第45話 裸の付き合い
クズジヤンのいる高級宿屋から帰ってきたナナシ。
サイラスの旅館に辿り着くと、そこには入り口の前で壁に寄りかかるレイモンドの姿があった。
腕を組み待ち続ける姿。
さながら駅の近くで彼女と待ち合わせしているイケメン彼氏のようだ。
立っているだけで様になるのがまさにそうと言える。
レイモンドはナナシの気配を感じ取った様子で、閉じていた目をパッと開ける。
そして、俯かせていた顔を上げた。
「ようやく帰ってきたか」
「ごめんごめん。落とし物を拾ったはいいんだけど、ちょっと気になる出会いに誘われてね。
でも、ほらちゃんと言った通り帰ってきたでしょ?」
「テメェは前科持ちなんだかこれだけで信用されると思ったら大間違いだ。
ともかく、サッサと温泉は入れ。今なら貸し切りだそうだ」
「それは素晴らしい! 温泉♪ 温泉♪」
ナナシはスキップしながら、旅館へと入って行った。
―――温泉
サイラス旅館の温泉は初代当主によって様々な効能がある温泉である。
そのせいなのかは定かではないが、ナナシの目の前に広がる露天風呂のお湯は緑色をしていた。
「ほぉ~~~! いかにも温泉って感じだね!」
ナナシはお湯でサッと体を流していくと、湯船に入った。
彼がいつも縛っている三つ編みは解かれ、途中から色が変わった黒髪が背中で広がる。
目元を覆っていた黒い布も取り、彼は真っ白く染まった瞳で空を眺める。
モノクロに染まった夜空が脳裏に広がっていく。
「魔力切るか」
ナナシの視界を暗闇が覆う。
そして、彼は頭に乗せていたタオルで目元に蓋をした。
―――ガラガラガラ
その時、露天風呂の入り口の方から誰かが入ってきた音がした。
ナナシはゴエモンだろうと思い、特に気にすることもなく温泉の気持ち良さに体を溶かす。
ポチャンと隣に座ってきた。
一切声をかけることもなく。
それがナナシを怪訝に思わせた。
「ゴエモン、どうしたんだ? 今日は珍しく話しかけて来ないじゃん」
「そ、そりゃ、ゴエモンじゃねぇからな」
「ん? 今の声って?」
ナナシが体から魔力を放出しようとしたその時、その行動しようと声の主――レイモンドは止めた。
「待て、そのままでいろ。は、恥ずいから......」
「お、おう......」
温泉で旧友とそれも女性と混浴。
ナナシは普段の道化はどこへやらと言った様子でソワソワとし始めた。
彼はレイモンドの声がする方からそっと背を向ける。
「なんでレイがここに? 全く俺のことホント好きかよ~」
「......」
ナナシは精一杯茶化したのにレイモンドが答えてくれない。
その沈黙を肯定的に捉えてしまいそうで彼は困惑する。
気まずさで今にも逃げ出したい。
レイモンドはナナシの背中に刻まれた勇者の紋章を横目に見ながら言った。
「......少なくとも、嫌いなら今もお前の近くに居ねぇだろ」
「そりゃそうだけどさ......」
「テメェと別行動してる時に懐かしい記憶を思い出した。
お前をボコって、並ばれて、追いかけて、そして.......置いてかれた時のことを」
ナナシは下を俯いたまま黙る。
レイモンドのたったそれだけの文脈で何を言わんとしているのか理解したからだ。
そして、ナナシの予想通り、レイモンドはあの時のことを質問した。
俯く彼とは対照的に、夜空を見上げて。
「なぁ、アイト。なんであの時、一人で突っ走ったんだ?」
外から聞こえる僅かな通りを歩く人の声。
同時に音を主張するかのような鈴虫の輪唱。
数秒の些細なBGMだけが二人を包む。
ナナシはおもむろに口を開いた。
「......単純な話だ。ここで死ぬべき存在じゃ無いと思った。
幸せになるべきと思った。だから、俺は嘘をついた」
「ハァ、んなことだろうと思ったよ。予想通り過ぎて面白くねぇな」
直後、ナナシは背中にピタッと背中越しでもわかるスベスベでモチッとした感触を感じた。
レイモンドがナナシの背中に自身の背中を預けたのだ。
レイモンドはほんのり頬を赤く染める。
それは温泉で体温が上がった影響なのか、はたまた別の作用によるものか。
どちらにせよ、彼女はその表情のまま言葉を続ける。
「だけど、スゲーテメェらしい。オレが知ってるテメェのままだ」
「レイ......」
レイモンドはザバンと立ち上がる。
そして、ナナシの方を向いて言った。
「ほら、立て。背中流してやるよ」
「え、え!?」
突然の誘い言葉にナナシは動揺が隠せない。
一方で、言った張本人は顔を真っ赤にしながらも、強引に話を進める。
「おら、もたもたすんな。童貞じゃあるまいし」
「童貞ですけど!?」
ナナシはレイモンドに強引に腕を掴まれた。
素早く風呂桶とシャワーが設置された場所まで連れていかれる。
風呂桶に座らされたナナシは、レイモンドが泡立てた石鹸を使って髪を洗われ始めた。
有無を言わさずワシャワシャと。
最終的にナナシは諦めたようだ。
「相変わらずスゲーな、これ。
テメェと同じ転移者が作った石鹸ってのは。それにこのシャワーってのも。
今じゃ王宮の浴室に限らず、どこの宿でもこれらを見られるぜ」
「たぶん転生者もいるだろうけどね。ま、このせいであんまり異世界感は薄れちゃうけど、気に入ってるなら何よりだよ。やっぱ便利だしな」
ナナシの話を聞きながら、レイモンドは彼の髪をじっと見つめる。
彼女の目は悲しそうに細まった。
「この髪色、魔王と戦った時の影響か? それに両目や左腕も」
「......そうだね。左腕は単純に斬り落とされて、両眼は魔眼を酷使しすぎた影響。
この髪色は戦闘中の極度のストレス状態と、枯渇寸前まで魔力を使ったからだな」
「その割には変な色の残り方してるな。途中から髪色が復活してる」
レイモンドは泡の付いた手でナナシの髪を優しく持つ。
そして、その黒髪部分を見ながら言った。
「本当に律儀な奴だ。こんな状態でも約束を守ろうとしてるなんて。
だからこそ、余計にテメェに道化師は似合ってねぇよ」
「そうかい? 割に気に入ってんだけどな。
ほら、レイちゃん、ついでに背中も洗ってくれよ。ご奉仕ってやつ」
「そいつはただの変態オヤジだ」
レイモンドが右手に持ったシャワーの水をナナシの頭から流していく。
女性の髪を優しく扱うように手でそっと持ちながら。
髪を洗い終わったナナシが立ち上がろうとすると、レイモンドは両肩に手を置いて押さえつける。
「......立ち上がれないんだけど?」
「盲目男にうろつかれても困る。
そ、それに、その場合テメェにオレの裸見られることになるしな」
「出会った当初は、戦闘訓練で汗流す際、『テメェなんか金玉ついてないのと一緒だ』って言って風呂場に連れ込もうとしたくせに」
ナナシの急な爆弾発言に、レイモンドは顔を真っ赤にして反論する。
「い、いつの話してんだテメェは!? おら、じっとしてろ!」
「やめて! 女性が後ろにいると意識するだけで童貞には刺激が強いの!」
「うっせぇ! 所詮洗うだけだろ! こんなもん何度でも(小さい頃兄と)やったことあるわ!」
「え、まさかもうすで大人の階段を上られて!?
レイモンドさん、いや、レイモンド様とお呼びした方がいいのか?」
「ち、違う! オレにはまだそんな経験はねぇ! って、何言わすんだテメェ!」
「痛たたたたたたっ! 背中、背中削れる!」
レイモンドは羞恥心をかき消すように垢すりでゴシゴシとナナシの背中を洗い始めた。
ナナシが痛みで背中を逸らそうが手で肩を掴んで逃がさないように。
「あああああぁぁぁぁぁ!」
ナナシの叫び声は夜空に響き渡った。
―――一方その頃
旅館の一室にある窓に近い謎の空間。
そこにある椅子に座りながら、窓から月を眺めるミュウリン。
彼女はは聞こえてきた声に対して呟いた。
「青春だね~~~~」
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