第48話 魔族からの忠告
宴もたけなわと言った頃、クズジヤンの秘書であるイマリがやってきた。
そんな彼が口を開いて話題に出したのは魔族の現状について。
その話題はナナシの興味を引くには十分すぎた。
ナナシは乾いた喉をお酒で潤しながら聞いた。
「魔族の現状ね。それまた気になる話題を出してきたもんだ。
一番最初にそんな話題を出してくるなんて、どんだけ俺のツボを心得てるのさ?」
「そりゃあ、あんな堂々と魔族と仲良くしたいなんて言われちゃ話題にもしますよ。
それも他ならぬナナシさんが言ったとなれば、ね」
イマリの言葉を聞いていたのはナナシだけではない。
ゴエモンは魔族が攻め込んできた人魔戦争に関してあまり関わってないため黙って聞いてるだけだが、当事者であるレイモンドは黙ってることは出来なかった。
レイモンドは半分寝ているミュウリンが横に倒れるのを防ぎながら、興味を持つようにイマリに尋ねた。
「その言い方するってことは、テメェも魔族なのか?」
「そうですよ。今はこの首にかけている魔道具で角を隠すことで姿を偽ってますけどね。
逆に言えば、それだけ魔族にとって今が生きづらいってことなんですよ。
だからこそ、そちらにいる姫様があまりにも堂々とし過ぎてビックリしましたけど」
「ミュウリンのことを知ってるのか?」
ナナシの質問にイマリは頷く。
「当然知ってますよ。もっとも逆はどうかわかりませんが。
姫様の存在が確認できたからこそ、ナナシさんが勇者だと気づけたんです」
「気付いてたとして、それでもわざわざ近づくなんて随分と胆力あんじゃねぇか、ボウズ」
「武人が多いと言われる鬼人族の方にそう褒めて貰えるのは素直に嬉しいものですね。
ですが、それが僕がナナシさんとの約束なので」
実は言うと、イマリはトイリャンセ迷宮でナナシを襲撃したフードの仮面人物なのだ。
あの時の襲撃でナナシに完敗したイマリは「後日改めて説明に行きます」と約束をして、それを果たしたのが今なのだ。
「で? そんなテメェがわざわざ話す内容ってのは?」
「あぁ、話が逸れてしまいましたね」
レイモンドによって軌道修正された魔族の現状という話題に対し、イマリは説明を始めた。
現在、魔族の界隈では二つの勢力に分かれている。
その勢力を簡単に言い表すのなら、“穏健派”と”過激派”である。
過激派は読んで字のごとく、戦争に負けてもなお再び人類に対して牙を向こうとしている敵対勢力のことだ。
魔王が打たれた今となっては、過激派の中でもさらに複数に分かれて王の座を争っているとのこと。
それがある程度収拾がつくまでは魔族が人類に対して直接的に牙を向くことは無い――というのがイマリの見解だ。
そして、もう一つがイマリが所属する穏健派だ。
こちらも主に二つの勢力に分かれていて、どうにかして人類と共存できないかと模索する勢力と、触らぬ神に祟りなしと閉鎖的に生きることを決めた勢力がある。
その中でイマリは共存派であり、クズジヤンの秘書として働いていたのは現状の人類の日常や文化、常識を理解するための情報収集といったところだ。
また、それ以外にもう一つ重要な目的がある。
それが――勇者および姫様の現状を知ることだ。
「僕達穏健派は人類の情報収集の傍ら、ずっとナナシさん達を探してたんです。
姫様が隔離されていた村から勇者が生きているという情報は得ていましたが、まさか姫様と一緒に旅されてるとは思いませんでした」
「まぁね。ミュウリンには色々世話になったから、代わりにもっと楽しいことが溢れてる世界へ連れて行っただけさ。
それがどこまで上手く行くかわからないけど、今の所順調だ」
ナナシはチラッとミュウリンを見た。
ミュウリンはレイモンドを座椅子にしながらグースカと眠っている。
時折、緩む口元は何か楽しい夢でも見ているのだろうか。
「で、その穏健派が俺に会いに来た理由って? まさかそれだけじゃないよね?」
「そうですね。実の所、ここ最近過激派の一部が不穏な動きを見せています。
それこそこの世の理に干渉するようなちょっとヤバいやつを」
「それって......」
ナナシはレイモンドを見た。
レイモンドもナナシの言わんとすることを理解した。
なぜなら、彼女は実際に戦っているのだから。
「魔神か?」
レイモンドの言葉にイマリは大きく頷いた。
「もちろん、僕が魔族とて迷宮に存在していたアレを神だなんて崇めたくありません。
けれど、魔神モドキとは思っています。それだけ危険な存在ということです」
「それがどうしてあんな所に......?」
ナナシは聞いてみるが、イマリは首を横に振った。
「さぁ、それはボクにもわかりません。
しかし、この街では冒険者が帰って来ないことは多々あります。
なんせ冒険者ですし、冒険者にとって生死はある意味身近な存在ですから。
今でも年間千人が死んでると聞きますし、それだけなら何も疑問には思いません」
「ってこたぁだ。それでわかったのは、その失踪に疑問を思ったテメェがこの依頼を出したってことだ。違うか?」
「......さすがレイモンドさん。素晴らしい推理です。はい、僕がやりました。
ただ、勘違いしないで欲しいのですが、僕は皆さんを殺すためにあの依頼を出したわけじゃありません。
迷宮の入口に同胞のものらしき痕跡を見つけたので、ようじんしていただけで、ナナシさんという勇者の存在に気付いてたからこその判断です」
イマリは自分に非は無かったことを主張し、その後感心したように笑みを浮かべて言葉を続けた。
「ですが、まさか姫様と共闘してたとはいえ、レイモンドさんが倒してしまうと思いませんでした。
さすが勇者パーティの一人だと再認識しました。その肩書も伊達じゃありませんね」
「なんだ見てたのか。ハッ、おだてたってなにも出ねぇぞ」
「大丈夫だよ、イマリ君。そう済ましてるけど、実はめっちゃ嬉しい――痛っ!」
ナナシ、机の下でレイモンドに脛を蹴られる。
痛みに悶えながらナナシがレイモンドを見てみれば、彼女は鋭い目つきで睨んでいた。
とりあえず、ナナシが「かっこ可愛いね!」とサムズアップすると、真っ赤な顔で再び蹴られた。
そんなことがありつつ、ナナシは話題に戻る。
「とにかく、話はわかった。それが君が話したかったことかな?」
「そうですね。僕からの忠告は以上です。
姫様が元気な様子も見れましたし、噂の勇者がどんな人かもわかりましたから」
「どんな人だった?」
ナナシが頬杖をついてイマリに聞く。
イマリは少し上を向いて考えると答えた。
「少なくとも、キャラじゃないですよその姿は、とは思いましたね」
「えぇ~、そうかな~」
イマリは「それではお先に失礼します」と言って席を立ちあがる。
そして、背を向けて歩き出すが、数歩歩いたところで「あっ」と声を漏らして止まった。
「最後に一つ聞きたいのですが、風の噂で『魔族が戦争を仕掛けたのは邪神によって操られたせいだ』と聞いたんですが、アレってもしかしなくても噂の出所ってナナシさんですよね?」
「......どうだろうね」
「話はまだ穏健派にしか伝わってませんが、一部不快に思われた方もいましたが概ね好評でしたよ。
そういうボクもその“優しさ”しっかり受け取りましたから。それでは」
イマリは今度こそ去って行った。
その後ろ姿を見ながら、レイモンドは酒を飲む。
木製ジョッキをテーブルに置けば、ナナシに尋ねた。
「なぁ、ナナシ。さっきのアイツが姿を偽ってたように、ミュウリンが堂々としてるのは不味いんじゃねぇか?」
「どうして?」
「どうしてって......お前は容姿が変化したから気付く人も少ないだろうが、今回オレが関わっちまったことでミュウリンのことがかなり大きく取り上げられちまった。
仮にここでオレがテメェらのそばから去ったとしても、ミュウリンが魔族だって事実が覆るわけじゃねぇ。そこら辺テメェはどう考えてんだ?」
「あーそれね」
ナナシは残り少ない木製ジョッキに入っている酒を一気に飲み干していく。
ジョッキを机に置き、背もたれに寄りかかって天井を見上げた。
「大丈夫。なんとかなるよ。なんたってレイがいるから」
「ハァ? オレがなんだよ」
「勇者パーティはレイだけじゃないってこと。
あれだけ騒がした冒険者ギルドでギルマスが出て来なかったのはそういう理由さ」
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