第62話 二重スパイ
「――って内容がナナシさんから届いたんだけど皆はどう思う?」
宿屋の食堂の一角で集合するミュウリン、レイモンド、ゴエモンの三人。
ミュウリンはナナシから届いた手紙の文章を読み終えると、それをそっと机に置いた。
レイモンドは手紙を手元に引き寄せ、その手紙の内容を改めて目で確認する。
彼女はそのままの状態で話し始めた。
「用はアイツはオレ達に二重スパイを頼もうって言うんだろう? ハッ、面白そうじゃねぇか。
実際、あのクソ野郎はオレ達を手籠めにしようとしてたんだ。
冒険者を舐めてると痛い目遭うってことを教えてやらねぇとな」
「見た目からして、ヤベェことやってそうだなって思ってたが、まさか本当にしてるとはな。
まぁ、証拠はがないから、俺達に証拠を取りに行けってのが狙いだろうな」
「だと思うよ。潜入中のナナシさんが大っぴらに動いて、逆に雇われてるんじゃないかなんてあらぬ誤解も生まないためにもね......ん?」
ミュウリンは念のため手紙が入っていた封筒に別の紙が入ってないか確認した所、もう一枚手紙が入っていることに気付いた。
その手紙を取り出して、表に書いてあった文章を読み上げる。
「『レイちゃん読んでね♡』だって。これ、レイちゃん宛てだよ」
「アイツ、気持ち悪りぃ文章書きやがって。で、どんな厄介事だ?」
レイモンドは手紙を開き、書かれている文章に目を通していく。
そして、読み終えた後には一つ息を吐いた。
「何が書かれてあったんだ?」
「他愛もねぇことだよ。ま、強いて言えば、もうすでにアフターフォローのことに関してオレを頼ってきたって感じだ。
確かに、すぐには決まらないことだろうから、早めに行動しておくのが吉だろうが......ハァ、アイツやっぱ道化師なんて似合ってねぇな」
面倒くさそうな態度を取りながらも、レイモンドの口元には微かに笑みが浮かんでいる。
そんな複雑な感情が見て取れる言動にゴエモンはそっとミュウリンに話しかけた。
「なぁ、なんて書いてあったと思う?」
「さぁ。でも、きっとナナシさんらしいことだよ」
―――翌日
ミュウリン達はコマニー邸のすぐそばにやって来ていた。
その屋敷の門に近づく前に、レイモンドが簡単に作戦内容をおさらいする。
「さて、突入前に再度確認しとくぞ。
オレ達が屋敷に入ったら、まずオレがクソ野郎と一対一で適当に話をする。
そしたら、ゴエモンは適当な理由をつけて警備兵やメイドの注意を引け。
その間にミュウリン、小柄なテメェが部屋を漁れ」
「りょ! で、時間はどうするの~?」
「引き延ばせて三十分ってところだ。
だが、それも見込みの時間だ。すぐに終わる可能性もある。
だから、一応テメェらには俺が合図したら光る道具を与えた」
「これか」
ゴエモンとミュウリンの人差し指につけている魔道具には、半透明な宝石のようなものが指輪に埋め込まれている。
それは親の魔道具を持つレイモンドが光らせれば、子の魔道具である二人の指輪が光るという仕組みだ。
「最初に光らした緑色の光が十五分。次に光らせた黄色が三十分。
十五分の合図にゴエモンはオレの場所に戻ってこい。
場合によっては、お前にも時間を稼いでもらう。
そして、赤い光が灯ったら撤退の合図だ。
ミュウリンはその光を見たらどんな状況でも撤退しろ。わけは分かるな?」
「魔族であるボクは印象を良くすることが絶対だから、だね。
せっかくナナシさんが用意してくれた舞台を壊すなんてボクもしたくないから」
「それでいい。なら、そろそろ行くぞ。ミュウリンは隠密の魔道具の起動を忘れるな」
「「ラジャッ!」」
ミュウリンは羽織っていたコートについているフードを被り、コートに魔力を流し込む。
瞬間、ミュウリンの気配はあっという間に薄くなり、影が薄すぎて自動ドアにすら反応されないような存在感となった。
目の前で見ていたミュウリンの気配を捉えにくくなったのを確認したレイモンド。
彼女はゴエモンとミュウリンを引きつれて屋敷の方へ向かって行く。
出迎えてくれた門番に案内されて、屋敷の中に入ったレイモンドはメイドに声をかけた。
「案内は結構だ。前に一度来た時に場所を把握したからな。
テメェも自分のやるべき仕事に集中すればいい」
その発言に待ったをかけたのはゴエモンだ。
「おいおい、俺はまだこの屋敷を隅々まで見てねぇぞ!?
こんだけの豪邸だ。少しぐらい冒険しなきゃ冒険者の名が廃るってもんだろ」
「テメェな、お遊びでここに来てんじゃねぇんだぞ?」
「大丈夫です。コマニー様はお連れがいれば丁重にもてなすようにおっしゃられていました。
それにレイモンド様と二人でお話がしたいとのことでもありますので」
「オレと二人で? ......わかった。なら、ゴエモンを任せた」
「お任せください」
レイモンドは一人で中央の階段を上っていき、ゴエモンは子供の用に色々な所へ歩き始める。
その二人の姿を見ながら、ミュウリンは一人任務を開始した。
「コソコソ、コソコソ......シュタッ」
手始めに一階から探索を始めたミュウリンは周囲に誰もいないことを確認すると、一つのドアノブに手をかけ、部屋に入って行く。
その部屋は食堂のようだ。
長いテーブルがあり、机の端にポツリと椅子が一つ置いてある。
なんとも寂しい空間である。
ミュウリンは部屋を出ると移動して次の部屋に入った。
その部屋は使用人の部屋のようだ。
生活感があり、今朝まで使われていたようなニオイも残っている。
ミュウリンは操られてると疑っている人達から何か証拠が残ってないか漁り始めた。
机の上、引き出しの中、ベッドの下、本棚の奥など色々さがしたが特に何もない。
「ほぉ~、えっちだね~」
タンスを漁っていれば大人っぽい下着が見つかった。レースの下着だ。
ミュウリンはそれを両手に持ち、まじまじと見つめる。
「......要検討だね」
ミュウリンはそっと下着をタンスにしまった。
その時、タンスの上に置いてあった小さな香水の瓶が床に落ちる。
それはタンスと机の隙間に上手く挟まってしまった。
「あらら、こりゃ不味い。早く戻さなきゃ」
ミュウリンは小さな手を活かし、隙間に腕を突っ込む。
すると、手にした香水の瓶以外に、何かのノートらしき感触を捉えた。
ミュウリンは指を使ってそれを器用に引き寄せる。
「これは......日記?」
ミュウリンがノートの表紙を見ると「お屋敷勤め日記」と書かれている。
ペラペラと中を覗いてみれば、やはり屋敷に来てからの内容が書かれているようだ。
『〇月×日。
今日は初めて屋敷にやってきた日だ。
ずっと高級取りの職を探してようやく見つけた仕事。
これで田舎に住む家族にも楽に出来ると思うし頑張るぞ』
『×月△日。
この屋敷は良い人ばっかりって聞いてたけど、それは嘘だ。
しばらく我慢してたけど、さすがにこれはヤバい気がする。
このの領主様の趣味ややってることは明らかにバレたら不味い事なのに、皆して領主様の悪口一つ言わずにニコニコしてる。
なんか不気味だけど、給料が良い事には変わりないし簡単に辞めれないよね』
『△月□日。
やばい人しかいない中、ようやくまともそうな人を見つけた。
そのトルソーさんって人から話を聞くには、ここに住む人は全員領主様に操られてるみたい。
確かに、メイド長から支給された服はやたら露出度が高いと思ってたけど、やっぱり変なんだ。
っていうか、私はなんで平然としてるの? と思ったけど、その疑問にはトルソーさんが『たまたま状態異常に耐性が持ってたんじゃない?』とのこと。
もしかしたら、昔に誤って毒の花に触れたことが原因かな?
とにもかくにも早くここから脱出しなきゃ!』
『□月〇日。
トルソーさんに騙された。逃げ場所を教えてくれるっていうから信用しようと思ったのに、紅茶を飲んでから急激に体が熱い。
なんだか火照るような感じで、今だって少し意識が朦朧としている。
だけど、ただでやられるわけにはいかない。せめて......せめて、これを書い......て』
『〇月×日。
今日はいい天気だ。気持ちのいいほどの晴天で、風も暖かくて心地よい。
これなら昨日先輩の皆さんとご一緒した夜の務めのシミも奇麗になりそう。
まぁ、どうせ今日も汚れると思うんだけどね、アハハ♪
それにしても、トルソー様は帰ってこないかな。
ここ最近、別任務らしくて会えないから、なんだか.....切ないよ』
ミュウリンの読んだ文章は日記の中でもごく一部だ。
しかし、それだけでも現状がどれだけ酷いかということは理解できた。
開いたノートをそっと閉じ、それを回収していく。
「これは証拠として貰っていくよ。あともう少しだけ待ってて、すぐに解放してあげるから」
ミュウリンはその言葉を部屋に残し、別の部屋へと移動を始めた。
読んでくださりありがとうございます(*'▽')




