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自称道化師の喜劇道~異世界出身のお調子者と魔族の相棒の陽気な珍道中~  作者: 夜月紅輝
第3章 狼少女の復讐録

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第72話 狼の追憶#1

 アイトが世界を救う十年前のとあるスラム街。

 そこには何年も着古したような一枚のボロ布を来た短髪の青髪の少女がいた。

 当時、五歳の後にハルと呼ばれる少女ウェニスだ。


 その少女の日常は生きるか死ぬかのどちらかだった。

 生きるために日々盗みを繰り返し、時には酷い目に遭うこともあった。

 しかし、勝手に死んだ両親もいなければ、手を取り合う同年代の友達もいない。


 死にたくないという気持ちだけは強かったから、そのスラム街の半グレ集団の下っ端として働くこともあった。


 獣人ということもあってか、半グレ集団の中ではそれなりに丁寧に扱われてた方だった。

 盗みでも戦闘でも矢面に立たされるが、報酬のために戦った。


 しかし、半グレ集団も強さはピンキリ。

 すぐにどこかの集団によって潰されることもしょっちゅうであり、それを繰り返して辿り着いた集団(ばしょ)は彼女にとって最悪だった。


 それは仮に足がついてもいいように仲間にした子供に殺しをやらせる集団だった。

 集団の大人達は捉えた敵組織の人間を半殺しにしたり、拷問を繰り返した後にウェニスにトドメを刺させる。


 無事に殺せば食べ物を与えてくれ、殺さなければ捨てられる。

 ウェニスが生きるためには選択肢などなかった。


 少女が半殺しで口を布で塞がれている男を見た時、震えが止まらなかった。

 目の前で涙目になりながら、必死に何かを訴えようと声を出している。


 口を塞がれていたせいで言語化されていない発音。

 しかし、何を言おうとしているかは状況と表情から容易に察することが出来た。


 ウェニスとて人を殺せばどうにかなってしまうような一線は理解していた。

 だが、その行動を抑えるための理性はあまりにも脆弱だ。


 なぜなら、殺しをする前は必ず数日は何も与えてくれないから。

 まるで猛獣を飢えさせて狂暴化させるように、少女の善悪の判断もとうに破綻していたのだ。


 そして、ウェニスは初めて人を殺した。それが当時七歳の時だ。

 一線を一度超えれば、そこに対する恐怖は薄れる。

 繰り返せば繰り返すほど、人を殺すことにためらいが無くなる。


 そんな習慣が日常化していたある時、いつも通り牢屋で飢えさせられていたウェニスは普段にはない騒がしい声を聴いた。


「誰だ、テメェ! 他の連中は――」


―――パァン!


 上階から聞こえてくる半グレ集団の声、動く足音、そして耳をつんざくような破裂音。

 それは一度や二度ではなく、何度も何度も耳にこびりつくように鳴り響いた。


 コツンコツン、と靴音を響かせて地下に誰かが降りて来る。

 飢えで理性が朦朧としながらも、ウェニスはハッキリと見た。


「まさかこんな所にガキがいるとはな。よう、生きてるか? ガキんちょ」


 前髪をちょろっと出した金髪のオールバック。

 青い瞳にまばらに生えたあごひげ。

 スラム街どころかこの世界でも見られることはない革ジャン。

 グローブをした両手にデザートイーグルを持った男。


 ウェニスの名づけ親であり、育ての親になる少しやつれたおっさん――クロム=ロックウィルだ。


 クロムは半グレ集団から奪ってきたカギを使い、牢屋を開ける。

 ウェニスは飢えていたが襲いはしなかった。

 なぜなら、彼女にとって牢屋は殺す場所ではないから。


 クロムはウェニスの前でしゃがむと話しかける。


「なぁ、ガキんちょ。おっさん、腹減っちまってよ。

 一人で食うのもいいんだが、やっぱ連れもいた方が気分も変わんだ。

 ってことで、これから飯食いに行くんだがついてくるか?」


 クロムがそっと伸ばす手に、ウェニスはそっと手を伸ばし――手に噛みついた。


「痛った! このクソガキ、俺の手は食いもんじゃねぇよ!

 あ! 俺の相棒(デザートイーグル)に噛みつくんじゃねぇ!」


 それから、ウェニスの日常はいつもの生活から一変した。

 ウェニスが連れて来られたクロムのおんぼろアジトでは、少女が何もせずとも食事が出てきたのだ。


 少女にとってはそれは概念の崩壊に匹敵する衝撃だった。

 盗みをせずとも、残飯を漁らずとも、人を殺さずとも食事にありつける。


「遠慮せずに食え。安心しろ、お前に毒なんか使わねぇよ」


「......」


 ウェニスはクロムの顔色をうかがいながらも、抗い難い食欲のままに夢中で食べ始めた。

 その勢いはまるでこれまで取って来なかった食事を取り戻すように。

 そんな食事を少女がしていると、頬杖をついているクロムが聞いた。


「それじゃ、食い物をやったんだ。今度はこっちの話も聞いてもらうぜ。ガキんちょ、名前は?」


「......?」


「名前だよ、名前。両親がつけてくれた名前があんだろ? それか誰かがつけてくれたとか。

 こんな肥溜めみたいな場所にも名づけの神様ぐらいんだろ」


 ウェニスは食べかけのパンをそっと口から遠ざける。

 顔を俯かせれば小さく呟いた。


「......ウェニス」


「ほぉ、良い名前もってんじゃん」


「......っていうお店の看板から適当に取った。本当の名前は知らない」


「......そいつは悪いことを聞いたな」


 クロムは椅子に寄りかかると腕を組んだ。

 そして、何かを考えるように遠い目をすると、再び姿勢を前のめりにする。


「その名前、気に入ってたりするか?」


 クロムの言葉にウェニスは首を横に振った。

 瞬間、クロムはニヤッと笑う。


「なら、俺が呼びやすいように俺のお気に入りの言葉を授けてやろう。

 俺が前にいた世界じゃなニッポンの四季ってのが好きだったんだ。

 その中でも好きだったのが春って季節だ。

 だから、お前にはハルって名前をやる。

 これからお前の名前はハルだ。いいな?」


「ハル......?」


「あぁ、その季節だけは唯一俺から嫌なことを忘れさせてくれるからな」


 それから、ハルと改名された少女と謎の男クロムとの奇妙な共同生活が始まった。

 基本的に昼間にクロムと一緒に街に出かけたり、買ってもらった本で言葉や字を練習したりという日々。


 しかし、昼間であっても午後三時辺りになるとマイブームと言ってクロムが昼寝をするので、その時間は本の続きを読んだり、たまにこっそり昼寝に忍び込んだり。


 夜になれば、クロムは早く寝るようにハルに伝え、一人夜の街に出かける。

 本人は何も言わないが、ハルは獣人なので気づいていた。

 クロムの服から漂う血のニオイに。


 ハルは特に気にすることなく、クロムとの日常を楽しみ始めた。

 時に、クロムに連れられて拠点を点々とすることもあったが、それはそれで違う世界を見れて楽しんでいた。


 そんな数年が経ったある時、珍しくクロムに昼間から仕事が入った。


「遅くなるの?」


「どうだろうな。相手次第だな。ま、早く帰ってくるようにするよ」


「そっか。それじゃ、もし腹ペコで帰って来ても言い様に、アタシが料理作っておいてあげる」


 ハルがそんなことを言うと、クロムはそっと微笑んだ。

 そして、彼女の頭にグローブで覆ったゴツゴツした手を乗せて、優しく撫でた。


「とんだ気の迷いだったが、やっぱり拾ってきたのは正解だったかもな。

 こんなに可愛く成長しやがって。良い笑顔だ。ようやく古い毒も抜けてきたようだな」


「毒? え、もしかして惚れ薬? クロムって少女嗜好(ロリコン)?」


「バッカ、違げぇよ! 俺が好きなのはボインボインの姉ちゃんに決まってるじゃねぇか!

 お前のような貧相な奴は出来てもせいぜいBぐらいだろ。つーか、娘に欲情するか!」


 その言葉にハルは目を丸くした。


「ねぇ、クロム......アタシはクロムの娘なの?」


「なんだ違うのか? 俺はそう思ってたが」


「なんだかんだ生きる術として戦闘術を教えてくれたから、どっちかっていうと師匠というか。え、ちょっとごめんなさい......」


「なんで俺がフラれたみたいになってんだ!

 いいよ、別にハルがどう思おうかなんて。

 お前はもう俺の家族ってのは変わりないんだからな。

 それじゃ、俺はもう行くぞ。遅くなると先方にも悪いからな」


 クロムはそう言って、ドアノブに手をかけた。

 そして、外に出ようとした時、ハルに最後に言葉をかけた。


「ハル、食事楽しみにしてるよ」


「うん、いってらっしゃい」


 クロムは外に出ていく。

 その後ろ姿を見届けたハルはボソッと呟く。


「娘か......ってことは、クロムは父親?

 ん~、なんだかむずがゆい! やっぱ師匠でいい!

 ふふっ、何を作ってあげようかな~。そうだ、好物にしよ」


 そして、クロムの好物を作ったハルだったが、その日にクロムが帰ってくることは無かった。

読んでくださりありがとうございます(*‘∀‘)

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