべきなのか、それとも静観しておくべきか。
ただ、お尻丸出しはとってもカッコ悪かった。
一先ず事がこのまま過ぎることを祈りつつ黙って見ていると、ミュウリンがナナシにさらに声をかけた。
「ボク、思うんだ。お尻だけ破れてるから恥ずかしく感じるんじゃないかなって」
おっと、風向きが変わったか? とウェインはいち早く気付く。
「だから、いっそのこと破れてる箇所を増やせば、そういうファッションになるんじゃないかな」
「ハッ! なるほど、ダメージジーンズ的な! さっすがミュウリン、あったま良い~!」
「えへへ、それほどでも~」
どう考えても今の会話で頭の良し悪しがわかる場面じゃない。
言ってしまえば、悪い方だろう。
なぜなら、それって服を穴だらけにするという意味になるから。
「ちょ、ちょっと待ってください。
それはどう考えてもおかしな結果にしかなりませんよね!?」
ウェインはすかさず言った。
誰が成人男性の穴開けファッションが見たいというのか。
その言葉にナナシはビシッと手を掲げる。
「待たれよ、少年。俺も道化師だが一人の漢。
言葉を吐いた以上、試さずには漢でいられない。俺は一向に構わん!
さ、ミュウリン、我が服をプリティーヒップに負けないぐらいオシャレにしてくれ!」
「任された! それ~」
「あ~~~れ~~~~」
「ちょま――」
ミュウリンが卓越した魔力操作で調節した風がナナシの服を襲う。
瞬間、ナナシの全身にいたるところに穴が開いた。
まるで水着の女性が裸に見えるという水玉アートの逆だ。
見たくないものが見えている。
「どうだい? 少年達、このナナシさんのニューフォルムを‼」
キリッとした顔で言ってくるナナシ。
ウェインとカエサルはすかさずユーリの両眼を覆った。
なんか方乳首丸出しの男がなんか言ってやがる、と言いたい気持ちにかられるウェインとカエサル。
「どうなってんです? それ」
なぜかナナシの輝いている乳首をカエサルが指摘すると、ナナシはサラッと答える。
「光らせてるだけだよ。エチケットは守ろうね!」
「存在自体がエチケット守ってないです」
その後、その姿で冒険者ギルドに行ったナナシが、ソフィアに「どうしてそうなるんですか!?」としこたま叱られてる姿を若い冒険者達はじっと静かに眺めていた。
****
「~~~~♪」
場所は移って夜の酒場。
そこは今やミュウリンのステージとなっていて、多くの人達がお酒を飲みながら聞いている。
そんな彼らがミュウリンを魔族と気にしている様子はほとんどなかった。
そんなアカペラで一人歌うミュウリンの一方で、ナナシはウェイン達がいる席に戻ってきた。
もちろん、服はおニューである。
「ありがとうございます。奢ってくれて」
「いいのいいの、これも大人の嗜みってやつさ」
常に明日の日銭を稼いでる男の一体どの口が言っているのか。
これが道化師ナナシの本質とでもいうのだろうか。
「あ、でも上限あるからそこまでね」
カッコよさが大暴落である。
もとより、ナナシにカッコよさは似合わないが。
そんな言葉に苦笑いを浮かべるウェインは先ほど聞いた曲について聞いた。
「そういえば、さっきの曲はなんだったんですか?
なんだか随分と曲調が独特だった気がしますが」
「あぁ、長〇剛の“乾杯”って曲よ」
「聞いたことないですね。有名な人なんですか?」
「超有名! もっとも俺の故郷だけの話なんだけどね。
ま、弾きたい気分だったから弾いてみただけさ」
ナナシは頬杖を突きながら、じーっとミュウリンを眺めた。
すると、歌い終わったミュウリンが観客の拍手に手を振って答えている。
小さな相棒の柔らかい笑みがとても嬉しそうだ。
「ミュウリンって魔族なんだぜ?」
「え?」
ナナシが何気なく発した言葉にウェインが呆けた声を出した。
聞き間違いかと思ったウェインだったが、言った本人からは平然と聞き直される。
「君達はあの子をどう思う?」
それはつまり“魔族をどう思うか”という質問と同義であった。
ナナシとて別に聞いたからってどうこうするつもりはない。
先の質問は単なる意識調査のようなもので、聞いて今後の方針を考えようとしているだけだ。
とはいえ、そんな事情をウェイン達は知らない。
質問内容に彼らは答えづらそうに口を閉じ、考える。
そして、三人で目配せすると、最初にウェインが口を開いた。
「......正直、魔族は怖いです。僕達の村は魔族と魔物によって襲われました。
僕の家族は無事でしたが、ユーリは親を、カエサルは兄を失いました」
次にユーリが口を開く。
「ウェイン君の言うとおりです。
私達はあの時の恐怖が染みついていて、すぐには拭えないと思います。
ですが、これは私達が今冒険者となっている理由でもありますが、私達はある人に村が救われたんです」
最後にカエサルが口を開く。
「救ってくれた人は勇者様でした。仲間を連れた勇者が来てくれて、村は全滅を間逃れました。
その後、少しの間復興作業や物資を恵んでくれて、その時俺達は勇者みたいな存在になりたいと思い冒険者になりました」
「それじゃ、君達の目標は勇者みたいな魔族や魔物を斬る存在かい?
君達も冒険者なら知ってるはずだ。魔族捕縛制度のことを」
ナナシは努めて穏やかな声で言った。
まるで心をかき乱さないように、道化であり続けるように。
彼にとってこれは単なる質問であり、誘導尋問ではない。
すると、ウェインが食べかけの料理をボーッと見ながら言った。
「最初はそうでした。魔族は血も涙もない存在なんだと。
けど......それはきっと過去の印象が強すぎるからだと思うんです。
ミュウリンさんを見て思いました。僕達と変わらないって」
ユーリ、カエサルが続く。
「そうですね。気さくに話しかけてきてくれて、ちょっとのんびりした所もあって。
ナナシさんから魔族と聞いた時には驚きましたが、だからといってナナシさんとのあのやりとりがただの演技とは思えません」
「ぶっちゃけミュウリンさんが年上と知ってから、めっちゃ好みって思いました。
その気持ちが魔族と聞いた後でも意外と変わらない......それってたぶん、もう普通に同じ人だって認識してるんだと思うんです」
「正直に答えてくれてありがとう。
なるほどね、やっぱ優しい人達もちゃんといるわけだ」
ナナシはウェイン達にしっかりと体を向ける。
そして、正直に答えてくれたお礼に、自分も胸の内を明かした。
「俺はね、この世界を変えたいと思ってる。
名付けて、人類と魔族のワンダフルハッピー大作戦」
近くにあった木製ジョッキを手に取り、一口飲んだ。
どうにも真面目になるから、少しぐらい酔わないとやってられないのだ。
「きっとめちゃくちゃ大変な道のりだけど、大袈裟なことをバカみたいに言うのが道化師の仕事なもんだから、俺はこれからも言い続ける。
でも、そんな人々からバカにされるようなドカーンとデカい夢を叶えた時、最高の笑い話になると思わないか?」
それがナナシの夢。
同時に必ず叶えなければいけない人生と使命とも言える。
すると、ミュウリンが戻ってくるのを魔力探知で気づいたナナシは話の締めに一言だけ言った。
「これ、相棒には内緒な♪」
「何か話してた?」
「最先端ファッショニスタになるための方法をね。
やはりあの水玉ファッションは時代を先取りしすぎたようだ」
「なるほど、時代が追い付いてないんだね~。なら、こんなのはどうかな――」
ナナシとミュウリンがまたくだらない話をし始めた。
一方で、ウェイン、ユーリ、カエサルの三人は顔を見合わせると頷き合う。
「あの、俺達にも手伝わせてくれませんか!?」
「え?」
ウェインの言葉にナナシはキョトンとした顔をする。
え、今話してるへそ出しファッションの話? と。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')
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