第57話 衝撃的な出会い
面接当日。
面倒な仕事から逃げ出すようにポンタと一緒に散歩に出かけたハルは、頃合いを見計らって戻ってきた。
昼から出発して今やすっかり夕暮れ時。
さすがに終わっただろう、とハルがアジトに戻って来れば、屋敷までくる途中で一人の青年が歩いてきた。
クセっ毛の金髪の青年の格好は、白い長袖シャツにサロペットのついた長ズボンという格好で、とてもスラム出身とは思えない身なりであった。
その青年はハルの存在に近づくと、目を輝かせて近づいていく。
そんな彼の行動にハルはすぐさま身構えた。
「そこの君! もしかしなくとも、君もかの有名な義賊『瞬光月下団』の一人ではないか?」
「だったら何?」
「素晴らしい! 実は僕、あなた達が行ってる義賊活動に感銘を受けまして、先ほど面接を受けてきたんです!
前からずっと仲間になりたいと思っていたんですが、どうにも運命の巡り合わせが悪く。
しかし、結果的にはこうしてこの組織に辿り着いた! そう、これは運命!」
暑苦しく熱弁してくる青年に、ハルは冷めた目を送る。
感情変化に乏しい彼女にとって、感情豊かなタイプは苦手なのだ。
彼女にとって、とにかくうるさくて仕方なく感じるから。
ハルはチラッとポンタを見るが、ポンタが興味を示す素振りはない。
つまり、ポンタ基準で言えば、青年はハルよりも弱いということになる。
「あっそ。どうでもいいけど、もう少しボリューム下げてくれない。耳に響く」
「おっと、それはすまない。それと興奮のあまり自己紹介がまだでしたね。
僕の名前はトルソー=クラット。格好からしても貴族の息子だ。
しかし、僕は昔っから貴族であろうと正義のあり方に疑念を持ってて――」
トルソーはハルの手を取って握手をしながら、一人で勝手にしゃべり始める。
その言動にハルはどんどん機嫌が悪くなりながら、握られた手を振り払った。
「まだあんたは正式な仲間じゃない。
どんな正義感を持ってても別にいいけど、仲間じゃないのに勝手に干渉してこないで」
「......これは手厳しい」
ハルは捨て台詞にそう言い放つと背を向けて屋敷に向かう。
やがてアジトに辿り着き、門をくぐったところで、一人の男がアジトから出てきた。
その男の格好はとても珍妙だった。
基本白髪なのに、三つ編みの部分はなぜか黒い。
そして、頬にはそれぞてハートとダイヤのペイントがされている。
見た目からしてハルよりも年上のふざけた格好の男。
道化師という言葉がピッタリの男がとぼとぼと落ち込んだ様子で帰って行く。
ハルはその男を流し目で通り過ぎ去ろうとした時、リードを持つ手が後ろに引っ張られた。
「ポンタ?」
ハルが振り返るとポンタが道化師の男に全力で尻尾を振っている。
その光景にハルは大きく目を見開いた。
「ん? お、可愛いワンちゃんだね。よしよし、名前はなんて言うのかな」
道化師の男はしゃがみこんでポンタの頭を撫でる。
そして、ポンタに向かって話しかけるようにしゃべった。
「っ!」
すると直後、ポンタが道化師の男の前でお腹を見せて寝転がる。
犬が見せる服従のポーズである。
ポンタのその行動はハルにすらしたことはない。
その光景を見たハルは興味を持った様子で、ポンタの質問を代わりに答える。
「ポンタよ。その子の名前」
「ポンタね......良い名前だね。良かったな、女の子のご主人様で。
正直、羨ましいぞ。俺も転生したら犬になって美少女に甘やかされたい」
「.......」
本当にこの男はアタシより強いのか? とハルは疑った。
どう見ても格好はふざけてるし、言ってることは欲望が駄々洩れなダメ男のセリフである。
「あんたもここに面接に来たの?」
「まあね。この組織がどういう組織か気になったんだ。
そして、あわよくば君達の願いを叶える手助けがしたいと思っただけだよ」
その言葉にハルはピクッと反応した。
彼女の道化師の男を見る目が僅かに細くなる。
「どうしてそう思うの?」
「単純だよ、ただの泥棒じゃなくてわざわざ義賊になるって辺りに他に別の目的がありそうだと感じただけ。
それに仲間集めをしてるってところで、これから戦う敵はさらに強い敵だって言ってるようなものでしょ?」
「......ただのふざけた男じゃないみたいね」
ハルが道化師の男を評価すると、その男は立ち上がって返答した。
「いやいや、俺はふざけた男だよ。なんたって道化師だからね。
むしろ、ふざけることが本分ですらある。
今日は君のようなクールビュティ―と話せて光栄だったよ。では、失礼する」
道化師の男がつま先を門へと向けて歩き出す。
直後、ナナシのポケットからポロッと冒険者カードが落ちた。
それに気づいたハルはそれを拾う。
「緑ランクの冒険者......ポンタが実力を見誤った?」
ハルは冒険者カードを見て小さく呟くと、ナナシを呼びかけた。
「ちょっと、カード落としたよ」
「おっと、先ほど初心者冒険者であることを証明して、安全性をアピールする時に使ったんだっけ。
ありがとう、レディー。このお礼はいつか必ずするよ」
「別に、もう会うかもわからないからいいよ」
ハルはカードをナナシに渡していく。
その時、指先が僅かにちょんと触れた。
―――ピッシャーガガガガッ!!!
瞬間、ハルの全身に雷が落ちたかのような衝撃が駆け巡った。
全身の毛は総毛立ち、尻尾も股下を通って太ももに絡みつく。
彼女が感じた感覚は身の毛もよだつ恐怖というより、大自然を相手にした抗いようのない畏怖に近かった。
ハルは思った――目の前にいるのは大自然の化身だ、と。
今の姿はそよ風のように日常の一部に溢れる風そのものだ。
しかし、その内側に内包するのは木々を根こそぎ吹き飛ばし、大地を削り、あらゆるもの風で巻き上げる暴風も同じ。
その感覚をポンタは野生の勘で感じ取ったということだ。
獣人であるハルも感覚は常人より優れているが、鋭さは野生動物にはやや劣る。
それでも、危険に対しては敏感なはずだった。
しかし、そのハルでさえ触れて見なければ気づかなかった。
それほどまでに力を空気同然に隠している。
絶対に敵対してはいけない類の存在だ。
「だ、大丈夫? ボーっとしてるけど」
「え?......え、えぇ、大丈夫。少し思い出したことあっただけだから」
ハルはカードから手を離すと、寝転がるポンタを両手で抱えた。
すばやく踵を返すと、ドアに向かってアジトに入った。
入るとすぐにドアを背もたれにして寄りかかる。
そして、胸の中に溜まった重たい空気を大きく吐き出した。
「あ、ハルー? どこ行ってたのもー!」
二階の通路の柵越しにクレアがハルに向かって声をかけた。
彼女の足はすぐにハルへと向かって行く。
「全く、こっちは大変だったんだから。
まさか勇者パーティの一人の仲間がここに来るなんて」
「勇者パーティ? もしかして、さっきの道化師の男?」
ハルが確信した表情でそう聞くと、クレアはすぐに首を横に振った。
「違う違う。金髪の青年だったよ。名前は確かトルソー君だっけかな。
どうにも協力したい事情があるみたいなんだけど......ってなんで“そんな何言ってんだコイツ”みたいな顔してるの?」
「え......あ、そっか、普通の人じゃ気づかないか.......」
「どったの? なんか今日のハル、様子が変だよ?」
ハルの普段見せない表情の違和感にクレアは首を傾げる。
対して、ハルは気丈に振る舞うように首を横に振った。
「なんでもない。少し衝撃的な出会いがあっただけ。
それよりも、今日の面接の内容を聞かせて」
「めっずらしい。ハルが他人に興味を示すなんて」
「いいから教えて。そして、選考にはアタシも一枚噛ませて」
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