第64話 領主の隠し事
夜の通りをナナシは鼻歌まじりで練り歩く。
向かった場所はミュウリン達がいる宿屋であり、ゴエモンがと一緒に泊まっていた部屋だ。
「どーんと飛び出しただいま参上! 皆の道化師ナナシさんが帰ってきたよ!」
勢いよく扉を開けてナナシは部屋に入って行く。
すると、その部屋には二つのベッドにそれぞれ座るミュウリンとレイモンド。
その二人から距離を取るようにして、椅子を後ろ向きにして座るゴエモンがいた。
騒がしく帰ってきたナナシに対し、いつもならレイモンドが「うるせぇ」とツッコむか、ミュウリンが「おかえり~」と出迎えてくれるところだが、今日はその二つとも無い。
それどころかレイモンドとミュウリンは顔を俯かせ、全くナナシを見ようとしていない。
そんないつもと違う様子にナナシはゴエモンに話しかけた。
「えーっと、これはどうしたの? 二人とも体調悪い?」
「まぁ、体調悪いったらそうなのかもな。
にしても、大将は本当にタイミングが悪い時に帰ってくるんだな」
「へ?」
「ま、俺に対処できないことだから良かったよ。俺は嫁一筋だからな」
ゴエモンは椅子から立ち上がるとナナシに近づく。
彼はナナシの肩にポンと手を置くと、どこか寂し気な顔をして部屋を出て行ってしまった。
ナナシはゴエモンの意味深な表情に首を傾げながら、一先ず二人に近づいた。
「なんだかよく分からないけど、体調悪いなら治してあげようか?
すぐに良くなると思うから――っ!?」
ナナシがレイモンドとミュウリンの肩にそれぞれ触れようとしたその時、レイモンドにガシッと手を掴まれる。
直後、ナナシは胸倉を掴まれてベッドに押し倒された。
仰向けになったナナシの上に跨るようにミュウリンとレイモンドが同時に乗る。
そんなナナシの道化力じゃリカバリー効かない展開に、彼は口をぽかーんと開けたまま固まった。
「え、えーっと、これは? なんだか目が怖いんだけど?」
モノクロの世界が見えるナナシからは色の変化までは捉えられない。
しかし、それでもわかることはある。
どこか獰猛さを内包する目つき。
繰り返し吸っては吐き出される熱い吐息。
抑え込んだかのようにナナシの両手を拘束するミュウリンの手。
ナナシはミュウリン、レイモンドと馬乗りになった彼女達の顔を見ながら、一つの確信に至った。
「二人とももしかして媚薬類の何か取り込んだでしょ?」
「う、うん......ボクは領主の寝室に侵入した時に残っていたお香で」
「オレは紅茶とお香の重ね掛けだ。ハァハァ、対策はしてたんだが、かなりドギツいの使ってやがった」
ミュウリンとレイモンドから告げられた言葉にナナシはムッとした顔をする。
あのデブは一度ならず二度も同じことをしようとしたのか、と。
それはそれとして、彼は二人が媚薬の効果に耐えているのに驚いた。
「そ、そうなんだ......それでよく耐えれてるね」
「耐えれてる? ハッ、無茶言うな」
「え?」
「今、耐えられなくなったんだよ、ナナシさん」
「なんで!?」
ナナシは目を白黒させた。
先ほどまで耐えれていたものが耐えれなくなった。
つまり表面張力ギリギリまで入れた水に、ナナシの登場という衝撃を与えてしまったことで、その水が溢れ出てしまったということだ。
「ハ、ハハハ......」
ナナシは乾いた笑みを浮かべた。
今すぐ二人の治療をしてあげようにも、両手をミュウリンに抑え込まれ動かせない。
体を動かそうにも二人が馬乗りになっているせいでこれも無理。
今の状況はライオンのメスが人間相手にのしかかりしている状況も同じ。
ナナシの息子に対する生殺与奪の権は二人が握っているということだ。
「だが、こんなのが最初は嫌だな」
「純粋な気持ちじゃないからね」
二人はナナシから降りた。
身動きが取れるようになったナナシが体を起こした瞬間、今度は二人揃って両腕にしがみつく。
両腕にそれぞれ感触の違う柔らかさとそばか匂う甘い香りがナナシを襲う。
これまでずっとまともな感情を押し殺してきたナナシだが、さすがの彼も頬を赤くした。
「お、二人さん? これは......」
「耐えるから......ハァ、貸してくれ」
「ハァハァ......うん、貸してナナシさん」
それぞれ両腕に絡みつく大小異なる腕。
手はナナシの腕を沿って進むと彼の手を捕まえた。
彼の手の指の間に自身の指を絡め、全てがガッチリ絡み合えばギュッと握る。
ナナシは思わず上を向いた。
バクンバクンと弾けそうな心臓の鼓動を感じながら余計な感情を抑え込む。
今のレイモンドとミュウリンは媚薬によって促進された感情を抑え込んでいる。
その頑張りを邪魔してはいけないと彼の行動からそのような気持ちが見て取れた。
―――十数分後
「.......落ち着いたか?」
「あ、あぁ、悪りぃ迷惑かけた」
「大丈夫......うん。まだ心臓はうるさいけど」
レイモンドとミュウリンは赤らめた顔をナナシに見られないようにしながら、そっと絡めた腕を解いて距離を取る。
二人はナナシが座っているベッドと反対側のベッドに座った。
そして、空気を切り替えるようにレイモンドが一つ咳払いしてしゃべり出す。
「テメェからの依頼だが、無事に収穫があった。ミュウリン、例のやつを」
「うん、わかった。はい、これ。あの屋敷の地下で見つけたもの」
「お、おーこれか、任務ご苦労さん」
ミュウリンはバッグから紙を取り出すと、それをナナシに渡す。
受け取ったナナシはそれに目を通していった。
瞬間、ナナシは思わず息を呑んだ。
「これは......売買の記録じゃないか。
それもここに記されている名前はどの子も見覚えがある。
確かそう、この名前はこの街で消えた子供達の名前だ」
ナナシの言葉にミュウリンとレイモンドは頷いた。
「やっぱりそうみたいだね。ナナシさんがここに来る間にも、ボク達の間でそうなんじゃないかって思ってた。
その書状の内容からするにその子達はすでにこの場所には居ないってことになる」
「領主の名前は......ハイバード=ロードスターか。
ん? ロードスターって帝国所属の貴族じゃなかったっけ?」
ナナシがレイモンドに聞いてみれば、彼女は頷いた。
「ロードスター家は帝国に古くから使える貴族の一つだ。
確か北方の一年の大半が雪で覆われた領地を治めている貴族だったはずだ。
にしても、なんで聖王国の貴族と帝国の貴族が繋がってんだ?」
「まぁ、魔族に対して人類協定を結んだとはいえ、メトロバニア帝国とハイエス聖王国のいがみ合いっていうか、理解し得ない感じの対立は強かったと思うけど」
「さぁな。とにもかくにも、この書状から発覚した別問題は、あのクソ野郎を潰しても根本的な解決にはならないぜ」
「そうだね。でもまぁ、愚直に叩けるうちに叩くもんだよね」
ナナシは書状を持ったままベッドから立ち上がる。
彼の足はすぐにドアの方へと動いていった。
そんな彼の後ろ姿を見ながら、ミュウリンは聞く。
「もう行っちゃうの?」
「今回来たのはこの成果を直接聞きたかったからだけだからね。
それに潜入中という体裁を考えるとあまり会うのもよくないと思うし。
つっても、瞬光月下団のメンバーにはバレてるんだけどね! アハハ」
「だけど、コマニーの方にはバレてねぇ。
なら、テメェはテメェのやることをやれ。
あのクソ野郎のその後の処理のことはこっちに任せろ」
「あぁ、任せた。んじゃ、その間はゴエモンとも一緒に好きなように過ごしていてくれ」
ナナシはドアノブに手をかけ、部屋を出ていく。
ドアが後数センチというところで二人から最後の言葉がかけられた。
「それじゃこの街で一番の高級店に行ってくるよ~」
「お、いいな。あそこ美味かったもんな。また行くか」
瞬間、ナナシは踵を返し、ドアの隙間から顔だけ出した。
「なにそれズルい! っていうか何気一回行ってるの!?」
「さっさと行けよ」
「行ってらっしゃい」
「仲間が急に俺に冷たい」
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