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自称道化師の喜劇道~異世界出身のお調子者と魔族の相棒の陽気な珍道中~  作者: 夜月紅輝
第3章 狼少女の復讐録

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第74話 狼の追憶#3

 クロムの制止を振り切り飛び出したハルはすぐに情報を集めた。

 同時に「クロムの娘」という形で売名を繰り返し、クロムを痛めつけた敵が売名(エサ)に引っかかるのを待った。


 その行動は功を奏し、すぐのハルに向けて刺客が送られた。

 敵は複数人いたが、クロム直伝の体術と獣人族の身体能力を活かし返り討ちにする。

 捕らえた敵から情報を引き出すと自ら首謀者の所へ向かって行った。


 ハルが辿り着いた場所は森の奥にあった誰も使ってないであろう屋敷。

 彼女が門を潜り抜けて庭に入っても敵が現れる気配はなかった。

 しかし、すぐ近くにいることは獣人族の気配察知で捉えた。


「あくまで招待ってことね。いいわ、全員ぶっ殺してあげるから」


 ハルは目元に燃えさかる炎のような殺意と怒りを宿しながら、屋敷の両開きのドアを蹴り開けた。

 正面に見える中央階段の最上段の二階には、古びた誰かの肖像画を見るひとりの男がいた。


「そろそろ来る頃間と思ったよ」


 男は振り返る。

 ダンディズムを匂わせるウェーブがかかったブロンドの髪。

 両目の緑色の瞳は少し濁っていて、整えられたあごひげ。


 姿勢を正した立ち姿は気品溢れ、浮かべる表情からも品性と高貴さを漂わせていた。

 その男子こそクロムに呪いをかけた張本人――ハイバード=ロードスターだ。


「初めまして、私の名前はハイバード=ロードスターという。

 ここに来る途中で街があっただろ? そこで領主をしている。

 そして、君がクロム君のご息女のハル君でいいかな?」


「あぁ、そうだよ。そうか、あんたがゴミクソ野郎か」


「淑女がそのような品性のない言葉を使うものではないよ......あぁ、そういえば、君はクロム君のようなゴミクズに育てられた子だったね。それなら仕方ない」


「んだと!? あんたが師匠を語るな!」


 ハルはすぐさま腰に携えていた短剣を引き抜き、両手を構える。

 狼が威嚇するように歯を見き出しにしながら、ハイバードを睨みつけた。


 そんな威圧に対しても、ハイバードはどこ吹く風といった様子だ。

 彼は一段一段ゆっくり階段を降りながら、しゃべり始めた。


「君の父親は困ったものだよ。裏社会でしか生きられなくて、私のようなそっちにも理解がある人間に寄生しないと生きられない癖に、一丁前にポリシーを持っている。

 知ってるかい? 彼は散々人を殺しているくせに、女性と子供は殺さないようなんだ。殺し屋が聞いて呆れるよね」


「どうでもいい、あんたの話なんか! 今すぐその喉をかき切ってしゃべれなくしてやる!」


 ハルはダッと蹴り出し、ハイバードに向かって走り出した。

 そして、中央階段の中間付近にいる彼まで跳躍した。


「死ね!――ぐっ!?」


 飛び込んだハルだが、直前で全身を外套で隠し仮面を被った人間に割り込まれた。

 その人物に腹部を蹴られ、来た道を戻されるように吹き飛ばされる。


 ハルは巧みな身のこなしで空中を一回転。

 彼女がスタッと着地し、目の前を見た時にはすでに何人もの仮面の人物がいた。

 当然、ハイバードの手下達だ。


「まぁまぁ、落ち着いて。最後まで話を聞こうか。

 それとも黙って話を聞くという教育すらクロム君は教えてくれなかったのかい?」


「いちいち癪に障る! 全員蹴散らせばいいだけのこと!」


 ハルはすぐに走り出した。

 同時に、ハイバードの手下達も一斉に向かってくる。

 手下達は巧みな連携でハルを攻撃するが、ハルは磨かれた戦闘センスでもって紙一重で凌いでいく。


「ほぉ、やるね。その動きはさすがクロム君のご息女だ。

 ふむ、粗削りだが彼よりも確かな伸びしろが見える。

 そうだ! 君がクロム君の代わりを務めるっていうのはどうだい?」


「誰が! やるか!」


 ハルは手下達の間に生まれた一瞬の攻撃と攻撃の隙を突いた。

 手下達が囲む中を縫って進み、ハイバードへと接近する。


「今度こそ死ね!」


 ハルは右手の短剣を振るった。

 対して、ハイバードは自身に降りかかる危険に表情を微動だにもさせない。

 まるで今の状況が危機ではないかのように。


「君は今戦っていた私の手下が一軍だと思ってるのかい?」


「っ!?」


 瞬間、ハルのハイバードへ向かう勢いは突如としてゼロになった。

 なぜなら、彼女の足を仮面の手下が掴んでいたから。

 よく見れば、先ほどの手下達と僅かに仮面のデザインが違う。


 後少しでハイバードに届き得た刃はもうない。

 ハルの体は青い外套に身を包んだ手下にグルグルと振り回され、やがて吹き飛ばされた。


 玄関のすぐ横の壁に勢いよく叩きつけられたハル。

 壁が凹むほどの衝撃が少女の肉体を襲う。

 傷ついた内臓から流れ出た血が逆流して口から外へ排出される。


 グロッキー状態のハルを見ながら、ハイバードは上機嫌に口を開いた。


「君が戦ってたのは単なる下っ端だよ。

 まぁ、君が倒した刺客(てした)よりかはやるけどね。

 そして、こちらの青い外套の方が二軍で、さらに二階から様子を伺ってる赤い外套が一軍の手下達だ」


「かはっ......まだそんなに敵が」


「仮に君が下っ端を倒したとしても、その連中で苦戦しているようならタカが知れてる。

 だけど、君には未来がある。この私を主として仕えるという未来が。

 この者達は優秀な殺し屋だ。忠誠心があり、誰だって殺す.....クロム君と違ってね」


「だ.....から......」


 ハルは両手を地面につけ、小刻みに体を震わせながら立ち上がる。

 口端の血を拭うことなくファイティングポーズを取った。

 彼女の瞳は未だ揺るがない。


 その瞬間、ハイバードからスッと笑みが消える。

 表情から感情の何もかもが抜け落ちた。

 まるでハルという人物に興味を失ったように。


「私はね、自分でも認めるほどのわがままなんだ。

 これまで私の意見に沿わない相手や好意を袖に振った連中は漏れなく殺してきた。

 自分の思い通りにいかないとどうにも落ち着かないんだ」


 ハイバードは階段に座った。

 両膝に両肘を乗せて顔の前で手を組む。


「君の目はこれまで私の意に反してきた連中と同じ目をしている。非常に目障りだ。

 しかし、君という人物を高く買っているという気持ちも事実。

 だから、せめてもの敬意で君の両手両足の腱を切って性奴隷として売ろう。

 幸い、君はビジュアルもいいからきっとよい買い手と巡り合えるだろう」


「黙れ! クズ野郎!」


 ハルは威勢よく飛び出した。

 しかし、多勢に無勢。

 先程のダメージも相まってハルはボコボコにやられる。


 数分後、動けなくなったハルは床に伏せた。

 そんな彼女のもとへハイバードが歩いて近づく。

 そして、ゆっくりと彼女の頭を踏みつけた。


「私は優しいからね。最後のチャンスをやろう。私の手下(かぞく)になる気はないか?

 主として忠義を払い、主の望みを叶えるのなら最大限の褒美をやろう」


 ハルはその発言にある言葉を思い出した。


 ―――お前はもう俺の家族ってのは変わりないんだからな


 クロムが言ってくれた言葉だ。

 同じ「家族」という言葉でもこんなにも温かみが違うものなのだろうか。

 もはや彼女が取る行動は決まっていた。


「死んでも、なるか」


「......そうか。それは残念だ」


 ハイバードはハルの頭から足をどける。

 彼は背後に下がり、同時に手下にハルの両腕を掴み上げ上半身を立たせるよう指示を出した。


 ハイバードは赤い外套を着た手下から剣を持ってこさせると、それを手に取って構えた。


「それでは宣告通り、君の両手両足の腱を切るとしよう。

 そして、性奴隷として売る。小遣い稼ぎにはなるだろう。

 あぁ、私はそれなりに剣が立つのだが、何分久しぶりでね。

 繊細な動きが出来ずに斬り落としてしまったら申し訳ない」


 ハイバードは近づくとハルに向かって剣を向ける。

 ゆっくりと右手を頭上に上げた。

 瞬間、ハルに出会って一番いい邪悪な笑みを浮かべた。


「生きられると思ったか阿呆め。

 ゴミはゴミ箱に捨てるに決まっているだろう

 人間としてのマナーだよ」


 ハイバードはサッと剣を振り下ろした。

 剣筋は迷うことなくハルの左肩から右わき腹にかけて斬り下ろすつもりだ。


「ハル!」


 ハルが死を覚悟した瞬間、聞き覚えのある声が後方から聞こえた。

 同時に、彼女の首が締まるほど襟を強く引っ張られ、投げ飛ばされる。


「ゴホッゴホッ......師匠――っ!?」


 咳払いをしながらハルは目の前を見る。

 そこには彼女の代わりに袈裟斬りになって鮮血を放出するクロムの姿があった。


「お父さん!」


 床に倒れるクロムにハルはすぐに近づく。

 真っ赤な血がドクドクと外に出て、どんどん顔が青ざめていくクロムにハルは何度も声をかけた。

 クロムの意識がどこかへ行ってしまわないように。


「まさか死人同然のクロム君が来るとは。

 なんという親子愛だろうか。

 私も少しばかり感動してしまったよ」


 傷ついた親子を見ながらハイバードは他人事のように感想を述べる。

 すると、すぐ横から剣を渡した赤い外套を着た手下が彼に声をかけた。


「消しますか?」


「いや、いい。クロム君が死ぬのは時間の問題だし、あの程度の小娘などどうってことない。

 それに、クロム君がいるということは時期に彼の仲間が来るということだ。

 それで私の手下(かぞく)が居なくなってしまう方が辛い」


 ハイバードは剣を手下に渡し、彼は親子の横を颯爽と通り過ぎていく。

 やがてその屋敷には誰もいなくなり、ハルとクロムだけが取り残された。


「ハ、ハル......」


「しゃべっちゃダメ! 血が......血が止まらない!」


「もういいんだ、ハル」


「良くない!」


 ハルは必死にクロムから流れ出る血を止めようとするが、もはや焼け石に水。

 クロムの体温はあっという間に冷たくなっていった。


 そんな自分の死があと僅かと悟ったクロムは最期の時を“伝える”ことに費やした。


「ハル......俺にはな、家族がいたんだ。由美子っていう日本人とヴェーラって娘が。

 由美子はこんなクズな俺を真っ直ぐ受け止めてくれた女でな。

 そいつとの間に生まれたヴェーラはまさに俺にとっての宝だった」


「お父さん、お願いだから黙って――」


「だが、二人は死んだ。殺されたんだ、俺を殺そうとする連中に。

 組織の連中らはそれで俺が復讐しにやってくると思ったらしい。まさにそうだったよ。

 .......って、そんなことを言いたいんじゃなかった。悪い」


 クロムは最期の力を振り絞り、ハルの濡れた頬を触れた。

 そして精一杯の笑みを浮かべた。


「“春”はな、由美子と出会った季節なんだ。

 それにな、由美子が言ったんだ――その言葉の響きは青く澄み渡った空の天候の“晴”にもなるって。

 ハル、お前の髪色は深い青空みたいだ。まさに言葉そのもの。

 お前は俺と違ってどうか太陽の下で生きてくれ。そして、家族を作って幸せに、な」


 クロムの手がゆっくりとハルから離れる。


「......あぁ、良かった。今度は娘を守れた......」


 その言葉を最後にクロムの目から光が消える。


「お父さん......行かないでよ......」


 ハルは父親の亡骸を抱きしめながら、泣き続けた。

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