第69話 懇親会
「はい、それではこの宴を道化師ナナシが仕切らせていただきます!
なんていったってこれが俺の本業だからね!
というわけで、早速行きましょう!
今日の襲撃成功を祝してカンパーイ!」
「「「「「か、カンパーイ」」」」」
堂々と木製ジョッキを掲げるナナシと、対照的に困惑する瞬光月下団のメンバー達。
それもそのはず、彼らの目の前には街で噂のレイモンドと、ミュウリンがいたからだ。
後、知らないおっさんもいる。
瞬光月下団のメンバー達からすれば、レイモンドもミュウリンも一方的に知ってる相手だ。
しかし、知ってるというだけで、話したことも無ければ顔を合わせるのも初めて。
そんな状況で開かれた宴で騒げと言われても難しいだろう。
相変わらず予想外の展開を作るナナシにハルはため息を吐きながら、目を細めて彼を見る。
「ねぇ、初対面なんだけど」
「なら、今ここで知り合えたな! さぁ、飲んで食って騒げ!
ここには寄せ集めた素晴らしい料理しかないぞ!」
「ハル、こっちが潔く諦めるべきよ。あのタイプはもう私達で制御できるレベル超えてるから」
クレアが言葉通り諦めたような遠い目をしてハルを諭した。
ハルも仕方なそうに床で胡坐をかくと、床に並べられた料理皿から骨付き肉を手に取って食べ始めた。
ハルが食い始めたことで、瞬光月下団のメンバー達も一斉に料理に目をつける。
彼らは屋敷に住んでいるが、ここはスラム街の一角だ。
目の前に並べられた数々の鼻孔をくすぐる香り漂わせる料理によだれが止まらない様子。
ハルに続いてクレアも食事を始めると、彼らは一斉に料理にがっついた。
そんな光景を見ていたミュウリンは、リスのように口いっぱいに料理を放り込んで食べるナナシに聞いた。
「急に大量のお弁当を作ってもらって集合って言われた時にはビックリしたよ~。
でも、そっか......この子達が義賊なんだね」
その言葉を横で聞きながら、レイモンドは頬杖をついて話に参加する。
「見た感じ思ったよりも若いな。てっきりゴエモンくらいの年齢の奴が指揮してると思ってたぜ」
「そうさな。だけど、昔の俺がいた集団もこのぐらいの年齢の集まりだったから意外でもないぞ。
身寄りのない子供達が生きるために必死だったんだ。なんだか懐かしい気分だ」
「とはいえ、これ以上の行動は危ないと思うけどな。
相手があのデブだったから良かったが」
懐かしむゴエモンの話を聞きながら、レイモンドは近くの料理を取り皿に取り、その分を食べ始めた。
それからしばらく、全員で食事を取っていると、ある程度腹ごしらえを終えたナナシが立ち上がる。
「よし、それじゃそろそろ演奏行きますか! ミュウリン、準備はいいか?」
「ふふん、モチ。ここ最近気持ち良く歌えてなかったからね。うずうずしてたところさ」
そんなやる気満々の二人にレイモンドとゴエモンは眉を寄せた。
そして、嫌な予感に胸をざわつかせつつ、彼女らは話しあった。
「なぁ、これって俺達も巻き込まれるパターンじゃないか?」
「いや、もしかしたら、酒も入って気分がハイになってるアイツのことだ。勢いに任せて忘れて――」
「それじゃ、やるぞ。レイ、ゴエモン、スタンバイ」
「「.......ハァ、だよな」」
ナナシの声に仕方なそうに腰を上げたレイモンドとゴエモンは、ナナシが魔法袋から取り出したバイオリンとカホンを受け取った。
直後、ゴエモンはカホンを見つめてナナシに尋ねる。
「なぁ、大将、俺にこの箱で何しろと? アコーディオンじゃないのか?」
「やっぱドラムは必要かなって。叩いて、フィーリングで」
「フィーリングで!? 無茶ぶりが過ぎないか!?」
「.......」
「おい、その無言の笑顔やめろ。最近、俺だけ扱いが雑じゃねぇか」
そう言いつつも結局やるゴエモン。
それぞれが準備をするとナナシがしゃべり始める。
「さぁ、始まりました! 我らが愉快で気ままな楽団が奏でるは素敵な曲ばかり!
楽器の相性はこの際目を瞑って曲調と歌姫の歌声で勝負したいと思います!」
ナナシはチラッとミュウリンを見て微笑んだ。
「ミュウリンは街で噂の人類の生活圏にいる唯一の魔族ですが、その実なんら他の少女と変わりません。
ですから、どうか我らが歌姫を偏見の目で見ずに、ありのままを見て聞いてください。
そうすれば、始まる人類と魔族の手を取り合う未来.....その一歩がまたこの地で刻まれるのです」
ナナシは一歩下がり、肩にかけていたギターを構える。
その行動によって先頭になった歌姫は口を開いた。
「それでは聞いてください」
直後、このスラム街にはその地に住む人々が初めて耳にする声が響いた。
歌姫の微笑と歌声に瞬光月下団のメンバー達は楽しそうに耳を澄ませる。
そんな時間がしばらくの間続いた。
***
宴もたけなわ、食事を済ませたハルはその場から立ち上がるととある場所に移動していく。
その場所とはレイモンドが座っているところだった。
ハルはミュウリンが瞬光月下団の女子メンバー達にもみくちゃにされてるのをいいことに、彼女がいた位置に座るとレイモンドに話しかけた。
「あんたがレイモンドさん? 実物は女なんだね。
名前しか聞いて来なかったから男だと思ってた」
「よくあることさ。気にしてねぇ。それにタメでいいぞ。
それよりも、うちのバカが世話になったな。
前まではあんなんじゃなかったが......ずっと騒がしかったろ?」
「そうね。心労が絶えなかったよ。裸も見られたし」
「あ?」
済ました顔でお酒に口をつけるハルの横で、彼女の言葉にピキッと額に青筋を浮かべたレイモンドがナナシを睨む。
当の本人は瞬光月下団の若い男子メンバー達と何やら盛り上がってる様子だが。
ハルはレイモンドの様子を横目で見ながら、再び話しかけた。
「そういえば、ナナシがあのデブをあんたに任せるとか何とか言ってたけど。
あのデブ、あんなクズだけど一応貴族だしどうにかなるの? それとも殺すの?」
「殺しはしねぇよ。誰かに後ろから刺されても仕方ねぇことをしてると思うが、オレ達は殺すためにテメェらに手を貸したわけじゃねぇ。むしろ、その逆だ。
それに、オレはアイツよりも身分の高い貴族の出だし、さらに上の連中ともコネがある。
事情を話せばすぐにしょっぴかれるだろうさ。証拠もあるし」
「そう。ま、あのクズにアタシの鉛玉をプレゼントするのも癪だしね。対応は任せる」
ハルは近くに置いてあった取り皿を手に取ると、余っている料理を皿に乗せる。
適量分を取り終え食べ始めようとしたその時、レイモンドが微笑みながらナナシの方を見ているのに気が付いた。
慈愛や信頼がハッキリとわかるような温かい感情。
レイモンドから発せられるそれらがハルにはハッキリと伝わった。
「あんなお調子者のことを信用してるのね」
「そりゃまぁ、当然......いや、違う、信じちゃいない」
「否定するんだ」
レイモンドの肯定からの即座の否定に照れ隠しか、と思ったハル。
しかし、その感想はすぐに頭の中から掻き消えた。
なぜなら、そう言った本人が寂しそうな顔をしていたから。
「アイツは信用できる奴だ。だが、信用しすぎちゃいけない。
また、どこかのタイミングで勝手に全てを一人で背負い込んで突っ走っちまうかもしれないからな」
「っ!」
レイモンドのその言葉にハルは一人の人物を思い出した。
それは彼女がこの街に流れ着くまでに、彼女をここまで育ててくれた恩人のことを。
ハルはレイモンドからナナシへと視線を移す。
しばらくの間、楽しそうに騒ぐ道化師を眺め続けた。
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