第60話 七輪で焼く魚は美味い
とある朝の路地裏。
大通りでは多くの人々が生活の始まりに体を動かしていく。
そんな雑多な声が僅かに聞こえる場所にナナシとハルはいた。
腕を組むナナシはハルから依頼された内容について首を傾げる。
「トルソー=クラット? 誰それ? お仲間さん?」
「全然。あんたの前に面接を受けてた人よ。ほら、金髪でチャラそうな」
「あぁ、あの人か」
ナナシは脳内にその青年の顔を思い出した。
脳内のトルソーの記憶はまるでドロドロに溶けたスライムのように朧気だ。
「なんでその人を調べるのさ」
「色々きな臭いのよ。面接の時だって『自分はレイモンドと一緒に冒険してた人物』みたいなこと言ってたし。
だけど、レイモンドさんと一緒に行動したクルミに確認してみれば、そんな事実はない」
「代わりに、俺の名前が出てきたと?」
「まさにそう。ま、確かにあんたの見た目のインパクトは強いからね。間違うはずないと思うけど」
ハルは通路の恥に置いてあった木箱に歩いていく。
その木箱に腰をかけ、足を組むと話を続けた。
「で、本題だけど、あんたはその依頼を受ける?
受けても受けなくてもどっちでもいい。
ただ、受けないならアタシ達に干渉して来ないで」
「俺が興味持っちゃったから無理な相談だな。
むしろ、君は俺が君達のことを知っちゃったから消すって選択肢もあるんじゃない?」
「それこそ無理な話よ。アタシは大抵の人なら相手できるほどの実力はあると自負してる。
だけど、自然災害はそもそも相手にするどうこうの話じゃないのよ」
「過大評価だな」
ナナシはハルに近づくと、目の前でそっと跪く。
そして、物語の王子様が姫に求婚するようなポージングで言った。
「それじゃ、よろしくお願いするよ。その試験を受けさせてくれ」
「契約成立ね。で、その体勢はなんなの?」
「これで言った方がカッコつくかなと思って」
「.......ちょっとドキッとした」
―――深夜
アジトの前で待ち合わせたハルは、集まったナナシに今回の依頼について説明した。
「朝にも言ったと思うけど、これはトルソー=クラットの素性調査よ。
その男には『合格か否かの通知は使いを派遣する』と伝えてあるから、すぐには連絡が来ないことは想定してると思うけど、それでもあまり長引かせれば不審に思われる。
だから、今日情報を集めて、明日にはとっちめる辺りが理想的ね。
それと今回アタシも同行するけど、サポートオンリーで他は何もしないから」
ハルは伝えるべき内容を伝えたところで、しばらく見ないふりをしていた全身暗闇のような姿をした真っ黒い道化師に目を移す。
「で、その姿はなんなの?」
「ふふっ、よくぞ聞いてくれた。森の中に木を隠せばバレない様に、夜道にコ〇ン君に出てくる犯人の姿になればバレないって寸法よ。ほら、口と目しか認識できないでしょ?」
「.......あんたの場合、目も布で覆ってるから実質口しか見えてない」
「っ! そうじゃん、どっちかっていうと真理の扉の前にいる神様を黒く塗りたくったみたいな感じじゃん!」
「あんたの言ってること一ミリも理解できないわ」
ハルは肩を竦めた様子で「いいから脱げ」とナナシから衣服を無理やり引っぺがした。
結局、元の姿にさせられたナナシは仕方なそうにため息を吐いた。
「ハァ、どうせなら最後までコスプレしたかったな......」
「アタシが凄い悪いことしたみたいで癪に障るんだけど。
ほら、サッサと行くよ。場所ぐらいは案内するから」
****
とある裕福な家の一室。
家族五人ぐらいが悠々と過ごしそうな空間を一人で使う青年がいた。
金髪の癖っ毛が特徴のトルソー=クラットだ。
彼は昨日の面接での感触を見てからずっとほくそ笑んでいた。
それは彼だ思い描いていた通りにことが運んだからだ。
「ククク、全く義賊とえど盗人だから警戒していたが、とんだ甘ちゃん集団だったな。
まさか俺のして来たことに気付かないなんて。
今更ながら思い出しただけで笑えてくる」
トルソーはソファに座りながら、優雅にワイングラスに入っているワインを喉の奥に流し込む。
「ハァ~、美味い。作戦の成功も相まって余計に。
ハハッ、あの連中もまさか俺がコマニーの部下とは思うまいな」
トルソー=クラット、その青年の正体はコマニー家に仕える一人の兵士である。
彼が実際に行った作戦をネタ晴らしするとこういったものだ。
面接当日のトルソーの服装は彼が道端で子連れの貴族の息子を参考にしたもので、それ故に年齢にしてはあまりに幼稚な姿であった。
また、彼は貴族の家系などではなくただの一般市民から兵士になっただけだ。
彼が貴族の三男坊であることも嘘であり、コネなど一切持っていない。
彼がレイモンドと一緒に行動したと嘘をついたのも、応接室のドアの前で警備に当たってる時に内容を盗み聞きしただけである。
故に、彼は自分が作り上げた貴族の三男坊というキャラクターを演じていただけに過ぎない。
ちなみに、彼が特技で見せたリィゴンのみじん切りも、長袖の下に忍ばせた魔符を借りたナイフに付与しただけだ。
魔符は使い切りの道具であり、使用されると魔法陣が描かれた紙は焼けて消えるため証拠は残らない。
しかし、目の前で使ったとしてもバレない様に魔符のサイズを最小限にしたため、中途半端な魔符はナイフを壊すという結果をもたらしたようだが。
とにもかくにも、トルソーという男はある意味涙ぐましい努力によって、瞬光月下団を欺いたのだ。
そこまでの努力はひとえに彼が持つ野望のため。
「何の冗談か俺はあのデブに忠誠を誓っていた。
ある任務中でたまたま解呪の魔道具に触れてたことで俺の洗脳は解けたが、周りの兵士やメイドは未だデブに仕えたままだ」
トルソーはグラスの縁を持ちながら、コップの中のワインを揺すって回す。
そのグラスの顔に映る自分の顔を見ながらニヤッと笑った。
「だが、逆を言えばこれはチャンスだ。
俺が洗脳されてるふりをして、あのデブを逆に洗脳する。
そうすれば、あのデブは俺のいいなりになり、デブのいいなりであるメイドも兵士も俺のものになったも同然だ」
トルソーはソファから立ち上がり、グラスを掲げた。
「表からあのデブを動かし、裏で俺が操りながら悠々自適な生活をする。
やはり俺は市民なんかで収まる器ではなかったのだ! カーッハッハッハッ!
今日はやたらワインが美味く感じるな! おかげか口が良く滑るぜ!」
―――同時刻
トルソーのいるリビングの一階。
換気のために僅かに開けられた窓の隙間から少しずつ煙が入っている。
その煙は窓の外側からすぐに発生していて、そこにいるのは二人の男女――ナナシとハルだ。
ハルはナナシの行動をボーっと見ながら口を開いた。
「アタシ、ターゲットの家の横で魚焼いてる人初めて見たわ」
ハルの目の前ではナナシが七輪を使って魚を焼いていた。
香ばしく薫る焼き魚の上には薬味のような葉が乗っている。
その葉が煙の発生源だ。
「この葉っぱはサルノクチスベリって木から手に入れられる葉っぱでね。
こうして焼き魚と相性バッチリなんだ。よく薬味として使われる。
また、別の効果としてはニオイを嗅ぐと饒舌になるんだ」
「なるほど、通りでさっきから口がしゃべりたくてむず痒いのね」
「だから、仲の良い人同士で話すとより仲良くなれて、仲が悪い人同士でやると口喧嘩がヒートアップして拳が飛び出るよ」
「凄くどうでもいい豆知識をありがとう。
というか、この魚の焼けてるニオイで気づかないの?」
「そこら辺は魔法でちょちょいと消臭してるからね。
ニオイの効果だけ効くようにしてる」
ハルは大きくため息を吐いて、口を閉じる。
彼女の口から今にも言葉が飛び出そうだったが、口をグニグニと動かしながら堪えた。
一方で、基本的に常に状態異常耐性をパッシブで発動させてるナナシは、うちわを仰ぎながら魚の焼き加減を見極めていた。
「そういえば、これで任務達成でいい?」
「.....,もの凄く釈然としないけど、一応欲しい情報は聞けたわけだしまぁ」
「よっしゃ。それじゃ、この魚で打ち上げとしゃれこもうじゃないか。食べる?」
「.......食べる」
ナナシとハルはトルソーの馬鹿笑いを聞きながら、焼き魚を食べ始めた。
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