第58話 面接試験
―――ハルが帰ってくる三十分前
義賊メンバーの募集を募っていたクレアは、終始面接対応に追われていた。
そして、今もまた一人の面接が終わったところで、少し休憩を挟む。
「ハァ、やっぱり子供が多いわね。どうしてこんなに集まるのか」
「それはやっぱり英雄願望っていう感じじゃないですか?」
クレアがこれまで面接してきた人達の資料を見ながら小言を呟くと、隣に座っていた眼鏡をかけた大人しそうな少年トムが声に反応した。
「どういうこと?」
「ほら、小さい頃に物語の英雄に憧れるように、ここに住む子供達にとっては僕達義賊は英雄に見えるんですよ。
実際、このスラム街の中では唯一まともな生活を送ってますしね」
「なるほど」
「あとあと、単純にここならまともな食事にありつけると思ったんじゃないスかね」
トムとクレアの会話に入ってきたのは、短いツーサイドアップをした少女メスミルだ。
トムもメスミルも義賊のメンバーの中では年長者組に入り、クレアの仕事を手伝っている。
二人の言葉にクレアは「一理ある」と呟き、頷いた。
彼女は両手に持つ資料を一つ捲って、次の面接者の情報を見る。
「で、次は厄介な相手そうね。貴族なんて」
「単純なバカならそれで良さそうですけど」
「貴族なんてロクな連中じゃないっスよ。この街の領主であるデブオヤジもそうだし」
「それは同感。だけど、もし正義感を振りかざすおバカさんなら使いようはいくらでもある。
こっちにとっては貴族に関する情報は喉から手が出る欲しい。
その情報をみすみす逃すわけにはいかない」
クレアは次の面接者を重要人物に位置付けると、面接を開始した。
面接会場に金髪の青年が入ってくる。
名はトルソー=クラット。
その彼の容姿はまるで幼い貴族の息子が着るような服を、そのまま大きくして着ているかのような格好だった。
僅かの違和感を感じるままに、クレアはしゃべり始める。
「君がトルソー=クラット君ね。まずは来てくれてありがとう。
あなたにはこれからいくつかの質問をするからリラックスして聞いてもらえばいいわ」
「わかりました。なんなりとお聞きください」
「そう、わかったわ。それじゃ、早速――」
以降、クレアの質問内容とトルソーの回答はこうだった。
―――どうして義賊になりたいと思ったの?
「昔から僕は正義感が強かったんです。
僕は貴族として生まれ何一つ不自由なく暮らしてきました。
同時に、僕とは違う生活をしている人達との違いも見てきました。
どうして違うのかと疑問に思い、両親に助けないとかと聞いてもても、両親は『愚民に与える施しなど一つもない』の一点張りで、その姿勢が僕には理解できませんでした。
例え、僕が貴族であったとしても、それはあなた達のような市民を助けない理由にはならない。
だから、僕は貴族でありながら困っている人達を助けるためにここに来ました。
どうせ三男ですから家督を継ぐこともないですしね」
―――どうやってメンバーを募集してることを知ったの?
「勝手ながら、スラム街の人々に無償で生活補助をしていまして。
その時にあなた達がメンバー募集してる噂を聞きました」
―――あなたは私達にどのような貢献が出来ると思いますか?
「そうですね......僕は三男坊ですが貴族であることには変わりません。
そして、家族仲は至って良好ですし、家族が僕の行動に気付いてる様子はありません。
ですから、僕が貴族である立場を利用すれば、ある程度貴族の動向を掴めると思います。
後、僕は勇者パーティの一人であるレイモンド様とコネがあります。
なんたって、僕はレイモンド様と一緒に行動してましたから」
―――中略―――
―――では、最後にこのリィゴンの実を使って一つ特技を見せてください。
「では、ナイフを一つ貸してください。
この手のひらのリィゴンを――あっという間にみじん切りに」
―――トルソーの面接終了
クレアはメモした資料を見ながら呟く。
「う~ん、なんとも単純な好青年って感じだったね。
入団目的もここに来る経緯も筋が通ってると思うし。
それに何よりやっぱ貴族とのコネが作れるのが大きい」
その声にトムが賛同した。
「そうですね。僕も概ね同意見です。
コネが作れる時点でも有用性がありますし、同時に剣技に関しても問題なかった。
食事用ナイフでサイコロ状に切り分けるほどの技量です。
目の前で見ても不正があるように思えませんでした。
それに凄まじい速度でナイフを動かした結果、ナイフを変形させるほどですから」
トムの好反応に対し、メスミルは機嫌が悪く答えた。
「そうスかね~。うちにはどーにも胡散臭い感じがしたっス。
なによりあの爽やかな感じが鼻に着きました」
「それは単純に君が貴族が嫌いなだけだろ」
「そんなことないっスよ! 正当な評価っス! こうビビッと来たっス!」
「それが感覚でしか物を言っていない証拠――」
「はいはい、スト―ップ! 話は後にしよ、次で最後なんだから」
クレアはトムとメスミルの会話を諫めると、最後の資料に目を通した。
そこには最後の面接者に関する情報が綴られているのだが、その情報があまりにも胡散臭かった。
「出身地――別世界。職業――世界の守護者から道化師にジョブチェンジ。
これまでの活動実績――推しの布教活動およびストリートライブ......ってふざけてるの?
これって誰が情報集めてきたんだっけ? マーロット?」
「クルミさんです。確か、トゥララさんも同席して二人で。
今、二人は別任務ですが、二人の話によると快く答えてくれたそうですよ」
「あの子達か......特にクルミの方は頑張ってるんだけど、凄く空回りしてるのよね。
だけど、時々あの子の予想外の行動がとんでもない幸運をもたらすこともあるから......う~ん」
「ま、その幸運も九割の不幸で構成されてるっスけどね~。
にしても、うちはこの資料見てからずっと楽しみにしてたんですよね。
これだけふざけた情報を自信満々に言えるのがどんな人物か」
期待半分であり不安半分でもあるという心境が今のクレアの気持ちを満たしていた。
どちらにせよ、これで最後。ならば、後少し踏ん張るだけである。
「それじゃ、最後の面接を始めるわよ」
そう言って、クレアは最後の面接者を呼んだ。
扉を開くと真っ先に目に飛び込んだのは、特徴的な髪色にふざけたフェイスペイント。
道化師という言葉にピッタリの男は椅子の前に立つと、大きな声で言った。
「受験番号七七四!
別の世界の学校からやってきましたナナシです!
本日はよろしくお願いします!」
クレアはその男を見た瞬間、頬を引きつらせた。
なぜなら、その男はいつぞや勇者像の上で一般市民相手にケンカ売ってた相手だからだ。
ナナシが大立ち回りをしていた丁度その時、クレアもいたのだ。
といっても、滞在時間は短く、市民に物を投げつけられてる姿を横目で見ながら帰ったが。
一般市民からのイメージを重要視している義賊にとって、その市民とケンカするような相手はすぐさま帰ってもらっても良かったが、一応予定通りに面接を始めた。
以降、クレアの質問内容とナナシの回答はこうだった。
―――見た目が怪しいのだけど道化師って本当?
「道化師は自称だね。公式職業は冒険者。ほら、このカード。最近、緑ランクになったんだ!」
―――そうですか。では、どうして義賊になりたいと思ったの?
「ぶっちゃけ面白そうだったから。
昔っからヒーローに憧れてて......あ、ここでは勇者とか英雄の方が良いんだっけ?
でも、心が成長するにつれてどっちかっていうとダークな英雄の方がこう、中二心にぶっ刺さるんですよね。
闇夜に紛れて正義の天誅! やがてその暗躍は世界をまたぐ!
特に良かったのが『影の英雄になりたくて』って奴なんだけど、あの設定がとても羨ましくて――」
―――もうお話は結構です。では、どうやってメンバーを募集してることを知ったの?
「探して見つけました! 俺、目が見えないんですけど、代わりに魔力操作をめっちゃ鍛えたことで疑似視力を得れるようになって。
で、それを生かした<魔力探知>でもって、ここら辺かな~って来ました」
―――.......あなたは私達にどのような貢献が出来ると思いますか?
「道化師なんで、一番は皆を笑顔にすることだね!
そんでもって次はギター弾けるんで、ある程度曲なんか弾けるよ。
ちなみに、オリ曲もあります! 宴の席とか披露できます!」
―――現在進行形であなたは私達を笑顔に出来てないけどね。
「え?」
―――失礼、次に行きます。
―――中略―――
―――では、最後にこのリィゴンの実を使って一つ特技を見せてください。
「このリンゴ......コホン、リィゴンを左手の人差し指に刺しまして。
この状態でクルッと高速回転! その状態で右手の人差し指をリィゴンに当てて徐々に指を下げていくと.......あっという間にリィゴンのカツラ剥きの出来上がり!」
―――ナナシの面接終了
「ククク、ダーッハハハハ! ヒィー! クフフフ.......アハハハハ!」
「メスミル、笑い過ぎですよ」
「いや、だって.......イヒヒヒ、もう最っ高! ずっと堪えるの我慢してたんスから!」
お腹を抱えて笑い続けるメスミル。
そんな彼女の様子にトムは肩を竦めながら、クレアに話しかけた。
「最後の人に限ってはノータイムで脱落にしても良さそうですね。
あの人からは知性の欠片も感じられません。
トルソーさんの後に見たからこそ余計に悪く思えるのもありますが」
「......かもね。ハァ、ここにハルもいてくれれば、パパッと終わりそうなんだけどね」
クレアは大きく息を吐きながら背もたれに寄りかかる。
手に持った資料はバサッと机に散らかし、顔は天井に向けた。
そんな彼女の横にいるメスミルはようやく落ち着いてきた様子で、クレアの言葉に答える。
「そうっスね。あの人の直感は師匠譲りなんでしたっけ?」
「そうだよ。師匠が元スパイだかなんだかで、相手の力量と信用できる人かどうかわかるんだって。
ま、力量差に関しては獣人による危険感知の能力による作用の方が大きいとかなんとか」
「ですが、ハルさんはまるで人に興味持たないじゃないですか。
僕だってハルさんと話す時の冷たいまなざしは今でもゾッとしますよ」
トムの言葉にクレアは苦笑いしながらフォローを入れた。
「ま、あの子の場合は人に興味を持たないというよりは、持たないようにしてるといった意味合いの方が強いから」
「それはまたどうしてスか?」
「そりゃほら、私達義賊じゃん?」
「「......」」
「資料しかないけど、一応ハルにも聞いてみるか」
そう呟いたクレアは机に両手を置いて立ち上がる大きく伸びをした。
それからハルと会うのはそれから数分後のことである。
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