第55話 探偵レイモンド
領主の屋敷から出て、しばらく歩いた先にある人通りの少ない道。
そこで立ち止まったレイモンドは、ナナシに振り返り聞いた。
「そういや、テメェ、俺にあの時声をかけたのワザとだろ?」
「おや、どうしてそう思うのかな? 名探偵の推理をお聞かせ願おうか」
「あぁ、良いぜ。まず、一つ目にあの男は間違いなく変態だ」
それから、レイモンドは自身の考えを語り始めた。
まず初めにレイモンドが気になったのはコマニーの視線であった。
視線は口よりも雄弁に真実や正体を語る時がある。
真っ直ぐ目を見れるか、目が合わないか。
それだけで相手が自信のある人物か否かが判断できるだろう。
同様にして、レイモンドはその目から語られるコマニーという人物を計った。
すると、コマニーの視線は時折目を合わせるも、その目は何かを考えてるかにように焦点が合わない。
加えて、目線が動いたかと思えば、気持ち悪い視線が全身を舐めるように駆け巡る。
その視線の対象はレイモンドだけではなく、ミュウリンに対してもそう。
つまり、コマニーは依頼相手に視姦していたということだ。
レイモンドの説明に、ナナシは顎に手を当てて答える。
「なるほど。しかし、それだけだと根拠は弱いな。
なぜなら、童貞は常に思春期を拗らせているから!
ぶっちゃけ俺だってそうなる自信は大いにある!」
「自信満々に言うことじゃねぇな」
「持たざる者にはわからないって境地じゃない~?」
呆れるゴエモンと、なぜかフォローするミュウリン。
レイモンドはナナシに対して何か言いたげな顔をしたがグッと堪えた。
「オレだってそこら辺の理解がないわけじゃねぇ。多少なりは我慢してやるよ」
「え、ヲタクに優しいタイプの元ヤンじゃん......好き」
「は、話を続けるぞ!」
そういう視線があること自体は仕方ないと寛大な目で見ているレイモンド。
だが、さすがの彼女も我慢できない出来事が起きた。
それがコマニーに仕えていたメイドの格好だ。
メイドや執事の姿や所作はそのまま使える主の評価に繋がる。
書さがキッチリしていれば、貴族としての教育が行き届いているということになり、貴族にとって使役するメイドや執事の言動は格好は気を付けるべき重要事項なのだ。
しかし、コマニーに至っては論外だ。
私利私欲に格好を好き勝手に改造している。
加えて、それが従業員の了承を得ているなら未だしも、その時見たメイドの目はとうに光を失っていた。
この時点でレイモンドはコマニーという男を“クソ野郎”と評価したが、やはり極めつけはナナシが話しかけたあの時だろう。
「最初こそ、テメェが話しかけた意図が『一応、相手は貴族なんだから言動は柔らかく』って意味だと思った。
だが、その後のテメェの行動とあのクソ野郎の反応を見て、あの行動には別の解釈が必要だと理解した」
「ふ~ん、というと?」
「あの紅茶、惚れ薬かなんか入ってたんだろ?」
「......歩きながら話そう。ここで立ち止まるのもなんだしね」
ナナシは歩き出し、先頭に立つ。
その後ろを三人がついていった。
そして、ナナシは話し始める。
「結論から言えば、そうだね。ただし、レイとミュウリンが出された紅茶には性的興奮を強めるもの、俺とゴエモンのコップには隷属関係の魔法陣が付与されていた」
「なんでそんなことがわかったんだ?」
レイモンドは首を傾げる。
ナナシは振り返り、後ろ向きで歩きながら答えた。
「まず初めに、俺が一番最初にカップに触れた時、取っ手の部分から魔法発動の干渉を受けた。
結構強力なもので、俺でなきゃ防げなかっただろうね」
「大将、俺も何も無かったが?」
「.......俺とゴエモンじゃなきゃ防げなかっただろうね」
「カッコつかないね、ナナシさん」
ナナシはコホンと一つ咳払いして話を続ける。
「ま、効かなかったのには理由がある。
俺は常に状態異常魔法の干渉を受けないようにしてあるから。
ゴエモンの場合は、鬼人族の国には古くから瞑想という技術がある」
瞑想......それは鬼人族に古くから伝わる気のコントロール技術だ。
気とは、魔力にも似た生命エネルギー全般のことを指し、優れた武人はその気を巧みに使うことで、肉体の強化や新陳代謝の向上を促すこともできる。
そして、瞑想によってコントロールされた気は様々な恩恵をもたらす。
意識を深く落とす――無意識領域に近づける――ことで、通常の考えでは思い当たらなかったひらめきを得たり、遥か昔の記憶を引っ張り出すことができる。
また、状態異常に対しての回復効果もある。
体内の気をコントロールすることで、新陳代謝を向上させる。
気は生命エネルギーなので、生きるために不必要な要素は排除しようとするのだ。
その結果、自身に被った異物を排除することが出来るのだ。
毒、麻痺、洗脳、催眠などなど、瞑想の練度が高ければ、それらは一瞬にして打ち消せる。
つまり、状態異常に対して完全耐性がついたということになるのだ。
「優れた武人は体内に異物を感じた際に、すぐに瞑想して排除すると聞くし、ゴエモンもそうだったんじゃない?」
「......確かに、言われてみればコップを持った瞬間、呆然と紅茶の水面に浮かんだ自分の顔を見てたっけ。すぐにハッとしたけど」
「そう、それ。瞑想が習慣化されると自分の無意識に取り込まれるらしいからね。
気づかなかったのも無理はないと思う。
もっとも、この俺だったらそんなゴエモンの瞑想も打ち破れるんだけどね!」
「どこに対抗意識を燃やしてんだテメェは」
レイモンドは腰に手を当ててドヤ顔するナナシに肩を竦めた。
そして、一瞬にして脱線した話を戻していく。
「なるほどな。で、オレの惚れ薬うんぬんの時はテメェがわざと肩に触れることでレジストしたのか」
「客人に出してくれた紅茶を飲まないのは失礼だからね。
だからといって、みすみす俺の目の前であの男に仲間がデレる姿なんてそんなの.......実質疑似NTRのようなものじゃねぇか!
あー! 今思ったら凄く腹立ってきた! 駆逐してやる!」
ガーっと怒りが沸きだしたナナシ。
ガニ股になって憎き領主がいる所へ歩き始める。
しかし、そんな彼を止めたのはミュウリンだ。
「どうどうどう、落ち着いてナナシさん。
ボク達はナナシさんのおかげで無事だったんだから」
「だが、しかし! この昂りはどうすればいい!」
ナナシの言葉に、ミュウリンはそっと両手を広げた。
「吸うかい? 落ち着くぜ」
「.......うん、間を取ってレイ、お願いします!」
「何の間を取ったらその結論に至った?
それに......消去法みてぇな選択はなんか嫌だ」
レイモンドは抱き着こうと飛び込むナナシの顔面に手を掲げ防いだ。
それによって、ようやくナナシの暴走は沈静化する。
そんな目の前のイチャイチャを見せつけられた、ゴエモンは胸やけしたような顔で話題を変えた。
「で、ここまでされた相手の依頼は受けるのか?」
「あぁ、受けるよ。面白そうだし」
「面白そうってな......まさかあの領主が言ってたように本気で潜入するつもりか?」
「モチ!」
自信満々にサムズアップするナナシに、ゴエモンは呆れた顔をした。
一体彼のどこからそんな自信がわき出してくるのだろうか。
そんな自信のままナナシは言葉を続ける。
「さて、肝心の潜入なんだけど、それは俺だけでいっかなって思ってる」
「どうしてだ?」
ナナシは人差し指を立てる。
「まず一つ、ミュウリンの評判を落としたくない。
ミュウリンはただでさえ魔族というレッテルが強い。
そのレッテルを払しょくするにはやはり善行は必要不可欠。
よって、義賊と言えど泥棒、犯罪の片棒を担がせるわけにはいかない」
ナナシは続けて中指を立てる。
「次にレイだが、君はミュウリンの護衛だ。
ミュウリンが一人の時にこの街の一般人が手を出すことは可能性として低いが、冒険者となれば話は別だ。
それに、今の所ミュウリンだけが特別扱いだが、未だに魔族の捕縛報酬金制度がある以上、一人にするのは危険だ」
「そこにオレがいれば抑止力になると。
確かに、わざわざオレにケンカ売る奴はいねぇな」
ナナシは最後に薬指を立てた。
「で、ゴエモンに関してだが......」
ナナシはしばらく口を開けたまま固まる。
そして、口を閉じ、ニコッと笑った。
「以上、この二つが理由だ」
「俺にはなにもねぇのかよ! まぁいいけどよ......」
「ともかく、三人には魔族の評判を高めるような鼓動を続けて欲しい。
後は俺が気になった情報を集めてくるとかね」
ナナシは言いたいことを言った後、ビシッと敬礼する。
「では、ナナシ二等兵! 戦地に向かってまいります!」
最後にそう言ってスキップしてどこかへ移動し始めるナナシを、残りの三人は見つめる。
彼の姿が豆粒ほど小さくなった頃、レイモンドが口を開いた。
「アイツがいない間、贅沢三昧してやろうぜ」
「いいね~」
「乗った」
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