第56話 瞬光月下団
―――数日前
ドンパッチオ北西部位置するバーレード区。
そこは所謂スラム街のような場所で、多くの子供達や仕事にありつけない大人達が、明日を生きるために犯罪を犯す。
子供であろうと大人であろうと等しく瞳から光を失っており、その姿はさながら生きる屍。
ドンパッチオの警備にあたる兵士すらまともにそこに近づくことのないその場所で、悠々と犬の散歩をしながら歩くのは一人の少女だった。
その少女は狼種の犬耳を持ち、濃い青色の髪を三つ編みに束ね、それをローサイドテールのようにして肩にかけている。
髪色と同じ青い瞳の中にある異色を放つ赤い瞳孔。
異世界には似つかない黒い革ジャケット。
太ももの中間までの短いパンツからはスラッと伸びる健康的な肌色をした足。
くるぶしを覆うミディアムカットのブーツ。
現代のストリートファッションを体現したようなその姿は、不健康で血色の悪く、ボロ雑巾のような衣服を身に纏う人が多いこの地区ではとりわけ目立つ。
スラム街の人々にとって、若い少女となれば――特に男となれば――自身の劣等感をぶつけて発散するには丁度良すぎる相手だ。
加えて、健康的で異端な格好ということは、それだけお金を持ってることでもあるから。
しかし、その少女を道の端々で座り込む人々は見るだけで何もしない。
なぜなら、その少女に関わった人は漏れなく半殺しにされてきたから。
この地区の人々にとって、彼女は現存する少女の姿をした死神であり――同時に、祝福を与えてくる天使の一人なのである。
その少女の名はハル=ロックウィル。
巷で噂が絶えない義賊「瞬光月下団」の一人である。
そんな彼女の日課である組織の愛犬ポンタの散歩が終わり、アジトへと戻ってきた。
その場所はかつてその地区にいた大商人の屋敷を改築したものであり、今ではスラム街の中にある唯一の楽園となっている。
「「お疲れ様です!」」
大きな鉄格子の門の前に立つ仲間の二人に挨拶されながら、ハルは返事もせず素通りしていく。
そこから少しだけ続く石畳の上を歩き、屋敷の門の中に入った。
すると、彼女が入ってきたことに気付いた少女が一人。
「おかえり! ようやく帰ってきたんだね!」
中央階段を上った二階から声をかける少女クレアは、両手に書類を持ったまま階段を降りて、ハルへと近づいていく。
その少女の格好はハルと違ってあり合わせの軽装備といった感じだ。
一言で言うならば、へそ出しスタイルである。
クレアは長いこと帰ってこなかったハルに苦言を呈した。
「ようやく帰ってきたか、この散歩好きめ。
もう、少しはこっちの仕事を手伝ってよ!」
「無理、書類整理とか寝る。というか、まだ人材集めるわけ?」
「私達の活動は常に人手不足なのだよ。
それに人が集まれば、単純にそれだけ情報が集まりやすい。
となれば、ハルの目的だって叶いやすくなるでしょ?」
「......」
返事をしないハルの代わりに、クレアは同意を求めるようにポンタに声をかけた。
「ね、ポンタもそう思うよね――」
「ワンッ」
「グフッ!」
突然のポンタによるみぞおち突進にクレアはダウン。
お腹を押さえながら、床にへたり込み悶絶する。
動ける程度に回復した所で彼女は立ち上がった。
「くっ、相変わらずこの子は自分より強いと思った相手にしか懐かないね。
結局、ポンタが懐いてるのってハルだけだし」
「そう考えると、人材集めの条件にポンタが認める強い人も追加しなきゃね」
感情に寄る表情の変化もほとんどなく、ほぼ抑揚のない声で言葉を返すハル。
そんな彼女がしゃがんでポンタの頭を撫でる姿を見ながら、クレアは顎に手を当てた。
「ハル並みに強くて、それでいて裏切らないと信用できる人物......そんな人がいるかな?
ただでさえ、闇社会に生きる人達で信用できる人なんてほぼいないのに。
そもそも、そんな真っ当な人がいたらこんな所で生活しないでしょ」
「そんな物好きを探すのがクレアの仕事でしょ」
「えぇ~~~」
ハルはポンタの首輪に繋がってるリード紐を外す。
ポンタが自由に屋敷内を走り出したところで、ハルとクレアは二階へ上がった。
―――二階 舞踏会場
元は大商人の屋敷だったため、その屋敷には客人を招いてパーティをする広い空間がある。
そんな場所は、今は面接を行うための設営準備が行われていた。
そこにはクレア以外にも多くの若い男女が、あっちへ行ったりこっちへ行ったりと動き回ってる。
年齢は総じて十代ばかりで平均年齢は十五歳程である。
その中で言えば、十七歳のハルは最年長だ。
ハルは皆の姿を見ながら、クレアに話しかけた。
「さて、今回はどのくらい集まるかな。前回はゼロだっけ?」
「即戦力がね。なんせ全員が十歳前後だから。
スリの能力があっても、いざ逃げられなかった場合の戦闘力が乏しいし。
だから、候補生って形で今地下施設の方で訓練させてる」
「なら、今回こそは即戦力が欲しいところだね。
特にここ最近だと領主の屋敷を襲ったばっかりだから。
いつ兵士が差し向けられてもおかしくない」
「それもそうだけど、信用できる人が最重要事項だよ。
外の敵よりも内の敵の方が厄介なんだから。
裏切られたらとんでもない」
「ハルさん!」
その時、扉を開けて声をかけてきたのはクララだった。
その少女のすぐそばにはトゥララの姿もある。
その二人を見た瞬間、クレアは手で顔を覆った。
「あちゃ~、そうだった。実は、この二人がちょっとやらかしたっぽくてね」
「やらかした? 具体的には?」
「実は――」
そして、クレアはクルミ達が外で野盗達に襲われたこと、そして冒険者パーティに助けられたことを説明した。
その説明内容からハルは察した。
「もしかして、アタシ達が義賊であることをポロった?」
「みたい。まぁ、幸いその時は追及はしてこなかったみたいだけど。
だけど、問題はその冒険者パーティに勇者パーティの一人であるレイモンド様がいること」
クレアの言葉にハルは同意を示すように頷く。
「場合によっては、あのブタ領主がその怪物に依頼してくるかもしれない。
そうなれば、アタシ達に出来ることは逃げること一択」
「うぅ、やっぱり......私、とんでもないことしたんですね......」
自分の失敗に責任を感じたクルミが体を小刻みに震わせ、目に涙を浮かべた。
そんな彼女を見てトゥララが一言だけ告げる。
「うん、クルミ姉はやらかした」
「こら、追い打ちをかけないの!」
容赦のないトゥララを叱るクルミ。
その一方で、ハルはそっとクルミの頭に手を置いた。
「大丈夫。いざとなったら、アタシが全員を逃がすから。
それにまだそうなると決まったわけじゃない。
だから、今はその冒険者パーティに関する情報収集をして」
「っ! はい! このクルミ、死力を尽くして頑張ります!」
「うん、それでいい。トゥララもクルミのコントロール任せたよ」
「うん、任せて」
「あれ!? 私に対する信用は!?」
―――数日後
そんなこんなで時が過ぎ、面接本番。
舞踏会場は大手企業の面接会場のようになっており、横に伸びた長机に何人もの義賊メンバーが座っている。
その机の中央に座っている社長ポジションのクレアは、書類を片手に顔を引きつらせていた。
なぜなら、そこにいるのはあまりに堂々としたふざけた格好の道化師がいたから。
「受験番号七七四!
別の世界の学校からやってきましたナナシです!
本日はよろしくお願いします!」
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