第46話 初めの一歩
ナナシ達が帰ってきた翌日の冒険者ギルド。
いつもなら喧騒で満たされるこの場所はまるでお通夜があったように静かだった。
冒険者にとって、外部から指名依頼が来たパーティは大変な名誉を得ると同時に大抵危険な仕事が多い。
それだけ実力について信頼されているという証なのだが、逆に言えば指名依頼を出すほどのっぴきならない状況になっているということでもある。
特に、迷宮においての調査依頼なんて特に死亡率が跳ね上がる。
ただでさえ、ダンジョンという何が起こるか分からない閉鎖的な空間で、危険な魔物や罠という身近な死因と隣り合わせで過ごさなければいけない。
加えて、“調査”である以上、そこは誰も立ち入ったことのない未開な領域。
ゲームで初見ボスに挑んで被弾が多いのは、そのボスについて圧倒的に情報が少ないからだ。
故に、情報ゼロで行く場所など危険極まりない。
加えて、ゲームとは違い、肉体的にも精神的にも披露するし、食事は必要だし、食べ物だって腐る。
魔法袋という魔道具があるが、それは一部の超一流冒険者しか持てない貴重で高価なものだ。
持っていない冒険者がほとんどで、餓死することも多い。
それらの理由から調査依頼というのは危険なのだ。
また、その調査依頼自体が罠という可能性も相まって。
そのため、調査依頼から帰ってきた人達は冒険者の中でも特別視されやすい。
しかし、今回ばかりは勝手が違った。
今回、調査依頼を受けたの新人冒険者パーティ。
冒険者の一人に勇者パーティの一人であるレイモンドがいるとはいえ、残りの三人は冒険者名簿にも登録されたばかりの実績のない新人ばかりだ。
内一人は魔族だという。それもまた状況を複雑化させている理由でもある。
いくらベテランがいようと危険なことは変わりない。
むしろ、ベテランからすれば、足手まといな新人がいる方が死亡率は極めて高くなる。
加えて、依頼を出してきたのはクズジヤン。
経営拡大のためなら手段を択ばないその相手から出された調査依頼なら、十中八九罠と判断できる。
そんな依頼から誰一人死なずに生きて帰ってきた。
そのことに冒険者は驚きが隠せないと同時に、実力を見誤ったことを恥じた。
実力主義な冒険者界隈では、侮った相手に見返されるのは屈辱なのだ。
また、レイモンドが持って帰ってきた大木をいくつも並べたような巨大な指をを見れば、その先で戦ったことの大きさが想像できる。
もちろん、全部レイモンドがキャリーした場合もある。
そう考えれば心の安定も図れるだろう。
しかしそれが違った場合、辱めを受けるのは誰であろう自分だ。
だからこそ、冒険者は頑なに口を閉ざす。
「やぁやぁ、皆さん! 今宵のステキなショーにご参加いただきどうもありがとう!
これから奏でるメロディー、心地よい歌声にどうか楽しんでいってください!」
冒険者ギルドという場所をまるでステージのように支配するのはナナシだ。
ナナシはそばにいる可憐で小さい少女を紹介していく。
「そして、こちらが今宵美声を披露してくださる我が相棒ミュウリンだ!」
「どうも~。楽しんでいってね~」
「ふざけんなっ!」
ミュウリンの言葉に一人の冒険者が反応した。
背中に剣を二つ背負った半袖のピッタリとした服を着た男の冒険者だ。
当然ながら、誰もが保身に走って口を開かないわけではない。
中には感情のままに動いていく人達もいる。
むしろ、争いごとが多い冒険者の中ではそういった少々“雑”な性格の方が多かったりする。
「何が『楽しんでね』だ! 楽しめるわけねぇだろ!
テメェは魔族なんだろ!? どうなんだ? あぁ?」
ズカズカと歩き出し、ミュウリンの前に立つ。
殺気だった目つきは視線だけで人を殺しそうな気迫だ。
そんな冒険者の態度にも臆せずミュウリンは答えた。
「うん、そうだよ」
「テメェ! 女だからって容赦すると思うなよ!?」
「おい、テメェ!」
冒険者の男に胸倉を掴まれ、持ち上げられるミュウリン。
そんな彼女を見て咄嗟に動こうとするレイモンドだが、その行動をナナシが止めた。
「おい、ナナシ――」
「信じようぜ。それが信頼の第一歩だ」
ナナシの言葉に、レイモンドはのどまで出かかった言葉をグッと飲み込んだ。
そして、事の顛末を見届けるように静観する。
一方で、ミュウリンの胸倉を掴んだ冒険者は鋭い目つきで睨みつけ、言った。
「テメェら魔族のせいでどれだけの人間が死んだと思ってんだ!?
俺の友達も! 友達の家族も! パーティの仲間も!
俺だけじゃねぇ! ここにいるほとんどが被害者だ! そして、テメェは加害者だ!
一体どの面下げればこんな場所に顔を出せんだ!? あぁ!?」
冒険者の男は周りを巻き込んだ。
その声に俯いていた周りの冒険者達の顔が少しずつ上がる。
まるで冒険者側に正義があるかのように。
真っ直ぐぶつけられる殺気。
されど、ミュウリンは全てを受け止めるように目線を外さない。
そのことが冒険者の男を余計に苛立たせた。
「テメェら魔族がやってきたのは悪の何もでもない!
聖王教会が魔族を捕まえるよう特別依頼を出しているのも頷ける!
それだけの罪を犯してきたんだテメェらは!
いくら背後にレイモンド様が居ようと俺達の方に正義がある!」
ミュウリンはゆっくり口を開いた。
「......そうだね。あの過去の戦争は確かに魔族が起こしたもの。
だから、あなた達の言うことも最もだと思うし、何も言い返せない」
「そうだろうな!」
「だけど、それでも信じて欲しい。
ボク達魔族の全員がそうじゃなかったってことを。
魔族の中にも平和を望んでいる人達がいるということを」
「何言ってんだテメェ......!?」
冒険者の男はミュウリンの言い分に額に青筋を走らせる。
そんな彼にミュウリンはそっと胸倉を掴む手に両手を触れさせる。
「ボクが怖い?」
「うるせぇ触んな!」
瞬間、男は空いてる手で掴む手を薙ぎ払った。
その際、近くにあったミュウリンの頬も同時に叩かれた。
「くっ!」
「っ!?」
力強い一発はミュウリンの口内を切ったようで、床に少しだけ血が飛び散る。
そのようなことをされても、ミュウリンは再び手を取った。
「ボクは怖くないよ。大丈夫、怖くない」
「俺は怖がってねぇ――」
「ボクはナナシさんに連れられてこの世界を見て回ってる。
訪れた街はまだここで二か所目だけど、それでもたくさんの笑顔が溢れてることが分かった。
ボク、笑顔を見るのが好きなんだ。楽しそうに笑ってる姿はこっちも嬉しくなるから」
「.......」
「もちろん、最初はボクがこの姿のまま歩くのはどうかと思った。
勘の良い人はボクが魔族だって気づくし、僕自身も酷いことをした種族なのに堂々と歩いて良いものか迷った」
ミュウリンはポツリポツリ語り出す。
実感がこもったその言葉に乗せる感情は手の震えとなって表れる。
それを一番に感じ取ったのは当然冒険者の男だ。
「でもね、こんなボクでも認めてくれる人がいる。そばにいてくれる人がいる。
魔族であるボクのために魔族が生きやすい世界を作ろうとしてくれている人がいる。
そんな人が近くにいるなら、ボクも前に進もうと思うんだ。
ボクも人類も魔族も関係なく笑って暮らせる世界が見たいから」
「っ!」
ミュウリンはニコッと笑った。
冒険者の男はグッと拳を強く握るが、その手は次第に緩んでいく。
やがて、手はゆっくり降りて、ミュウリンが着地すると手を離した。
「......邪魔したな。帰るわ」
冒険者の男はミュウリンから背を向けて、この場から去ろうとする。
「待って」
そんな彼を止めたのは他ならぬミュウリンだ。
冒険者の男の足が止まる。
「一曲だけ良かったら聞いてって。皆が楽しめるように歌を作ったんだ」
「......一曲だけだ」
そして、ミュウリンはアカペラで歌い始めた。
その歌声に合わせ、遅れてナナシがギターを弾き始める。
レイモンドはバイオリンを弾き、ゴエモンはアコーディオンを演奏する。
冒険者ギルドに新たなメロディーと風が吹き込まれていった。
そして、曲が終わるとナナシとミュウリンが冒険者ギルドに来た時に対応してくれた女性冒険者がナナシ達に声をかけてきた。
「申し訳なかった」
その女性冒険者は恭しく頭を下げる。
そんな彼女の行動にミュウリンはすぐに声をかけた。
「頭なんか下げなくていいよ。ほら、上げて」
「いや、これはケジメだ。私が君達を軽んじていたことに対する謝罪なんだ。どうか受け取ってくれ」
「......受け取ったから上げて」
ミュウリンの言葉に女性冒険者は顔を上げる。
そして、自身の気持ちを口にした。
「私達人類の中にも攻撃的な人もいれば、保守的な人もいる。当たり前のことだ。
けれど、私はその可能性を考えながら、先ほどは自分のために見てみぬフリをしていた。
しかし、前にも言ったように私自身は魔族とも理解し合えると思ってる。
そして、今のあなたとなら仲良くできそうと思ってる」
「いいの? 魔族と仲良くしちゃ罰せられちゃうよ?」
「あなたのような清らかな心を持ち可愛らしい人と仲良くなれない世界なら、きっとその世界のあり方が間違ってるのかもしれないな。
私だって、平和の方がずっと好きだ。だから、私と友達になってくれないか?」
女性冒険者はそっとミュウリンに手を伸ばした。
ミュウリンは目をパチクリとさせた。
彼女の顔には期待と不安が入り混じったような感情が浮かんでいる。
彼女はは手を伸ばすが、その動きはとてもゆっくりだ。
「ミュウリン」
ナナシが声をかけた。
ミュウリンは隣を見る。
「君の心が躍る方へ」
そう一言だけ言うと、ミュウリンの背中をそっと押す。
一歩だけ前に踏み出したミュウリンは、静かに女性冒険者の手を取った。
「よ、よろしくお願いします......」
「よろしくな!」
ミュウリンは恥ずかしそうに言った。
対して、女性冒険者は嬉しそうに笑う。
「おめでとう」
その感動的なシーンにナナシは拍手しながら、そんなことを言った。
すると、それに続いてレイモンドとゴエモンも「おめでとう」と拍手する。
その拍手の輪はやがて冒険者ギルドを暖かな音色で包み込んでいった。
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