第49話 聖王教会の守護派
アールスロイス支部冒険者ギルド統括――即ち、ギルドマスターと呼ばれる男の名はバルムンク=フェザリング。
スキンヘッドに爪痕のような刺青を入れ、二メートル近くの体格。
丸太のような隆起した筋肉は、見た目だけで言えばどこかの野党のボスだ。
そんな見た目とは裏腹に彼は至って真面目であり、弱気を助け強気をくじく強い正義感を持っている。
よく冒険者同士のケンカに割って入っては、(見た目で)泣かせることもしばしば。
また、彼は冒険者としても超一流だ。
今でこそ現役を退いているが、彼が冒険者だった頃の冒険者ランクは金ランク。
銀ランクから人外に片足を突っ込むと呼ばれる冒険者ランクの中で、彼に至っては両足を突っ込んでは数歩歩いている。
掲げた戦歴、功績は山の如く。それこそ、魔族との戦争の際にも活躍していた。
もはや彼に勝てるのは勇者以外にはいないだろうと呼ばれる傑物。
それがバルムンク=フェザリングという男。
故に、冒険者ギルドでは彼はある意味勇者よりも有名な存在であり、信頼に足る人物だ。
そんな男が冒険者ギルドに居なかったのは理由がある。
「ハァ~、まさかこんな形で見つかるとはな。
しかも、随分とまぁ厄介なことになってやがって」
バルムンクは目の前にいる巨大な教会を見ながら、無い髪をかいていた。
表情からは困惑した感情が如実に表れている。
彼がいるのは勇者発祥の地とされる聖都マグストタットがあるハイエス聖王国。
魔族を捕縛するように指示を出した聖王教会の総本山だ。
そう、アンチ魔族の人達で溢れかえってるといっても過言ではない場所だ。
そんな場所にバルムンクがいる理由はただ一つ――アールスロイスで起きた大問題だ。
「.......ハァ、行くか」
あまり気乗りしないバルムンクは小さな歩幅で、まるで錘が繋がってるように足を動かす。
有名なバルムンクは二人の門番がいる鉄柵の門を顔パスで入って行く。
それこそ、彼の知名度は二人の冒険者が彼が入門する際に敬礼するほどだ。
まるで死にかけのフランケンシュタインのような猫背で歩くバルムンクに、たまたま近くに通りかかったシスターが話しかけた。
「あら、バルムンク様ではないですか! 突然の訪問とは珍しいですね。
今日はどういったご用件でしょうか?」
バルムンクは姿勢を正すこと答えた。
「悪いな、急に来ちまって。実は至急知らせたいことがあったんだが......聖女様はいるか?」
「シルヴァニア様ですか? シルヴァニア様なら丁度先ほど祈りの義を終えたタイミングなので、会えると思いますが......」
「そうか。わかった。なら、行先は見当がついてる」
バルムンクはそう言ってすぐに走り出した。
「あ、ちょっと! 聖女様は今体を清めて――って行ってしまいました」
そんな彼の背中に向かって急いで声をかけるが、聞こえている様子はない。
一瞬焦りの表情を浮かべるシスターだったが、「ま、バルムンク様なら大丈夫でしょ」とすぐに楽観的になって彼を見送った。
そんな言葉に気付いていないバルムンクは急いで教会の裏に向かっていく。
「確か、祈りの義が終わった後にはそこに行くって聞いたことがある。そこなら会えるだろ」
バルムンクは裏庭に辿り着くと、水瓶から水を流す女神像の前に目的の人物がいた。
その瞬間、彼の目は衝撃に目を奪われた。
水瓶の水を全身に浴びる透き通るかのような白髪の女性。
バスローブのような湯あみ着に身を包んだ彼女の全身は、水によって肌にはりつく。
雪のように白い肌、母性を感じさせるような大きな胸が僅かに透けて見える。
深紅の宝石のような赤い瞳が女神像を見つめていた。
直後、何かの気配を察したようにシルヴァニアの深紅の眼光が動く。
「誰ですか!」
シルヴァニアは叫びながら咄嗟に身をよじらせ、手で局部を隠くす。
頬を赤くしながら、目つきは視線の主を睨んでいた。
しかし、その視線は誰かわかると敵意は消えていった。
「バルムンクさん......」
シルヴァニアに名前を呼ばれたバルムンクは顔を下に向け、両手を頭上に掲げていた。
降伏のポーズであり、白旗宣言でもある。
つまりは故意ではなかったと言外に伝えているのだ。
もっとも、それは相手の捉え方次第だが。
「......奥さんと娘さんに伝えますよ」
疑惑の目で見るシルヴァニアに、バルムンクは弱弱しく答えた。
「勘弁してくれ」
―――相談室
場所は移動して、教会の奥にある机と椅子、それから壁際に置かれた本棚に並べられた約聖書があるだけの質素の部屋。
現在、そこには机に向かい合ってシルヴァニアとバルムンクが向かい合って座っていた。
「もう、覗き見るなんて何時からそんな変態さんになったんですか?
それが英雄色を好むってことなら、潔く牢にぶち込んでやりますが」
「いやいやいや、勘弁してくれって!
ただでさえ最近、娘の友達を見た目で泣かせてしまって娘からは怒られたってのに、そんな話を流された日には一家離散は間逃れない!」
「それじゃ、もってますよね? これ」
シルヴァニアは頬杖をつき、もう片方の手で丸を作る。
いわゆるお金のジェスチャーだ。
そんな彼女にバルムンクは顔をしかめてツッコむ。
「聖女様のやることじゃねぇ......」
「さすがに冗談ですよ。あ、でも、くれるって言うのなら慰謝料でもお布施でも適当に名前つけてもらいますよ」
「よく聖女様やれてるよな」
「意外とこの俗物的な態度が女神様には好評なようで♪」
瞳をキランと輝かせながらサムズアップするシルヴァニア。
バルムンクは目の前の人物が教会のトップの一人だと思うと頭が痛くなった。
そんなアイスブレイクも済ませたところで、シルヴァニアは本題に入る。
「それでわたしの裸を覗き見るほどに急ぎの用とはなんですか?」
「そこはもうつつかんでくれ。
至急伝えたいことは丁度俺が管理する冒険者ギルドで、レイモンドが妙な二人の男女とパーティを組んだ」
「え、それって......っ!?」
シルヴァニアは察したように両手で口を覆った。
そんな彼女の態度にバルムンクは頷く。
「あぁ、容姿はすっかり変わっちまったが、その二人うちの男の方はアイトだ」
「そっか、レイちゃんがついに......良かったね、レイちゃん。
それにあのお人好し堅物バカも生きててよかった.......」
シルヴァニアは自分のことのように嬉しそうに喜び、目からは涙を流した。
聖女シルヴァニアはかつての勇者パーティの一人である。
魔王が倒された後に聞いた勇者の失踪に対して彼女自身も気が気ではなかった。
だが、彼女の場合は聖女という立場のせいで思うように身動きが取れなかった。
故に、代わりにレイモンドに勇者捜索の旅に出て貰っていたのだ。
シルヴァニアにとって勇者が生きているというのは朗報以外の何物でもない。
そんな彼女の気持ちを知っているからこそ、バルムンクは口が重たかった。
もう一つの朗報とは呼べない爆弾について。
「でだ、もう一つ話さないといけない情報がある」
「ん? どうしたの? そんな思い悩んだ顔して。アイト君とレイちゃんが結婚したとか?」
「そんな話ならもっと酒の席で言ってるよ。問題なのはアイトが連れていた人物だ」
「確か、レイちゃんが会った人物が男女の二人で、そのうち男性の方がアイト君だから......まさかアイト君の恋人!?」
「すぐに恋愛に結び付けたがるようだが違う。
その少女が魔族だったことだ。しかも、角も隠さずに堂々と歩いてな」
バルムンクの言葉に、先ほどまで浮ついてたシルヴァニアの顔が一気に険しくなる。
彼女はすぐに気づいたのだ。
この事の重大さについて。
「どういうわけかその少女は冒険者カードを持っていた。
加えて、アイトの方も名をナナシに改めて新しい冒険者カードを作っている。
つまりだ、アイトは何らかの理由でその少女と行動を共にしてるってことだ」
「なるほど、確かにアイト君が容姿と名前を変えていたのなら、勇者と気づかない可能性はありますね。
そんなアイト君が魔族の女の子と一緒に行動している理由。
たぶん、彼のことだからまた良からぬ事を考えてるかも」
「良からぬ事?」
「彼や人類にとっては結果的に良い事だけど、彼の前科を知ってる身からすれば良からぬ事なんですよ。
まぁ、今回はレイちゃんが見張ってくれると思いますから、大丈夫とは思いたいですけど......なんだかんだレイちゃんはアイト君に甘いからな~」
シルヴァニアは腕を組んで「う~ん」と呻る。
彼女はカッと瞑っていた目を開くと、「わからないからとりあえず続きお願いします!」とバルムンクに話を促した。
「現状、俺がもっとも伝えたい情報はこの二つだ。
ちなみに、俺がここに来るまでに私兵の諜報部隊からの情報だと、アイトの奴はアールスロイスに来る前のアドマーゼルでも同じように、冒険者に少女が魔族であることバラしているらしい」
「魔族である角も隠させず、魔族がいることを教える?」
首を傾げるシルヴァニア。
彼女の様子を見ながら、バルムンクは背もたれに肘をかけて言葉を続ける。
「アドマーゼルでは頭のおかしい道化師の戯言みたいなことで、あまり大事にはならなかったみたいだ。
だが、今回はレイモンドがいる以上、噂の爆発力と話題性が違う。
私兵に口止めするように伝えてるが、全員の口に戸を立てられるわけじゃないからな」
「道化師? レイちゃんも関わってるの??」
シルヴァニアは頭を悩ませた。
なぜなら、勇者のその行動ををするメリットは何もないからだ。
現在においても、魔族に対する人類の敵意は強い。
そんな状況で魔族の存在を周知させる意味は何もない。
むしろ、聖王教会にケンカを売っているようなものだ。
「まさかわたしに向けて?」
シルヴィアはポツリと呟く。
ハイエス王国は女神であり聖神であるリュリシールを崇める宗教国家だ。
そして、その国家で強い発言権を有しているのは聖王教会。
しかし、その聖王教会も一枚岩ではない。
現状、聖王教会は魔族を捕縛するように懸賞金を出しているが、それは総意ではないということだ。
討伐派であるその勢力に対する対抗勢力であるのが、聖女シルヴァニア率いる守護派だ。
守護派は主に魔族の保護および共生を謳ってる。
仮に、勇者の行動がその勢力に向けられたものなら話の筋は通る。
「バルムンクさん、現状で討伐派の動きはありますか?」
そして、バルムンクは守護派の一人である。
「いや、今のところはその話は聞いてねぇ」
「なら、善は急げですね。早速動きましょう。
全く、あの前科持ちは何を考えているのやら。
けれど、それがわたしと一緒だとするなら、やはりあなたは勇者ですね」
シルヴァニアには席を立ちあがるとすぐに動き出した。
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