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自称道化師の喜劇道~異世界出身のお調子者と魔族の相棒の陽気な珍道中~  作者: 夜月紅輝
第2章 異世界温泉復興物語

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第44話 説得は難しい

 ナナシ達が戻ってきたその日の夜。

 アールスロイス一番の豪華な宿屋の社長室。


 そこには明かりにもつけずに、月明かりを背に立ち尽くすクズジヤン。

 書斎机の上にある書類を思いっきり払いのけると叫んだ。


「なぜ上手く行かん! もう統治まで後少しだというのに!」


 クズジヤンは苛立ちの感情をそのまま声にした。

 両手で机をバンバンと叩いていく。


「こうなれば、奴らを暗殺して......」


「本当にそれで上手く行くと思いますか?」


 クズジヤンの独り言に反応したのは秘書のイマリだ。

 彼の姿を見たクズジヤンは怒りの矛先を彼へと向ける。


「勝手に入って来るな!」


「失礼しました。ノックを度々しましたが、反応が無かったもので勝手に入らせてもらいました。

 それで先ほどの話ですが、僕としてはオススメできませんね」


「なんだと!」


 クズジヤンはズカズカと歩き出すと、イマリの前に立った。

 イマリの胸倉を掴かみ、口から出るのは罵詈雑言。


「もとはと言えば無能のお前のせいじゃないか!

 お前がアロス様との話にあのような言葉を発さなければ!

 それに、お前もダンジョンに罠を設置したと言ってたではないか!」


「その発言には少々語弊がありますね。

 僕がクズジヤン様がアロス様と話してる時に発言した言葉は、そう思っただけで僕が提案した事柄ではありません」


 イマリはクズジヤンの胸倉を掴む手を掴み、そっと引き離していく。


「加えて、ダンジョンには天然の罠があると言っただけで、僕が仕掛けたことは言ってません。

 そもそもの話、勇者パーティの一人であるレイモンド様がいる時点で難しいですけどね。

 先ほどの暗殺の件もそうですが」


「そうそうダメだよ。女の子に夜這いしちゃ」


「「っ!」」


 イマリでもクズジヤンでもない第三者の声。

 イマリが背後を向けば、見た目がうるさい道化師が「やほ」と声をかけてくるではないか。


 イマリは咄嗟にナナシから距離を取る。

 対して、クズジヤンは指をさしてナナシに問い質した。


「お、お前! どうやってここに!?」


「俺には偉大なる師匠が居てね。列〇王って言うんだけど。

 彼が歩く兵士の背後にピッタリついて歩くことでスニーキングを完遂させるんだ。

 俺はその真似をしただけ。いや~、ドッキドキだった」


 ナナシはそう言いながら我が物顔で安楽椅子に座る。

 そこで足を組めば、頬杖を突くというこの状況で一番偉そうな態度を取った。


「まさか僕の背後をずっとついてきてたんですか?」


「そそ。急に物音で振り向いた時はバレたかと思った」


「そんなことはどうでもいい! 警備してる冒険者はどうした!?」


 クズジヤンは大きな声を上げて廊下にも聞こえるように叫ぶ。

 しかし、誰一人としてここには来ない。


「冒険者ならそこら辺でサボってたよ。ほら、乱暴な冒険者が集まってるここに誰もこんなおっかない場所には来ないってことで。

 そして、すんなりここまで来れた俺によって、防音結界を張ったから外には音は漏れません」


「くっ! お前の用はなんだ? 金か?」


「う~ん、金じゃないかな。腐るほど持ってるし」


「なら、なんだ!!」


「単純だよ。話をしに来たんだ」


 ナナシはひじ掛けに肘を突き、そのまま頬杖を突いた。

 立つイマリとクズジヤン、座るナナシ。

 この場の支配権を持っている人物は誰か。

 火を見るよりも明らかな構図だ。


 ナナシの言葉にクズジヤンは眉をひそめる。


「話? 今のサイラス旅館に手を出すなってことか?」


「それもあるけど、それとは別の話さ。

 俺はさ、この世界を魔族と人類が手を取り合ってハッピーな世界にしたいんだ」


 突然語られるナナシの夢。

 そんな荒唐無稽な内容にクズジヤンは笑いが堪えられなかった。


「ククク、アハハハ! 魔族と人類が手を取り合う? 随分とおかしなことを言うもんだな」


「道化師なもんで」


「そんなこと出来るわけないだろ!

 ただでさえ、人類と魔族はつい最近まで殺し合ってたんだぞ!?

 それに魔族に殺された人間がそんなことを許すはずがない!

 もちろん、魔族側だってそうだろうな!」


「わかってるわかってる。落ち着きなさいって。

 何も俺もそれ自体は無謀だってことは理解してるよ」


 ナナシの矛盾する言葉にイマリは目を細めた。


「では、その意味はなんですか?」


 投げかけられた問いに、ナナシは足を崩す。

 前のめりの姿勢になって答えた。


「この世界には絶対に優劣が生まれる。人間が二人いるだけでね。

 それは世界でたった一人にならなければ避けられない。

 つまり、事実上の世界の理というわけさ」


 男が肉体構造上、筋力がつきやすく運動能力に優れるように。

 女がその肉体に宿す“繁栄”という唯一無二の能力を持つように。


 男女が二人揃えば、それだけで人に出来ること出来ないこと、得意なこと苦手なことが生まれる。


 なら、その優劣をそのままにしていいのか。

 もちろん、答えはノーであろう。

 なぜなら、人は支え合って生きていくものだから。


「その優劣によって得る幸せも違うだろう。

 ある人は頭が良くても、運動能力で好成績の方が嬉しいかもしれない。

 ある人は女性に生まれたとしても、男として生きていけた方が嬉しいかもしれない。

 しかし、ないものねだりをしたところでいつまで経っても心は幸せにならないだろう。

 なら、何でもってその優劣の中で幸せを享受するか。答えは簡単――納得だ」


「納得?」


 イマリが首を傾げる。

 ナナシは会話を続けた。


「互いの優劣は人種、環境、性別など生まれ持って変えることが難しいものは多い。

 もちろん、それが全てだと大それたことを言うつもりは無い。

 生き方や思想によって変える人もいるからね。

 だけど、そんなことが出来るのはほんの一握りだ」


「何が言いたい?」


「弱者を潰してまで名誉やお金が欲しい社長さん。

 方や、例え貧乏になろうとも代々繋いできた旅館を守ろうとする親子。

 そこに生まれる優劣は仕方ないとしても、その両方が共存できないわけではない。

 ならば、互いがどこまで話し合い、どの程度で互いが納得できるかが“幸せ”を得るカギなんじゃないかって俺は思うんだ」


 ナナシは立ち上がり、イマリとクズジヤンの間に立つ。


「例えば、社長さんが人類。そっちの秘書君が魔族。

 両者はいがみあってるかもしれないけど、全員が全員思ってるわけじゃない」


 ナナシは「少しお手を拝借」と言って右手でクズジヤンの手を、左手でイマリの手を握った。


「誰かがこう間に入って、納得できる幸せラインを探していく。

 そうすれば、きっと世界は前よりもマシな世界になるんじゃないかな」


 そう言うとナナシは「あっ」と声を漏らし、説明に補足した。


「でも、犯罪とかは別だからね。

 それは秩序の話であって、悪は罰せられなきゃいけない。

 これはあくまで秩序を持つ人同士の健全な話し合いによるものだから」


「ふんっ、バカバカしい」


 クズジヤンはナナシの手を振り払う。

 そして、不遜な態度で言った。


「この世界に優劣があるのは、優れた存在はより高く、劣る存在はより低くなるための世界の仕組みだ。

 強者を組み伏せられるのは、その者よりもより強い者。それ以外ありえん!」


「.....それもまた一つの答えだね。

 ハァ、どうやら説得は失敗だったみたいだ。閃いた時、結構自信あったんだけどな。

 ならさ、社長さんは俺が社長さんよりも強い存在なら手を引いてくれるってことかい?」


「ハッ、出来るものならな。だが、この場にイマリをフリーにさせたのは間違い――」


―――パリンッ


 ドッと息が詰まるような重圧が突如として社長室を包み込む。

 その圧に部屋が耐えかねたように窓ガラスが一斉に割れ、外から冷たい空気が流れてくる。


 イマリは目をギュッと強く閉じてその空気に耐える。

 クズジヤンはたまらず腰を抜かして青ざめた表情で固まった。


 十数秒後、フワッと空気は元に戻った。

 ナナシは尻もちをつくクズジヤンを見下ろして聞く。


「どう? 社長さんの要望に応えて強い存在を演出してみたけど。

 これからは平和的にやってくれるかい?」


 クズジヤンは高速で首を縦に振った。

 その返事を見て、ナナシは書斎机の後ろにある窓に移動する。

 窓枠に手をかけると夜空に顔を向けた。


「ハァ、結局平和的な解決できなかったな......。

 まだ詭弁って捉えられるようじゃダメだな」


 ナナシはしょぼんと顔を下げ、愚痴った。

読んでくださりありがとうございます(*'▽')


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