第37話 洞窟の地下で脈動するもの
転移してやってきた洞窟の先を進むこと十数分。
ナナシとゴエモンが目撃したのは巨大な肉の塊。大きさは五メートルほどある。
黒い液体がドロドロと表面を覆い、紫色のネオンカラーを放っている。
その塊には薄っすらと脈が枝分かれした筋が浮かんでいて、鼓動する心臓のように一定間隔で動いていた。
「な、なんじゃこりゃ......!?」
ゴエモンは目の前に現れた見たこともない物体に目を丸くする。
実際に人の心臓のような質感と鼓動音。
見た目からして悍ましいものであることは手に取るように伝わる。
その時、転移してすぐにナナシが発した言葉を思い出した。
丁度彼が土壁に触れていた時のことだ。
「なぁ、お前さんはこれを知ってたのか?」
「最初から知ってたわけじゃないよ。
ただ、ここに通ずる洞窟の土から妙なおどろおどろしい魔力を感じたもんでね。
しかしまぁ、魔力の性質からビジュアルまで見るからに恐ろしいね」
ナナシは段差を降り、謎の心臓へと近づいていく。
その後ろからゴエモンが続いた。
丁度数メートルという距離まで二人は接近する。
しかし、心臓は変わらず鼓動するばかり。
「まるで反応がねぇな......」
「だね。こちらから何かしない限り、あっちからのアクションもないって感じかな。
にしても、この世界に来てからこのサイズの心臓は初めて見るよ」
「なんにせよ、このまま残していい代物じゃないだろ。
一番いいのは調査することだが、そもそもここからどう脱出するかってのもあるしな。
つーわけで、壊すぞ。いいな?」
「りょ。バトルフェイズ! 威力五千のゴエモンを心臓にダイレクトアタック!」
「任せろ!」
ゴエモンは腰から刀を引き抜き、刃を構えた。
そして、ナナシの合図に合わせて地面を蹴っていく。
心臓を間合いに捉えた。
しかし、それほどの至近距離であっても心臓からのアクションはまるでない。
「傾軌下ろし」
ゴエモンは右肩側に両手を掲げるようにして、二本の刃を同時に斜めへ斬り下ろした。
―――ガキンッ
「なっ! 弾かれた!?」
ゴエモンの刃は心臓に届く前に透明な壁によって弾かれる。
その事に彼は大きく目を見開き、一旦ナナシの元まで引いた。
「かなり思いっきり振り下ろしたが弾かれた。
恐らく結界だろうがヒビすら入ってねぇ。
勇者の力ならイケるんじゃねぇのか?」
「ん~、結論から言うとたぶんイケる。俺の必殺マジシリーズならね。
だけど、正直それはあんまりオススメ出来ないかな」
腰に手を当てながら答えるナナシ。
ゴエモンはすぐに首を傾げた。
「なんでだ?」
「問題は今いる場所さ。ここが外なら未だしも、ここはどこかもわからない迷宮の中。
そんなところで壁に密着するようにあるあの心臓の結界を破壊し、そのまま心臓を潰す威力となると......ね?」
「確かに、そうだな。生き埋めになって終わりだ」
ゴエモンはホッと一つ息吐いて一時的に臨戦態勢を解除した。
その隣では、ナナシが顎に手を当てながら心臓を観察する。
あの心臓が本当に“何か”の心臓であるならば、その心臓を動力源に生きる“生物”が存在することになる、と。
勇者時代の記憶には、自身の身長よりも遥かに大きい魔物はいた。
けれど、巨人と呼べるサイズの魔物はいなかった。
それこそ、オーガやオークでさえ最大でも四メートル程度である。
どんな生物かは分からないが、場合によっては人々の暮らしに多大な被害をもたらす可能性がある。
それは人類魔族ハッピー計画を掲げる自分には由々しき問題だ。
となれば、あの心臓を破壊する他解決方法はないだろう。
封印の方法も問題の先送りでしかないから。
その目指すべき結果において、一番の障害が心臓を守る結界だ。
「結界の強度が弱まれば別だけど、現状だと解析して解除するのがベストかな」
「出来るのか?」
「俺は魔力で視界を確保してるからね。
魔力操作に関しちゃ他の人よりも優れてる自負がある。
そして、結界のような魔力性物質は直接魔力を当てて調べた方が早いのさ」
「なるほど。俺には詳しいことは分かんねぇが、お前さんがそういうならそうなんだろう。
なら、そっちは任せて俺はのんびり待たせてもら......ん?」
その場から魔力発散し心臓方向へ飛ばすナナシ。
彼に任せて一人サボタージュしようとしたゴエモンは何かに気付いた。
正面に見える心臓の表面が先ほどよりも黒くなっている。
「心なしか液体の量増えてないか?」
ゴエモンは嫌な予感がして額に冷や汗をかき始める。
その予感は的中した。
心臓の登頂部辺りから黒い液体がしきりに溢れ出て、それが心臓の表面を伝って、地面へと広がっている。
地面に広がった液体の表面はブクブクとし始めた。
まるで誰かの吐いた息が水面に表れたかのように。
そして、それは実際誰かとなった。
気泡の現れた位置から液体が膨れ上がり、人の形を成していく。
黒い液体によって形成された泥人形とも言うべき存在だろうか。
一体だけではない。三体、五体、十体......まだまだ増える。
「おいおい、なんだこりゃ。明らかに敵意向いてるよな?」
「恐らく、さっき攻撃した影響だろうね。防御コマンドが発動したんだろうさ。
どうやら、いつまでも心臓の握手会場に居座る俺達を全力で排除しに来たようだ」
「何を言ってるかサッパシだが、自衛しなきゃならないことは理解した。
問題はどのくらいの間だな。どんくらいで解析終わりそうか予測つくか?」
その瞬間、ナナシは「え?」と顔をゴエモンに向けた。
ゴエモンは怪訝な目を向ける。
「言わない方が面白くない?」
「甚だ迷惑だ! その面白さはダメ絶対!」
「あらそう、仕方ない。目安は現状でおおよそ十五分ってとこかな。
魔力を触れた感じから厄介な感じがしたから、早くてもそのくらい。
ただ、これから戦闘ってなるとマルチタスク苦手だから、もうちょい時間が加算されるね」
「ってことは、早くてニ十分ちょい。
だけど所詮は期待値、それよりも時間がかかるってことか」
ゴエモンはハハッと苦笑いを浮かべた。
額にかいた汗がこめかみを流れる。
その時、ナナシは「あ」と思い出したように注意事項を付け足した。
「あ、ちなみに、こんなかであんまり派手で火力の高い範囲攻撃ダメだからね。
ゴエモンの炎の渦に飲まれたら、俺達全員が全身黒こげの頭アフロになっちゃうから」
「絶対そんな滑稽な姿で済まないと思うんだが」
「にしても、さっきから思ってたけどなんか変なニオイするね」
ナナシの言葉を聞きながら、ゴエモンは向かってくる敵を排除しに前へ出た。
黒い泥人形がベトベトと液体を滴らせながら走って来る。
「さほど気にするほどでもねぇ。それに、範囲攻撃でも比較的狭い範囲なら問題ねぇだろ――鬼火斬」
「あ、このニオイ魔油だ!」
「え?」
炎の斬撃を放った直後に放たれたナナシからの衝撃発言。
ゴエモンは走馬灯を見るように時がゆっくりし始める。
同時に、ナナシの言葉を脳内で反芻していた。
ナナシへ顔を向ける自分の正面には炎の斬撃が泥人形に当たる。
油があるところに火を放つ。着火、間を置かず爆発。
「先に言ええええぇぇぇぇぇ!」
ゴエモンの魂の叫びとともに爆発の轟音が響く。
―――ドゴオオオオォォォォォン
一体の泥人形で起きた爆発。
その火の粉は瞬く間に周囲に飛び散り、周囲の泥人形に着火。
次々に起こる泥人形の連鎖爆発。
出来上がった炎の津波とも言うべき存在は、ゴエモンとナナシに逃げるという選択肢を与えずに飲み込んでいった。
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