第52話 道化師の手のひら
「ここが私達の目的ドンパッチオです。
旅人には過ごしやすい街だと思うので、どうぞ楽しんでいってください」
ナナシ達の旅に一時的にクルミとトゥララが参加してから一週間ほどが経過。
そして、辿り着いたのが次なる街であるドンパッチオ。
ドンパッチオはアールスロイスに比べると少し入り組んだ道が多いのが特徴だ。
門から伸びる大通りから少し外れた路地裏に迷い込めば、そこはもはや別世界。
賑やかな声や人々の活気があふれていた大通りとは違い、階段や坂が多いその路地裏は落ち着いた雰囲気が楽しめる。
大通りにある店が大衆向けだとすれば、路地裏にある店はこの街に住む知る人ぞ知る隠れた老舗と言うべきか。
そして、何より注目すべき点はやはり、この街のシンボルである勇者像であろう。
「これがこの街のシンボルの勇者像です。
四年前、魔族の襲撃にあったこの街を勇者様が救ってくれたそうなんです。
これはその時の勇者様の時の姿を示しているそうです」
縦五メートル、横三メートルの勇者像。
そこには若かりし頃のナナシの姿が銅像として存在している。
まだ、両眼も左腕も失っていない鎧に身を包んだ姿が。
「わぁ、凄いね~。カッコいい~」
ミュウリンはその銅像を見て素直な感想を零していく。
一方で、初めて見る自分の銅像にナナシは笑みを浮かべることは無かった。
なぜなら、その勇者が立っている上が魔族の屍だからだ。
天使が悪魔を倒した銅像のように、倒れている魔族の上に足を置き、剣を天高く掲げる勇者が目の前にいた。
もし、この姿が純粋に人類が魔族に勝った証として見るなら喜ばしいものだろう。
しかし、今のナナシにとってはこの世界の現状を示しているようにしか見えないのだ。
故に、笑えない。
笑ってはいけない。
それは彼が望む世界ではないから。
そんなナナシと同じようにレイモンドもまた同じ像を見ながら笑っていなかった。
彼女の抱えてる気持ちもおおよそナナシと似たようなものなのかもしれない。
―――なぁ、あの子じゃない?
―――あぁ、たぶんそうだ。だって、角の先が別れてるし。
―――ってことは、アレが魔族......。
周囲がザワザワとある方向を見て騒ぎ始めた。
街の元気のいい活気とは違い、疑惑や驚き、憎悪が入り混じったような不穏な空気が流れる。
その声は最初は小声程度の小ささだったが、周囲が同じようにしゃべり始めるためそのボリュームが次第に大きくなっていく。
その声にナナシ達も気づいた。
最初に周囲の様子の変化に気付いたのはレイモンドだ。
「なんだ? なんかやたらこっちを見てしゃべってるな」
「みてぇだな。おおよそいい気分はしないが」
レイモンドの言葉に返事をしながら、ゴエモンも周囲を見渡した。
所々聞こえてくる単語に二人は気分を悪くしていく。
ミュウリンもその声が自分に対することだと気づき、僅かに表情を暗くする。
そして、彼女がふと隣のナナシを見た時――彼は笑っていた。
ナナシは銅像に向かって歩き出すと、そばからぴょんと跳躍。
彼は勇者像の上に立つと力強く声を張り上げた。
「レディース&ジェントルメーン! 今日も天晴な一日でご機嫌麗しゅう。
さてと、皆さんが口々にする噂の通りこちらに居られるのは、これより未来の希望を担う美少女歌姫の魔族ミュウリンちゃんだー! 推せるでしょ?」
ナナシは全力でドヤッた。まるで言ってやったとばかりに。
その瞬間、勇者像の周りにいる住民達の怒りの矛先は魔族からふざけた道化師に変わる。
即ち――平和の象徴である勇者様の上に乗ってんじゃねぇ! と。
「降りろテメェ!」
「勇者様を汚すな! 早く引きずりおろせ!」
「ばか、勇者様の像には当てんじゃねぇぞ!」
ナナシに向かって色々な物が飛び交う。
桶だったり、靴だったり、小さな石ころだったり、人形だったりと。
それらの飛来物をナナシは躱し、時折バランスを崩して落ちそうになりながらもなんとか耐える。
「おいおい、勇者様が作ってくれた平和なのに人間同士が争っちゃ。
せっかく人類のために頑張ってくれた勇者が泣いちゃうぞ。
ほら、スマイル。スマ~イル」
「ふ......ふざけんな! 魔族と一緒にいる奴なんか人間じゃねぇ!」
「魔族と一緒になんて人間以下よ! 家畜よりも下だわ!」
「勇者様だって俺達の味方をしてくれるはず!」
ナナシの売り言葉に、住民達の買い言葉。
この場にいる住民達の怒りはどんどんヒートアップしていく。
投げられる物量も、まるでフィギュアスケートで選手の演技が終わった後に投げられる物かのように増えていた。
そんな状況でもナナシは悪態、性悪、大道化。
住民達の行動を頬を膨らませてププッと笑うと言った。
「いいのかな~、そんなこと言って。その皆が嫌いな魔族の近くにいる偉大なるお方を知らないわけじゃないよね~?」
その言葉はまさに鶴の一声。
全員が青ざめたような表情でナナシからレイモンドの方へ顔を移していく。
レイモンドは呆れたようにため息を吐き、ナナシを睨むと口を開いた。
「オレも案外知られてるもんだな、意外だったわ。
確かに、オレの名はレイモンド=アトラスジョーカー。
帝国にて名門のアトラスジョーカー家の嫡女にして、勇者パーティの盾騎士だ」
「「「「「......」」」」」
レイモンドの宣言によって、周囲はお通夜のように静まり返った。
そんな空気を切り裂くように声を張り上げるのはナナシだ。
「ここにいる皆がミュウリンの姿を見て魔族とすぐにわかるということは、すでに聖王国から面白いお触書が届いたのだろう。
例えば、勇者パーティの一人であるレイモンドが魔族の少女と歩いている。
魔族の少女に一切の危害を加えてはならない。
並びに、同じ人として扱うように......とかね」
ナナシの発言に住民達は唇を加えて拳を震わせた。
彼らに言いたいことあったとしても、正しくその通りであるために言い返せないのだ。
対して、ナナシは既に気付いている。
これがかつての仲間である聖女シルヴァニアの行動によるものだと。
彼女は昔、ナナシと旅をしてる頃に度々零していた――本当に魔族とは分かり合えないのか、と。
自分が周りに周知させるよりも早く住民達が気づいたということは、シルヴァニアが何かアクションを起こした結果なのだ、とナナシが思った故の今の行動だ。
「それでは盛大に叫ばしていただきましょう! 人族と魔族が手を取り合う世界に幸あれ!」
そこは度々ナナシが起こしてきたオンリーステージ。
誰もナナシの行動を止められない。
住民も、騒ぎに気付いた兵士も、この街にいる冒険者も。
ナナシは言いたいことが言えてスッキリした顔をすると、勇者像から降りる。
そして、ルンルンな様子でミュウリン達の元へ戻って行く。
「いや~、わからせ、またの名をざまぁって言うのは、なんともまぁピタッとハマると気持ちがいいものだね。久々にハッスルしちゃったよ」
飄々として言うナナシにレイモンドは大きくため息を吐いた。
「ったく、自分が傷つかなきゃ死ぬ病気かテメェは。
自分で勇者像を踏むとかどんだけの行動してるのか自覚あるのか?」
「ふふっ、だけどそれこそ道化師ってもんじゃない?」
「まぁ、ある意味道化師としちゃ百点満点のとんでも行動だがぁ......」
そんなことを言うゴエモンは首を擦りながら、目線をそっと下に向ける。
彼の視線を追ってナナシも下に向けた瞬間、ナナシはギョッとした。
「......」
ミュウリンが今まで見せたことない怒りの表情を見せていた。
怒りで歪むはずの表情が一周回って真顔になっている。
されど、いつものゆるふわな目つきとは違う、威厳のある怒りに満ちた目がそこにはあった。
「......ナナシさん、後でお話があります」
「すぅー.......はい」
ナナシはそっと両手首をくっつけ、ミュウリンの前に差し出した。
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