第40話 守るのはオレの役目
―――七年前
それはまだ人類が魔族の脅威に晒されていた頃。
人類はこの世界とは別の理から希望を求めた。
すなわち、異世界召喚というやつだ。
それによって、とある別の世界から一人の少年が呼び出された――という話をレイモンドが聞いたのは、成人前の十四歳の頃だった。
その頃すでにアトラスジョーカー家の中で頭角を現していた彼女は、一族から名前を男の名に変えられていた。
女だったレイモンドが男のふりをして家督を継ぐ。
かなりの異質な状況だったが、レイモンドはそれを受け入れていた。
しかし、それは勇者の登場によって話が変わる事態となった。
勇者パーティの一人として、レイモンドが例の勇者と一緒に世界を救う旅に出る。
そのような名誉を王国から勅命で受けたのだ。
当然、レイモンドはその名誉を引き受けた。
一族の名を誇れる仕事は彼女にとっても喜びであったから。
そして、彼女は勇者と対面した。
その時のレイモンドの勇者に対する印象は“失望”だった。
自分よりも一歳年上でありながら、背丈はあまり変わらず、体は猫背で細い。
構える武器は木剣でありながら木の棒のように見え、腰は引けている。
とても勇者として前に出られるタイプではなかった。
あまり見ない黒髪黒目の瞳から感じる意志もあまりに弱弱しい。
突然別の世界に呼び出され、さらには命がけで戦うという無理難題に動揺しているのは分かる。
しかし、今更後には引き返せない状況であることも理解してるはず。
冒険者にとって一番重要な“環境適応能力”があまりに未熟。
見続ければ段々イライラしてくることさえあった。
レイモンドは王国でも名高い剣の腕より、勇者の指南役を命じられた。
それも勅命であったために彼女は引き受けたが、その時すでに彼女は勇者に期待していなかった。
当然ながら、レイモンドと勇者が戦えば、彼女が圧勝する。
それこそ、彼女が無手の状態でも、木剣を振り回す勇者を赤子の手をひねるように転ばせる。
その光景は王国の誰もから希望の光を奪った。
やっとの想いで完成させた召喚魔法陣。
それで呼び寄せる際に願った気持ちは、まさに一生全ての運を使い果たす強い祈り。
それによって呼び出された勇者があまりにも弱い。
そんなある日、誰もが口を閉ざして言わなかった言葉をレイモンドが勇者に対して言った。
「おい、テメェ。もうこれ以上続けたって意味がねぇ。
さっさと勇者なんて降りて、市民の一人となって守られろ。
今のテメェが戦場に出たって無駄死にするだけだ」
王国に住む王族が、貴族が、侍従が誰もが理解していたこと。
心のどこかでは、いつか勇者としての片鱗を見せる時が来ると願っていた淡い期待。
しかし、それはいつまで経っても目に見える成果となって現れることは無かった。
だが、それを勇者に面と向かって言ってしまえば、それは命がけで行った勇者召喚という行為が全て無駄になってしまうことを認めるようなものだ。
だから、誰も言えなかった。
それはレイモンドも理解していた。
されど、レイモンドは冒険者であると同時に誉れ高き騎士である。
騎士とは弱き民を守ることにある。
ならば、弱き民である勇者に対して言うのは自然のことだった。
「嫌だ!」
レイモンドに散々コテンパンにやられておきながら、ボロボロの姿で立つ勇者。
その勇者が放った否定の言葉。それが勇者の答えだった。
一丁前に目には強い闘志が宿っていることはレイモンドにも分かった。
しかし、綺麗事でやっていけるほど甘い世界ではない。
「テメェの意志はわかった。だが、弱いテメェじゃ何の役にも立たない」
「それでも! 俺は逃げたくないんだ!
俺が召喚された時、召喚場所とされた聖なる台地には魔族が待ち伏せしていた!
勇者である俺はすぐに魔族に殺されかけた!
だけど、俺なんかの命を騎士が、魔術師が、修道女が、教皇が命がけで救って繋いでくれた!」
その時、レイモンドに心地よいとも呼べる風が吹いた。
その風を起こすのは紛れもなく目の前の勇者だ。
「俺は今はまだ弱いかもしれない! だけど、必ず強くなる!
俺は自分に自信が無くて、やることなすこと中途半端で、人との関りを避けてきた陰キャオタクだけど!
それでも、俺のために死んでいった人に対して目を背けるような人間なんかには居たくない!」
「っ!」
「俺に戦い方を教えてくれ! 俺は必ずこの世界を救ってみせる!」
レイモンドは笑った。
同時に、彼女は勇者が強くなると確信に至った。
それからの月日、レイモンドは勇者を鍛え続けた。
また、勇者を筆頭に集められた聖女、賢者と共に旅を始めた。
途中、盗賊を仲間に引き入れながら、勇者パーティとして世界を巡っていく。
その旅は英雄譚にある勝ち続ける旅ではなく、泥臭く勝って負けてを繰り返す戦いがほとんどだった。
それでも、最後には勝ち星をあげて、やがて勝ちの数が増えていった。
その頃には勇者の強さは他を寄せ付けない物になっていた。
それこそ、人類で彼とまともに戦って勝てる相手はいないだろう。
レイモンドさえも“もう勝てない”と認めていた。
レイモンドにも悔しさがあった。
前までは弟子のように扱っていた勇者が、やがてはライバルのような関係になり、仕舞には手に届かないような存在へと変わる。
しかし同時に、誇らしさもあった。
出会った頃から変わらない闘志に、正義感。
それでいて優しさを兼ね備えたそれはまさに物語の英雄。
だからこそ、甘え見逃した――勇者の考えを。
―――魔王決戦前
それは勇者パーティが魔王城に乗り込む最後の夜。
魔王城が見える近くの森で彼らは作戦会議をしていた。
魔王城には多くの兵士がいる。
それを如何に戦いを避け、余裕を持って魔王に挑むか。
魔王直属の四天王と呼ばれる敵大将に対しての対処もあった。
色々意見を出し合ったが、なかなか作戦が決まることは無かった。
あまり作戦会議に時間を割いて、休息が出来なかったなんてことはありえない。
故に、早々に決めてしまう必要があった。
その時、勇者が一つの案を出した。
「あ、俺一つ作戦思いついた」
その言葉に頭を悩ませてた勇者以外の全員が耳を傾ける。
「相手の守りは強固だ。地道に行っても数で潰される可能性がある。
だったら、俺が先に魔王の所まで行って、お前達は邪魔が入らないように迎撃してくれ」
その言葉にレイモンド達は困惑した。
当然、彼女らは全員で魔王に挑むとばかり思っていたから。
勇者は言葉を続ける。
「もちろん、一人では勝ち目がないことはわかっている。
だから、俺の行動は単なる時間稼ぎだと思ってもらっていい。
つーわけで、雑魚蹴散らしたら助けに来てくんない?」
勇者から放たれた覇気のない言葉。
されど、互いに頼り頼られる強い信頼関係が伺える言葉。
妙案が思い浮かばなかったレイモンド達は、勇者の強さもあってその作戦を受け入れた。
それが本当に勇者のついた嘘であると知らずに。
その作戦を遂行したレイモンド達は、満身創痍になりながらも魔王がいる王の間まで辿り着く。
レイモンド達の目の前の巨大な両開きの扉の奥には激闘の音が聞こえる。
彼女達はすぐさま扉に入ろうとした。
しかし、その扉が開くことは決してなかった。
仕舞には、扉に触れた瞬間、レイモンド達が持っていた緊急脱出の使い捨て魔道具が発動して強制転移。
レイモンド達が戻ってきたのは拠点であるハイエス聖王国であり、そこから遥か遠くに見える魔王城の暗黒の雲が晴れたことで、勇者と魔王の戦いに決着がついたことを理解した。
その時、レイモンドは理解した。
自分は弱かったから守られた、と。
騎士である自分が、誰よりも前にいるはずの盾騎士である自分が。
勇者を守る存在が、勇者に守られる存在として重荷を全て背負わせた。
レイモンドにとって勇者に騙されたことよりも、そのことが一番腹が立った。
悔しくて悔しくて涙が止まらなかった。
それから後に聞いた勇者の失踪。
レイモンドはその噂に流れる一切の情報を信じずに、勇者を探し続けた。
今度は勇者を守る存在として、せめて一緒に横に並んで戦えるように。
―――現在
ドンッドンッと衝撃音が聞こえてくる。
レイモンドが目を開ければ、霞んだ視界の中で自分を守るために戦う仲間の姿がある。
守られている。またしても、守るはずの自分が。
レイモンドにとってこれ以上の屈辱はない。
「もう......同じことをされるわけにはいかねぇんだよ」
レイモンドは軋む体を起こした。
剣を支えにしながら立ち上がる。
その様子にミュウリンが気づいた。
「レイちゃん、大丈夫なの?」
「あぁ、いいの一発貰っちまったが問題ない。守ってくれてありがとな。
だけどミュウリン......その守る役目は譲った覚えはねぇぞ」
「......ふふっ、ごめんね。今返すよ」
「ハッ、謝ることはねぇよ。オレの不甲斐なさが招いたことだからな」
レイモンドは完全に立ち上がった。
二本の足で大地を踏みしめ、武器を構える。
もうこれ以上弱くいられない。
「ミュウリン、終わらせるぞ! あのデカブツにデケェのお見舞いしてやるからよ!」
「やる気だね~。よし、やってやろー!」
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