第65話 夜の密談
ミュウリン達から情報を仕入れたその日の夜。
ナナシはすぐさま瞬光月下団のアジトへとやってきた。
顔パスで門を通っていくと、アジトの中に入る。
「あ、ナナシさん、夜分遅くにどうしたんですか?」
「おー、クルミちゃん。可愛い寝巻だね」
「えへへ、そうですか?」
ナナシの存在に気付いて中央階段を降りてきたクルミ。
彼女は終身準備を整えたようにフリルのついた水色の寝巻を着ていた。
軟派な男のように軽快に褒めたナナシはクルミの質問に答える。
「少し用事があってね。それでクレアちゃんとハルちゃん、出来れば二人と話がしたいんだけど、今は二人とも手が空いてるかな?」
「お二人とも今頃お風呂に入ってると思いますよ。
たぶんもう少ししたら上がると思います」
「なんと! これは覗きのチャーンス。良い情報ありがと」
「あ、許可貰わなきゃダメですよー!」
クルミのズレた忠告を受けながら、ナナシは軽い足取りで階段を上る。
当然ながら、彼の発言はほぼ適当だ。
さっきの発言も当然除くつもりは無い。
「あーもう! また寝巻を部屋ん置いてきて!」
「大丈夫だよ、どうせ今の時間は男子達は部屋にいるタイミングだし」
だから、ナナシの目撃した光景はハプニングでしかない。
彼が二階のクレアの書斎に向かおうとした時、ちょうど進行方向の突き当りにある階段から上がってきたハルとクレアと出くわした。
クレアは赤色のレースのネグリジェを着ており、ハルに至っては濡髪をそのままに肩にタオルをかけただけの真っ裸状態だった。
「あ」
「「あ」」
ナナシと対面した瞬間、クレアとハルは固まった。
二人はまるで状況が理解できていない様に口をあんぐりとさせて。
というのも、このアジトは仲間とのシェアハウスであるため、男女間でルールが決められている。
いくつかあるルールの内の一つとして、夜間十時以降の男子の出歩き禁止というものがあった。
そのルールは瞬光月下団の中では男が守るべき鉄の掟。
もし、薄着の女子に出くわしてしまったならどのような仕打ちがされようとも、それは仕方ない罰として受け入れざるを得ない。
しかし、そのルールをナナシは知らなかった。
ただ、これにも仕方ない事情があり、瞬光月下団が募集して入ってくる仲間はほとんどが子供だ。
また、このアジトでシェアハウスが許されるのは、緊急時にすぐにでも出撃できるメンバーのみ。
つまり、ここに新参者が住むことがまず無く、身内だけで構成されているので知ってて当然だったのだ。
もちろん、新参者で即加入したナナシ以外は。
恥ずかしい格好を見られて固まるクレアとハル。
ナナシはそれはもう文句のつけようもなくガッツリ見てしまったが、努めて大人の対応を取った。
「.......ふぅー、俺、盲目だから裸なんて見えてないよ」
「嘘つけぇええええ!」
「がっ!」
ナナシはハルからすごい勢いでドロップキックを食らわされた。
―――数分後 クレアの書斎
「その、こっちもごめんね。教えるのすっかり忘れてたよ」
「大丈夫。眼福だった」
「ふふっ、玉斬られたい?」
「ごめんなさい」
クレアが圧のある笑みを浮かべながら、片手にダガーを持っている。
その圧に気圧されたナナシはすっかり身を縮こませた。
そんな二人の一方で、見られた当の本人は少しだけ頬を赤く染めながらも、話の本題を口にする。
「で、こんな時間に何の用? その手に持つ紙からして、何か知らせたいことがあるんじゃないの?」
「あぁ、もちろんだ。ってことで、早速これをどうぞ」
「これは......コマニーが奴隷売買をしていた書状じゃない!? どうしてこれを!?」
クレアが紙を両手に持って目を見開く。
ナナシはテーブルに置かれていた紅茶を飲んで答えた。
「偉大なる我が仲間達に取って来てもらったんだよ。もちろん、隠密でね。
だから、これを知るのは今俺の仲間達と君たち二人ってわけ。
どう? 証拠はキッチリ押さえてるからこれで動く大義名分は出来たんじゃない?」
「それはそうだけど......」
「この書状は誰宛て?」
魅惑の生足を組むハルがナナシに尋ねる。
その質問にナナシはサッと答えた。
「ハイバード=ロードスターって人」
「「っ!?」」
その瞬間、ハルとクレアの表情が一瞬にして強張った。
二人の様子の変化にナナシは首を傾げる。
「どうした? 知り合い?」
ナナシが聞くもハルは答えずにソファから立ち上がると、窓へと向かっていった。
その代わり、クレアがナナシの質問に答えた。
「ま、ちょっとした因縁の相手ってところだね」
「因縁......」
「そこら辺は私から語ることじゃないわ。気になるんだったらハルから聞いて。
まぁ、ハルが親しい人にすら教えないようなことを口にするとは思えないけど」
クレアはハルの後姿を見ながら、寂しそうな表情をする。
まるで彼女本人もハルから因縁の理由を聞いていないような様子だ。
彼女はコホンと一つ咳払いすると、話を戻していく。
「とりあえず、用件は理解したわ。良い情報をありがと。このお礼は必ずするわ」
「別に報酬を貰う事なんてしてないさ。それにどうせ貰うなら、道化師の俺としては楽しそうに笑ってる表情なんかが欲しい所だね」
「笑ってるところね。まぁ、私は面白ければ笑うけど、ハルなんかはかなり難しいと思うよ。
小さい頃はよく笑ってたけど、ある時からパタリと真顔になっちゃったから」
「真顔で悪かったわね」
ハルが窓から戻ってくると、ソファにどかっと座る。
再び足を組みながら、ナナシに言う。
「それじゃ早速、明日にでもあのデブの所に乗り込むわよ。準備はいい?」
「随分と急だね。俺は別に構わないけど、周りの仲間達は困るんじゃない?」
「問題ないわ。ここにいるメンバーはいつ襲撃されても対処できるように、生まれてからすぐに鍛えられてるから」
「わぁお、優秀だね。それならそうしよう」
話が決まった所で、ナナシは自室に戻ろうとソファから立ち上がる。
数歩歩いた後、彼は「あっ」と言って立ち止まった。
「そうそう、入る時の先陣とあのおデブちゃんの対処に関して俺がやっていい?」
ナナシの提案にクレアはハルを一瞥すると答えた。
「別にいいけど、訳を聞かせて貰っても?」
「単純だよ。先陣を切るのは面白そうだから。
後、おデブちゃんに関しては仲間に対して、やったことに対するお灸を据えてやらないといけないからね」
「なるほど、そういうことね。わかったわ」
「後、殺しは無しだよ? ナナシさん、血を見るとひゃーってなっちゃうから。
ま、当然冗談だけど、本当のことを言うなら、メイドも兵士も同じく被害者なんだ。
おデブちゃんに仮初の忠義を誓わされて従ってるだけ。彼らの未来を奪いたくない」
その言葉に対しては、ハルが反応した。
「大丈夫、さっきのあんたの話で理解してるから」
「なら良かった。それじゃ、夜遅くまで悪かったね。良い夢見ろよ!」
ナナシはそんな捨て台詞を吐いて部屋から出ていった。
ナナシが居なくなった後の書斎は僅かな時間の間だけ静寂が訪れた。
その静寂を切り裂くようにクレアがハルに話しかける。
「なんというか、不思議な人だよね。基本騒がしいけど。ふふっ、どこかハルに似てるかも」
「アタシがアイツと? どこが?」
「こうやんわりとだけどね、感じるんだ。
うん、そうだね.......ハルっていうかあの人だ。
あの人と同じどこか変わらなきゃいけなかったんだろうなって感じが。
それにふざけたことしかしないから気がつきにくいんだけど、たぶん――」
クレアが告げようとした言葉。
その先の言葉を察したハルは彼女から言葉を奪って代わりに言った。
「うん、ナナシは師匠と同じ。死ぬための理由を探してる人」
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