第47話 尊いの過剰摂取は危険です
女性冒険者の行動をキッカケに、冒険者ギルドは少しずつ活気を取り戻してきた。
そして、昼間から行われた始めたナナシ率いるライブは夜まで続いた。
夜の頃には酒の力も相まって、もうほとんどの冒険者がいつもの陽気さになっていた。
もちろん、全員というわけじゃないが、それでもナナシが望んでいた光景がそこにはあった。
「なんだか訳ありだと思ってたけど、まさかそんなことしてたなんてね」
「立ち会えなかったのが残念」
酒場と一体型になったそのギルドの一角。
テーブルの席につくナナシの前にはハンナとアローマの姿があった。
彼女達は周囲の光景を見ながらそのようなことを呟く。
現在、ナナシの席にいるのはその二人だ。
レイモンドはファンに囲まれてるし、ゴエモンは飲み比べをしながら下世話な話をしていて、ミュウリンは仲良くなった人達と楽しそうに話していた。
ハンナは木製ジョッキに入った酒を軽くゆすって回すと一口飲む。
彼女は口を滑りやすくしたところで口を開いた。
「それだったら最初から言ってくれれば良かったのに」
「それはそうだけどね。二人が魔族が嫌いだったらと思ったら怖かったのさ。
ただでさえ実力があるのに、それで敵に回られたらと思うとゾッとするよ」
ナナシの言葉にアローマは頬杖をついて笑った。
「ふふっ、全く何を言ってるのかしらね。
あなたの方がずっと強いじゃない。ね?――勇者様」
「ぐふっ」
アローマの突然のカミングアウトにナナシはむせた。
彼は口元を咄嗟に袖で拭うとその言葉の意味を尋ねる。
「どうしてそう思うの?」
「ま、ほとんど勘だけど、理由を言うとするならこんな具合かしら。
レイモンド様がわざわざ行動を共にする相手なんだから、よっぽどの重要人物かはたまた旧友か。
それにレイモンド様はずっと勇者の行方を捜してるって噂も聞いてたしね」
「だとすれば、こんな風にのんびりしてるのは目的を達成したとしか考えられない。
それに勇者様だったら魔王を倒した次は魔族との共生ルートってね。ありえそうな話だし」
アローマの言葉にハンナが続く。
その後、二人は「他の人にはバラしていない」と言葉を付け加えた。
それらを聞いたナナシはあまり嬉しそうな顔をせずに返答した。
「ぶっちゃけ虫の良い話だと思ってるよ。だけど、それを相棒が望んでるんだ。
だったら、俺はそんな夢物語を語るにピッタリな存在になるしかないじゃない。
それにもうこの世界に勇者はお役御免だしね」
「別に虫が良い話とかではないんじゃない?」
アローマはさらに乗った串に刺さった野菜と肉を一緒に口の中に放り込んでいく。
そして、美味しさに舌鼓を打ち、食べ物を飲み込んだ後に言葉を続けた。
「昔っからあるじゃん。属国みたいな、そんなの。
勇者様がやろうとしてるのも似たようなもんでしょ。
だから、別に変に気負う必要はないんじゃない?」
「っ!」
「そうそう。確かに、恨んでいる人も多いだろうけど、ぶっちゃけほとんどの人は戦争が終わって安堵してる。
それを蒸し返そうってんなら、むしろそっちの方が怒る人が多いんじゃないかしら?」
アローマとハンナの言葉を聞いてナナシは少し心が救われたような気がした。
口につけたお酒も先ほどより美味しく感じる。
「全く、二人ほど男の扱いが分かってるってのにモテないのは世の中が間違ってる気がして来た」
「あ、そうそう! そういえば、全然いい男いなかったわよ!」
「ちょっとアリかなって思っても弱っちいし。そんでね――」
それから、ナナシはしばらく二人の愚痴を聞いた。
しばらくして、聞き役に徹しているナナシに一方的に話すハンナに対し、アローマが一度会話をストップさせて耳打ち。
その後、ハンナは理解したように椅子から立ち上がった。
「ちょっと用が出来たから。席を移動するわ」
「話聞いてくれてありがとね。またどこかで」
「あぁ、またな」
手を振る二人にナナシも小さく手を振り返す。
すると、丁度二人がいなくなったタイミングでレイモンドが席に着いた。
「おぉ、レイ。人気者は大変――」
「さっきの二人はあの時、テメェが連れてきた女性冒険者の二人だよな? 何話してた?」
レイモンドが少し睨むような視線でナナシに問い質す。
ナナシは妙な圧を感じながら答えた。
「あぁ、俺達が依頼をこなしてる最中の旅館の出来事をね。それがどうかした?」
「......いや、なんでもねぇ。でもそうか、あの二人がか。今度礼をしとかなきゃな。
にしても、随分と親し気だったな。まぁ、テメェの存在を知らないなら仕方ないか」
「いや、二人は気づいてたっぽいよ。
だけど、たぶん出会った頃の話しやすさでも相手は許してくれると見込んでたんだろうね。
俺もそっちの方が話しやすかったから楽だよ」
ナナシが正直にそう言うと、なぜかレイモンドはムスッとした顔をした。
彼女は特に何か言うわけでもないが、頬杖をついてそっぽ向く。
ナナシは女心の難しさに苦笑いしか出来なかった。
「よう、飲んでるか?」
「飲んでるか~?」
そんな気まずい空気を壊すようにデロデロなゴエモンと、ほろ酔いのミュウリンがやってきた。
二人は空いている席に座ると絡んでくる。
「おい、ナナシ見てたぞ? あの二人って前に一緒にいた姉ちゃん達だよな?
なんだ? 同時に二人とはやる――痛った!?」
絡み酒ゴエモン。テーブルの下にて、レイモンドから足を踏まれる。
彼の発言は機嫌の悪いレイモンドからは地雷だったようだ。
その一方で、お酒でぽわぽわしてるミュウリンがナナシに話しかける。
「ナナシさん、元気足りないね~。もっと笑わないと。ほら、スマ~イル」
ミュウリンは両手の人差し指で口角を上げる。
ふわりとした笑みが表情に表れた。
その表情を見てナナシは大きくため息を吐く。
「ハァ~~~~、相棒が可愛すぎて辛い」
「はっはっは、もっと褒めたまえ~。そして、悶えたまえ~。それ、ギュッっとな」
ミュウリンはナナシの隣を良い事に、大胆に抱き着いた。
その突拍子もない行動にナナシは叫び、レイモンドは目を見開いて固まった。
「ギャアアアア! お客様ー!? おやめください、お客様ー! 死んでしまいます!」
「ほうほう、強めがいいのか? それとも、優しくがいい?
ふふっ、ナナシさんも好きなくせに。ムッツリスケベさんめ~」
「グアアアアァァァァ!?!? あ、尊っ――」
「なんだなんだ! 羨ましい! だが、俺には嫁が......」
「やめろミュウリン! それ以上はダメだ! ナナシが白くはなり始めてる!」
ミュウリン、お酒を飲むと気が大きくなる性質を持つ。
その結果、ミュウリンの絡みはバトルスタイルが“ガンガン行こうぜ”になるのだ。
ちなみに、その効果は好意を持っている相手か、からかって面白い相手にしかしないらしい(※ミュウリンが住んでた村人の意見)。
“尊い”と“可愛い”の栄養過剰摂取によって心肺停止になりかけていたナナシ。
レイモンドがミュウリンを引き離したことで一命を取り留める。
その後、ミュウリンはレイモンドの膝の上で保護されてた。
「ハハハ、とても楽しそうな光景ですね」
その時、ナナシ達の席に一人のフードを被った少年が現れた。
その声に聞き覚えがあったのはナナシだけだ。
「おや、どこの誰かと思ったらシャッチョサンの秘書君じゃないか」
「えぇ、ふらっと現れた道化師に痛い目に遭わされて絶賛傷心中のクズジヤン会長の秘書のイマリです」
ナナシは近くから椅子を持ってきて渡す。
イマリは「ありがとうございます」とそれを受け取って座った。
そして、彼は言葉を続けた。
「ここに来たのはナナシさんとの約束を果たしに来ました。
それと後は個人的な興味というべきでしょうか。
僕が話したいことは今の魔族の現状です」
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